『カボチャと柚子風呂 1』



  ──冬至の日には、カボチャを食べて、柚子風呂に入って暖まるんだぞ。
  そんなことを、サンジは朝からしきりと話していた。
  冬至の日にカボチャを食べると、病気にならないのだとサンジは言っていた。
  ジジコンのサンジならではの会話だと、エースはこっそりと口元を緩める。
  サンジのジジィ・コンプレックスには少なからず辟易することもあったが、それら全てをひっくるめてエースは、そんなサンジを愛しいと思っている。
  養父ゼフのことを話すサンジは、いつも一生懸命だ。普段は大人びた態度をとっているのが、ジジィの話題となるとやおら幼い顔つきになる。そのギャップが面白くて、エースはつい、サンジのコロコロとかわる表情に見入ってしまう。
  もう随分と慣れてきた厨房の手伝いをしながらエースは、機嫌良く鼻歌を歌い始めた。
  今夜は、カボチャと柚子風呂だ。
  サンジが腕によりをかけてカボチャの煮物を作ってくれる。それから、柚子風呂だ。
  ひとつ屋根の下で一緒に生活をするようになって、エースは毎日が楽しくて仕方がない。
  会えない日々が続いた後の生活は決して甘いだけではなかったが、それでも、遠距離恋愛をしていた頃に比べるとはるかに充実しているように思われる。
  たまっていた皿洗いを片付けてしまうと、エースはゴミ出しを買って出た。
  ゴミの袋を手に提げて裏口に出ると、ちょうど頃合いを見計らって裏口に回ってきたサンジが黄色い頭をひょっこりのぞかせたところだった。



「エース、休憩は?」
  顔を見るなりサンジは子どものような笑みを浮かべる。
「お疲れさん、サンジ。俺はゴミ出しが終われば、昼休みだ」
  チュ、と唇に軽く触れるだけのキスをして、エースは返した。
「ああ、そう。俺はこれから会議だ」
  少しムッとした表情になって、サンジが告げる。
  下働きたちが休憩を取っている間、料理長や幹部クラスのコックたちは会議を開くことがよくあった。もちろんサンジにも招集の声がかかっている会議だ。昼休みの間、一緒に過ごすことができないのが悔しいのか、サンジは不機嫌そうにエースを見上げた。
「あのクソジジィ、嫌がらせのつもりなんだぜ」
  チッ、と舌打ちをしてサンジがぼやく。
  恋人同士から家族になった二人を引き離そうとして、ジジィが手の込んだ嫌がらせをしてくるのだと、サンジは常に話している。本人に面と向かって確かめたわけではないから真偽のほどはエースにはわからなかったが、もしかしたらそうなのかもしれない。
  宥めるようにエースは、サンジの髪に指を差し込んだ。くしゃ、と髪を撫でると、サンジが物足りなさそうにエースを見上げる。
「今夜は柚子風呂、一緒に入ろうぜ」
  何かを企んでいる時のサンジは、いつも上目遣いにニヤリと笑う。本人は気付いていないようだが、エースはこの上目遣いの眼差しに何度も翻弄されている。
「え、一緒に?」
  咄嗟にエースが返した瞬間、力任せに臑を蹴飛ばされた。
「馬鹿エース。俺と一緒に風呂入んのが嫌なのかよ!」
  チッ、と盛大に舌打ちをして、サンジは厨房へと戻っていった。
  後に残されたエースは、涙ぐみながら足を抱えていた。サンジの蹴飛ばした弁慶の泣き所が、ジンジンと痛みを訴えていた。



  結局、昼休み前に顔を合わせた後は、サンジから喋りかけてくることはなかった。
  怒っているのか、目が合うたびに、鋭い眼差しで睨み付けられた。
  そのうち、二人とも自分の仕事で手一杯になり、そんな些細なことを気にしていられるような余裕もなくなっていた。
  夕方を過ぎた頃から客足はピークを迎え、厨房はいつしか戦場のようになっていた。いつもより客が多いなと呟く誰かの声がエースの耳にも届いてくる。
  厨房でサンジが腕を奮う姿は誰よりも真剣で、誰よりも厳しい表情をしていた。
  そんなサンジの姿を目にしたエースは、厨房で声をかけられれば誰の仕事でも自分にできることなら引き受けた。
  普段なら、視線を交わし合い、余裕があれば言葉を交わすことすらする二人だったが、今日はそれどころではなかった。かえって客が多くてよかったと、エースはそんなことすら思っていた。
  喧嘩をしたわけでも、気まずくなったわけでもない。
  ただ、サンジが拗ねているというだけだ。
  恋人の気紛れは、エースの苦手なものであり、また好ましく思っている部分でもあった。
  ひとつ年下のサンジは、時に思わぬような幼い表情をすることがあった。そんな時、エースは決まって弟のルフィを思い出した。弟の奔放で真っ直ぐな瞳を思い出す。キラキラと輝くあの瞳は、ひとつのことに夢中になっているサンジの瞳の輝きにも似ている。
  厨房を駆けずり回り、ひとつひとつ、仕事を片付けていく。
  ふと気付くと、サンジが口元に笑みを浮かべながら炒め物をしている姿が目に飛び込んできた。
  いい表情をしている。
  知らず知らずのうちに、エースの口元にも笑みが浮かんでいた。



  一日の仕事が終わると、体はクタクタになっている。
  慣れない厨房の下働きに戸惑うことも多かったが、サンジの側にいることができるのならばと、エースは腹を括った。半年前のことだ。
  海賊稼業を辞めたわけではない。この生活に慣れたら、また海へと戻るつもりもしている。しかし今は、少しでも長くサンジとの生活を謳歌したい。そんなふうにエースは思っていた。
  バラティエが閉店を告げ、最後の客を送り出すと、洗い物を片するために待機していたエースが皿洗いを始める。
  エースの仕事は、皿洗いとゴミ出し、厨房の掃除だ。サンジには悪いが、本格的にバラティエで働くつもりはない。もっとも、いつかサンジが店を持った時に裏方の仕事を手伝うことができればと、先輩コックたちの言葉にはたいていの場合、従順にしている。
  人当たりのよいエースのことだから、バラティエにやってきて一週間と経たないうちに従業員たちとは打ち解けてしまっていた。オーナーのゼフとも、表面上はうまくやっている。困っていることがあるとすれば、ひとつだけ。サンジの突拍子もない行動が時折、エースを酷く驚かせた。
  洗い物が終わると、床磨きだ。先輩コックの誰かが手を貸してくれることもあったが、今日は生憎と皆、忙しいようだ。少し前に皆、それぞれの仕事を終えて厨房を後にしていた。
  デッキブラシを手に、エースは床を磨いていく。
  他の誰でもない、サンジのためだ。サンジがこの厨房で腕をふるう時に清潔であるように、使いやすいようにと、エースは自分に出来る精一杯のことをしている。
  床の隅々まできれいにブラシをかけ終わると、ようやく灯りを消してエースは厨房を立ち去る。



  二人の部屋は、サンジの元の部屋を増築したものだ。
  そう広くはないが、二人だけの生活を堪能することができるよう、キッチン、バス、トイレがついている。
  ダブルのベッドはスプリングが程良く効いていて、サンジのお気に入りだ。ベッドカバーはソファとお揃いで、どちらも海を思わせる青い色をしている。二人ともそんなに私物を持っているわけではないから、比較的すっきりとした部屋に見えるはずだ。
  珍しく先に仕事が引けたサンジは、キッチンで食事を作りながらエースが戻るのを待っていた。昼間の不機嫌はどこへやら、今のサンジは鼻歌を歌うほど機嫌がいい。
  野菜中心のあっさりメニューに、本日のメインのカボチャの煮物。芋焼酎は、店に入ったばかりのものをさっき拝借してきたところだ。料理をしながらエースを待つ時間は、サンジにとって至福のひとときでもあるのだ。
  足音が近付いてきて、ドアの前で止まるのが気配で感じられる。
  ノックの音がするのを待ってから、サンジはドアをあけた。
「お帰り、エース」
  ドアを後ろ手に閉めるエースの首にしがみつき、キスをする。待ちきれずに唇に噛みつくと、困ったような笑い顔でエースが「いてぇよ」とサンジの体を押しやった。
「ただいま、サンジ」
  真っ直ぐにサンジの目を見つめて、エースは告げる。
  サンジは頷いて、エースからのキスを大人しく受けた。乾いたエースの唇が、サンジの鼻先をさっと掠めていった。
「メシ、できてるぞ」
  エースが部屋に戻るのに合わせて用意した食事だ。サンジはキッチンの隅に置いた二人がけのこぢんまりとしたテーブルに並んだ料理を指さす。
「さ、食おうぜ」
  ごく自然な動きでサンジの手は、エースの手を取った。
  腕と腕とがぶつかり合い、サンジからほんのりと甘い香りがした。カボチャのにおいだなとエースが思った途端、腹の虫がうるさいぐらいの音で鳴った。
  手をつないだサンジが、上目遣いにニヤニヤと笑っていた。



To be continued
(H19.12.24)



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