秘め事は夜明け前に1

  灯りを落とした暗い部屋の中に、人の気配がした。
  眠い目を擦りながら起きあがろうとすると、ふわりと掛け布団の上から重みがかかる。
「んー……?」
  獄寺君? と、尋ねようとしたが、声が出たのかどうかは定かではない。眠たかったのと、のしかかってくる重みとで、うまく喋ることができなかったのだ。
「遅くなってすみません、十代目」
  低い声が喋るたびに、獄寺の唇が綱吉の耳たぶのあたりを掠めていく。
「ん、んっ……」
  その感触が気持ちよくて、綱吉は小さくくぐもった声を洩らす。
「そのまま眠っててください」
  そう言われて綱吉は素直に体から力を抜き、再び眠る体勢に戻ろうとする。
  隣に潜り込んでくる獄寺の体温がホコホコしているのは、シャワーを使ったからだ。年の瀬から年明けにかけての慌ただしいことこの上ない時期に、彼は任務に駆り出されていた。戻ってくるのは遅くなると聞いていた綱吉は獄寺に言われた通り、夜になるとさっさとベッドに入り込んでいた。獄寺の帰りが遅い日は、先にベッドに入って休んでおくというのが二人の間で無言の約束となってから、もう十年が過ぎている。
「……どうだった?」
  寝言めいた呂律の回らない口調で綱吉が尋ねると、すぐに獄寺の腕が体に回され、抱きしめられた。ふわりと鼻先に漂ってきたのは、獄寺のにおいだった。今夜は煙草と石鹸のにおいが入り交じっている。
「どうってこたぁ、ありませんでした。十代目がご心配なさるほどのものじゃありません」
  そうきっぱりと言い切った獄寺の唇が、綱吉のうなじや髪に触れてくる。チュ、チュ、と音を立てて首の後ろの皮膚を吸い上げられると、うとうととしながらも体が反応しそうになる。
「ん……」
  綱吉の腹のあたりで組まれた獄寺の手を取ると、自分の口元へと持っていく。
「ダメだよ」
  小さく呟くと綱吉は、獄寺の指にかぷりと噛みついた。
  一瞬だけ戸惑ったように引かれかけた獄寺の指はしかし、綱吉が甘噛みしているだけだと気付いた途端、逆に口の中へと潜り込んでくる。
「ん、く……」
  クチュ、と音を立てて獄寺の指をねぶった。
  眠いのも手伝って、指をねぶるうちに唾液が口の端からだらだらと垂れてきた。チュウ、と音を立てて唾液ごと獄寺の指を吸い上げると、同じように綱吉の耳の後ろの皮膚が吸い上げられた。
「ふ……、んんっ」
  腹のあたりに残されていた獄寺の手が、探るようにパジャマ越しに綱吉の体を撫でている。
「……誘ってますか、十代目?」
  耳元で尋ねられ、綱吉はノロノロと首を横に振った。



  そんなつもりはなかったのだ。
  獄寺を誘おうだなんてことは考えてはいなかった。ただ、背中から抱きしめられ、獄寺のにおいが鼻先を掠めた瞬間、少しだけ……そう、ほんの少しだけ、色事めいたことが頭の隅を過ぎったことは認めないわけにはいかないのだが。
「姫始めってやつですね、十代目」
  喉の奥で小さく笑うと獄寺は、綱吉の首筋にさらに激しく吸い付いてくる。
「ん、あ……やっ、ダメだってば」
  眠いから今夜は嫌だと言いたかったが、すっかりその気になっている獄寺の高ぶりが尻のあたりに押しつけられるのを感じると、すげなく断るのも可哀想な気がして綱吉は口を噤んでしまう。
「……嫌、ですか?」
  叱られた大型犬というのは、こんな感じなのだろうか? 一瞬にしてしょんぼりとしょげ返った獄寺は、股間の高ぶりもそのままに、そろり、そろりと離れていこうとする。
「ごっ……獄寺君っ!」
  離れてしまうのだと思うと急に物足りなく感じられてくる。綱吉はぱっと目を開き、獄寺の手を自分のほうへと引き寄せた。
「離れないで」
「それは……命令ですか、十代目?」
  耳たぶを掠める獄寺の息が、熱い。
「……そう、だよ。ずっと獄寺君が戻ってくるのを待ってたんだからね、オレ」
  少し拗ねたように綱吉が告げると、獄寺は「すんませんでした」と言った。
「このまま、触れていても?」
  尋ねられ、綱吉は頷く。獄寺の体が熱いのは、尻に当たる感触からわかっていた。実のところ自分だって獄寺とそうかわりはないのだ。熱くて熱くて、我慢できないほどだ。
「もう、触ってくれないの?」
  自分から誘うようなことをするのは恥ずかしかったが、部屋の中はまだ暗い。カーテンの向こうが薄ぼんやりとし始めているものの、まだしばらくは、互いの表情も見えないぐらい暗いはずだ。
「いいんですか、触っても」
  きっと獄寺は、触るだけでは満足できないはずだ。気持ち的にも、肉体的にも。
「ん。夕べは獄寺君、戻ってこなかったからね。いいよ、触って」
  掴んだ獄寺の手を自分のパジャマの下へと誘い込むと、綱吉はほぅっ、と溜息をついた。これぐらいしなければ、一旦引きかけた獄寺が行為を再開することはない。とは言え、自分のしていることが恥ずかしくてならないのもまた事実だったが。



「じゃあ、遠慮なく」
  そう告げると獄寺は、綱吉の肌に手を当てる。
  じりじりと焦らすように手を動かしながら獄寺は、綱吉の肌をじっくりとなぞっていく。くすぐったいようなもどかしいような感じに、綱吉の体が小さく震える。
「ん、ん……」
  尻に押しつけられる獄寺の熱をもっとダイレクトに感じたくて、綱吉は手を伸ばした。後ろ手に獄寺の股間に触れると、パジャマの生地の上からでもはっきりと勃起しているのが感じられた。
「硬くなってる」
  呟き、手を動かすと、獄寺がハッと息を飲む。
「……十代目も硬くなってるんじゃないっスか?」
  それまで脇腹をなぞっていた獄寺の手がするりと肌を這い上がり、綱吉の胸のあたりをまさぐりだす。お返しとばかりに、辿り着いた胸の先をきゅっと指の腹で潰された。
「ん、あぁ……っ」
  ビクン、と綱吉の体が小さく跳ねた。
  もぞもぞと体を動かすと、いっそう獄寺の高ぶりがはっきりと手の中に押し付けられるような格好になる。
「十代目は……」
  耳元に囁きかけながら、獄寺のもう一方の手が、するりとパジャマズボンのゴムをたぐり寄せ、下着の中へ潜り込んでいく。
「あ、あ……」
  フルッと体が震えるのは、獄寺の手が思っていたよりも熱かったからだ。この熱が、綱吉の体にうつされてしまったような感じがする。
「ねえ、十代目。湿ってますよ、ココ」
  いやらしく指摘され、綱吉は恥ずかしさにぎゅっと目を閉じた。
「そんなことっ……!」
  言いかけたものの、ぐい、と竿を握り込まれてしまい、言葉が途中で止まってしまう。
「黙っててください、十代目」
  いつもの優しげな獄寺ではなく、少し凄みをきかせた低い声で言われて、綱吉は口を閉じた。



(2012.1.3)
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