05.包装紙(ラッピングペーパー)1

  誕生日の朝、目が覚めたベッドの中で恋人である綱吉から手渡されたのは、てのひらにちょこんと乗るほど小さな箱だった。
「誕生日おめでとう、獄寺君。たいしたものは用意できなかったんだけど……」
  そう言いながら目の下をほんのりと赤らめる綱吉が可愛くて、獄寺はどこかしら照れ臭さを感じてしまう。
  朝でなければと獄寺は思う。今が夜なら、このままベッドの中に恋人を閉じこめて、あれやこれやの気持ちを全身で表現したいと思うほどだ。
「ありがとうございます、十代目。嬉しいっス」
  そう言いながら獄寺は、綱吉と手の中の小箱を見比べる。
  誕生日と言えば毎年、綱吉のセッティングしたレストランで料理と決まっていた。おいしく料理をいただいた後で、祝ってくれた綱吉自身をもおいしくいただいてしまうのが恒例と化していた。
  去年は少しばかりハメを外してしまたから、もしかしたら今年は無難なところで誤魔化すつもりなのだろうか?
「これ……」
  ちらりと綱吉のほうへ視線をやると、上司であり恋人である男は恥ずかしげに目を伏せた。
  いったい中身は何だろう。そう大きくはないサイズだから、タイピンかカフスか、そのあたりだろうか。それとも、ピアスか? 手の中の箱をじっと見つめたまま、獄寺は思案する。
「……開けても?」
  尋ねると、綱吉は恥ずかしそうに小さく頷く。
  綱吉のこういうところを、獄寺は奥ゆかしいと思っている。
  控え目なところも、慎重なところもいいと思う。それを言葉や態度に現した時の恥ずかしそうな様子も、そそられる。
  小箱にかかっていた赤いリボンを解く。焦らすように、ゆっくりと、丁寧にリボンの端を引くと、シュルリと音がして、リボンが解ける。溜息のような綱吉の吐息が、朝の光の中で妙に艶めかしく響いた。
  プレゼントのリボンを解くと、今度は包装紙に取りかかる。ビリビリと音を立てて一枚一枚、恋人の衣服を剥ぐように包装紙を破っていく。
  すぐ側でその様子を眺めている綱吉の吐息が近い。はあ、と甘い息を吐き出して、綱吉はじっと獄寺の手元に見入っている。
  包装紙をむき終えると、後には小さな箱が残った。
「──早く、開けてみて」
  綱吉の声は心なしか掠れていた。



  獄寺はおっかなびっくり、箱の蓋に指をかける。
  綱吉が息を詰める。
  ビロード張りのケースの蓋を指の腹でそうっとなぞってから、獄寺はまるで壊れ物を扱うかのように蓋を引き上げる。
  箱の中には、翡翠のピアス。小ぶりだが、深く優しい緑色をしたピアスが収められていた。
「獄寺君に似合うかと思って」
  今にも消え入りそうなか細い声で綱吉が言うのに、獄寺は止めていた息を吐き出した。
「あ……ありがとうございます、十代目」
  想定内のプレゼントではあったが、やはりこうして綱吉からプレゼントをもらえたことが嬉しくてならない。
  満面の笑みを浮かべて獄寺は綱吉の体をぎゅっと抱きしめた。
「お礼をさせてください、十代目」
  獄寺が言うのに、綱吉は照れ臭そうに小さく笑った。
「お礼だなんて。獄寺君の誕生日なんだよ? 獄寺君が喜んでくれるだけで、オレは充分嬉しいよ」
  そう言われて「はい、そうですか」とはいかないのが獄寺だ。
「じゃあ、この喜びを全身で表現させてください」
「は?」
  怪訝そうに首を傾げる綱吉に、獄寺はキスをする。
  いきなり深く唇を合わせ、そのまま綱吉が油断しているうちに口の中へと舌をねじ込んだ。
「んっ……!」
  舌を絡め、強く吸い上げる。ジュッと音を立てて唾液ごと綱吉の舌を自分の口の中へ引き寄せようとすると、弱々しい力で腕にしがみついてきた。
「っ、……ふ」
  体が小刻みに震えているのは、気持ちがいいからだ。
  恋人同士となって一緒に暮らし始めてから気付いたのだが、綱吉は快楽に酷く弱い。少し触れただけでも体はふにゃふにゃのぐでんぐでんになってしまい、甘ったるい声をあげることを獄寺はとっくに知っている。
「いただいたプレゼントと同じように、貴方のことも……」
  耳元に囁きかけると、綱吉の体がピクン、と跳ねる。
「やっ……」
  一度はしがみついた手で獄寺の身体を押し返そうとするものの、綱吉の体からは力が抜けてしまっているらしく、なかなかうまくいかないようだ。
「嫌ですか? でも、そんなんじゃ抵抗にもなってませんよ、十代目」
  言いながら獄寺は、綱吉の耳の中に舌を差し込んだ。ピチャリ、と音を立てて舌を動かすと、くすぐったいのか、綱吉がフルフルと体を震わせる。
「ん、ん、ぁ……」
  抵抗する手から次第に力が抜けていき、とうとうだらりと体の横に落ちてしまった。
「ダメ、だ……」
  はあ、と甘い息を吐き出して綱吉は、獄寺の胸に額をコツンと押しつける。
「ダメ? 本当に?」
  そう言って獄寺は、綱吉のこめかみに唇を押し当てる。
  華奢な綱吉の体はさっきからずっと小刻みに震えている。
「──だけど本当は、ダメじゃないですよね、十代目」
  もう一度尋ねると、綱吉は伏し目がちにうつむいて、微かに頷いた。
「……ん」
  小さな声は、獄寺の言葉を肯定していた。



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(2011.8.24)


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