時計の音が耳に付く。
デジタルではない、昔ながらの目覚まし時計のチッ、チッ、という音がうるさくて眠れない。眠たくて仕方がないのに、暗がりに響く時計の音に、何故だか苛々する。
神経がささくれ立っているのは、獄寺と喧嘩をしたからだ。
ベッドの中ではあ、と溜息をつくと綱吉は、目をぎゅっとつむり直す。
一人ぼっちのベッドが寂しい。
親指の爪をカシ、と前歯で噛む。歯を立て、キシキシと噛み締めると、止まらなくなる。 寂しくて仕方がない。
さらに顎に力を入れて爪を噛みながら綱吉は、いつの間にかウトウトとしかかっていた。
獄寺とは、中学時代に出会って以来ずっと一緒だ。
いつも側にいてくれる優秀な右腕の彼に、プライベートでも一緒にいて欲しいとお願いしたのがきっかけで、つきあいが続いている。
恋人同士になって十年、二人とも、もういい歳の大人だ。
こんなにも好きになるだろうとは思ってもいなかった。
出会った頃の獄寺は、背中を丸くした猫背のヤンキーのような歩き方をしていたし、何よりあの眼光が恐かった。睨み付けられたら、それだけで恐くてドキドキしたものだ。ボンゴレ一筋の獄寺が恐くもあり、同時に気になってもいた。
好きだと思ったのは、彼の翡翠のような瞳が一途に自分を見つめていることに気付いたあたりからだ。
彼は絶対に、自分を裏切らない。
そう思える何かがあったと、綱吉は思う。
あの頃の自分もまた、獄寺一筋だった。
他の何かに気を取られていることのほうが多かった学生時代だが、それでも獄寺の存在は常に綱吉の頭の隅に居座っていた。
もちろん今だって大好きだ。
それなのに。
ベッドの中で恋人が帰りを待っているというのに、獄寺は一向に帰ってくる気配がない。 せっかく今夜は恋人の誕生日を祝おうと思っていたのに、うたた寝から覚めるといつの間にか時刻は日付が変わろうという頃になっている。
「もう……」
頬を膨らませ、綱吉は小さく呟いた。
せっかく待っていたのに。
戻ってきた恋人にさりげなく声をかけ、誕生日おめでとうとさらっと告げたかった。
それなのに……。
「なんで帰ってこないんだよ、獄寺君」
急な任務が入ったから、帰りは少し遅れると連絡があったのは昼過ぎだった。それから綱吉は執務室で獄寺の戻りを待ったが、午後七時になる頃には執務室を追い出されてしまっていた。一週間ほど前から、今日は残業はしないと宣言していたのを覚えていた山本が、気を利かせて綱吉を執務室から放り出してしまったのだ。おかげで綱吉は、一人きりの部屋で獄寺の帰りを待っている。
一人でいると、考えなくてもいいことにまで気持ちがいってしまう。
任務で獄寺の帰りが遅い時などは特に、要らぬ心配をしてしまう。獄寺が怪我をしていないだろうか、任務で大変な目に遭っているのではないだろうかと、不安になってしまう。
もし彼に何かあったなら、自分はいったいどうしたらいいのだろうか。
はあ、と溜息をつくと綱吉は、ゴロリと寝返りを打つ。
一人きりのベッドはやけに広くて、肌寒く感じられた。
結局、日付が変わると同時に綱吉はベッドから抜け出した。
キッチンでミルクを温めると、角砂糖を一つ、ブランデーを少々垂らしてリビングのソファに腰を下ろす。
獄寺はまだ、帰ってこない。
もうすぐ帰ってくるさと強がってみても、不安はおさまらない。
怪我をしているのではないだろうか、任務中に何か大変なことでも起こったのではないだろうかと、気が気でない。
リビングの時計を見ると、こちらはカチ、カチ、と時計の針が音を立てていた。
苛々しながら時計を睨み付ける。
「……お祝いの言葉、昨日中に言えなかったな」
呟くと、余計に自分が一人きりなのだということが認識されて、寂しくなる。
早く、戻ってこいと綱吉は胸の内で呟く。
無事な顔を見せて、「ただいま」と耳元で囁いて欲しい。獄寺の、少し掠れた甘えるような声が、今すぐ聞きたい。
「獄寺君……」
早く、戻ってこい──呟いて、綱吉はマグカップを両手で包み込む。
大切な人の無事な顔を見たい。「ただいま」と言って欲しい。抱きしめて、笑いかけて欲しい。
唇を噛み締めると、じっと時計を睨み付ける。
眠れないのは、時計がうるさいからだ。あの音が耳障りだからだと、言い訳を並べようとする。
そもそも、獄寺がいないから悪いのだ。
さっさと任務なんて終わらせて、戻ってくればいいのに。
時計を睨み付けながら綱吉は、獄寺が戻ってきたら真っ先に「誕生日おめでとう」と告げようと決心する。
それから、キスを。
よく眠れるように、とびきり甘いキスをするのだ。
不安も心配も、何もかも吹き飛ばしてくれるようなディープでスイートなやつをしよう。 朝までぐっすりと眠れるように。
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