十年後の十代目と、自分が並んで立っている。
耳打ちをされ、どこかくすぐったそうにしている二十四歳の綱吉はまだ十代の二人に見せつけるように、二十四歳の獄寺の腰に手を回した。
何故だか、十四歳の獄寺の胸はドキドキしている。
どうしてこんなにも心臓がうるさく鳴っているのだろうかと、獄寺は思う。
二人の姿を見ていると、それだけで鼓動が高鳴る。胸の奥がチクリと痛み、悲しいような悔しいような気持ちになる。
十年後、自分が二十四歳になった時に、この人の右側にいたいと強く思った。
誰よりも近い位置で、この人を守りたいと思う。
「十代目……」
何か言おうとしたが、言葉が出てこない。
自分はいったい、何が言いたいのだろうか。
今、どんな言葉がこの場にふさわしいのだろうか。
両の拳をぎゅっと握りしめてじっと立ち尽くしていると、話し終えた綱吉がやってきて、獄寺の肩に手を置いた。
「おいで。屋敷の中を案内してあげよう」
やさしい眼差しに促され、獄寺は首を縦に振っていた。
自分と同じ十四歳の綱吉のことがふっと脳裏を掠めたが、力強い手に肩を抱き寄せられ、獄寺のまとまりかけていた思考はどこへともなく霧散してしまう。なにも考えられなくなるのは、綱吉の手のぬくもりが、服の布地越しに感じられるからだろうか。
部屋を出る時に振り返って中を見ると、十四歳の綱吉のそばには二十四歳の自分がいた。 それはそれで腹立たしいことなのだと、なんとなく獄寺は思った。
二十四歳の綱吉は、獄寺を連れてボンゴレの屋敷を案内して回った。
一見すると普通の屋敷だが、ところどころに監視カメラが設置されている。場所によってはICタグがなければ出入りすることのできないエリアもあると聞かされた。
十年前の時代からやってきた獄寺と綱吉は当然ながら、タグを持っていない。用意ができたら後で届けさせるとこの時代の綱吉は言ったが、もしかしたら無駄になるかもしれない。いつ元の時代に戻れるようになるのかわからなかったが、もしかしたらなにかの拍子に元の時代に戻ってしまうこともあるかもしれない。そんな不確かな状態の自分たちにタグを発行するのは無駄ではないのだろうか。獄寺が断ろうとすると、無駄にはなることはないからと綱吉に諭され、いつの間にかタグを受け取ることになっていた。
その日は結局、二十四歳の綱吉にエスコートされ、今後の重要拠点となる近隣施設をいくつか見て回った。
施設を回りながら、綱吉は、将来有望な次期右腕という触れ込みで獄寺を紹介して回った。
好奇心丸出しに声をかけてくる輩には、ボンゴレ十代目の右腕である獄寺の弟だと返した。十四歳の獄寺がいかに優秀で、またいかに周囲が目をかけているかということを綱吉は繰り返し話して聞かせた。最初は笑い飛ばしていた大人たちが、綱吉の言葉に最後は納得し、頷いている姿を目にして、獄寺自身、悪い気はしなかった。
それだけ綱吉に認められているようで誇らしく、そして少しだけ面映ゆいような感じがした。
夕食は、綱吉の案内で落ち着いた雰囲気のレストランに連れて行かれた。
十四歳の綱吉からは考えられないほどスマートにエスコートされた。
気さくな笑みが人当たりよく感じられ、一緒にいて楽しいと思えた。
夢のようだと思った。十四歳の綱吉はどことなく引っ込み思案なところがあるが、二十四歳の綱吉はそうではなかった。穏やかで、人当たりがよく、なによりも落ち着いている。大人だと、獄寺は思う。
一緒にいて、安心感があった。
この人となら大丈夫だ、と。そんなふうに獄寺には思えた。
夕方、とっぷりと日が落ちて暗くなった頃に獄寺は屋敷に戻ってきた。
綱吉の運転する車に乗って戻ってきた獄寺は、助手席のドアをこの時代の綱吉の部下に開けてもらう。
「お疲れさまでした、ボス」
運転席から降りてくる綱吉に、黒ずくめの男たちが声をかける。
「車、片しといてくれる?」
そうやって部下にさらりと告げると綱吉は、獄寺の肩を抱いて屋敷に入ろうとする。
「あ、あのっ……」
肩を抱かれるのが嫌なわけではなかったが、どこか気恥ずかしかった。獄寺は慌てて綱吉から一歩、体を離す。
「疲れただろ、獄寺君。君の部屋に案内してあげるよ」
人目が気にならないのだろうか。
綱吉はさりげない強引さでもって獄寺の肩を引き寄せ、歩き出す。
「一人で歩けます、十代目!」
慌てて獄寺は、綱吉の腕から抜け出そうとした。
玄関のドアが大きく開いていたのをいいことに、綱吉の腕から逃れた獄寺は屋敷の中に駆け込んでいく。
正面玄関を入ったすぐのホールは吹き抜けになっていた。二階へと続く階段が正面中央に構えており、階段を上がりきった踊り場は屋敷の左右の棟へと続いている。
どうしたものかと立ち止まったところへ、二階の踊り場に十四歳の綱吉が姿を見せた。
「獄寺君……」
十四歳の綱吉の姿を目にした途端、獄寺の動きが止まってしまった。
息をするのも苦しいくらいに、心臓がドキドキと言っている。
普段は袖を通すこともなさそうな堅苦しいスーツ姿がぎこちなくて、十四歳の綱吉はどこか初々しい感じがする。
踊り場の手摺りから身を乗り出すようにして何か言いたそうにしていた綱吉だったが、すぐにその背後に二十四歳の獄寺が姿を現した。
「お部屋にご案内しますよ、十代目」
柔らかな物言いで二十四歳の獄寺が告げるのに、躊躇いながらも十四歳の綱吉が頷くのが見えた。
とられてしまう。
このままだと、自分の十代目を、二十四歳の自分にとられてしまう。
そんなふうに思う自分は、間違っているだろうか? それともボンゴレ十代目の右腕として、守護者として、当然の思いだろうか?
「さあ、行きましょう」
二十四歳の自分は、そう言って綱吉を促した。
「獄寺君、また後でね」
手摺りごしに、綱吉が声をかけた。
獄寺はただただ頷くことしかできなかった。
十四歳の綱吉は、おとなしく二十四歳の獄寺の後をついて左側の棟へと消えていった。
その瞬間、十四歳の綱吉に裏切られたような気がした。
唇を噛み締めて獄寺は、綱吉が消えていった廊下の向こうを睨み付けていた。
「どうかした、獄寺君」
やさしい声がして、気がつくと獄寺はまた、二十四歳の綱吉に肩を抱かれていた。
「あ……いえ、なんでもありません、なんでもっ!」
ムキになって獄寺が言うと、綱吉は小さく笑った。やさしい笑みだ。
「おいでよ、部屋に案内してあげるから」
今度こそ獄寺は、おとなしく頷いた。
綱吉に肩を抱かれ、促されるがままに階段を一段、また一段とあがっていく。何故だかどっと疲れが出て、歩くのが嫌になった。綱吉のあたたかな体温に身を寄せて、獄寺はノロノロと階段を踏みしめた。
十四歳の綱吉が姿を消したのとは反対の右側の棟に、獄寺は案内された。
布越しに伝わってくる体温が心地よくて、うっとりと獄寺は目を細める。こんなふうにしてどこまでも歩いていくことができれば、どんなに幸せだろうか。
「ここだよ、獄寺君」
そう言われて、獄寺ははっと我に返った。
夢のような時間は終わってしまったのだ。
廊下のつきあたりにあるドアの向こうは、広くはないが十四歳の獄寺が使っている部屋と大差ないシンプルな部屋だった。
ソファと書き物机、セミダブルのベッドが置かれただけの、殺風景な部屋だ。
「どうぞ。君の部屋だよ」
おどけた様子で綱吉は、獄寺を部屋に招き入れた。
「出かけている間に、この時代の獄寺君が用意してくれたんだよ」
その言葉に、獄寺は複雑な気持ちになる。
確かに、十四歳の自分の部屋と大差ない雰囲気になってはいるが、それは自分ではない別の自分が揃えたものだ。そこが、獄寺は納得いかない。自分自身の手で揃えたかった。或いは、綱吉が勝手に用意した部屋であれば、また異なる感想を持ったかもしれない。
なにより腹立たしいことは、二十四歳の綱吉の信頼が、当然ながら同じ二十四歳の自分に向いているということだ。
二十四歳の自分に、言葉に出来ないような妬ましさを感じてしまう。
「ほら、ゆっくりするといいよ。疲れただろう?」
綱吉が言うのに、獄寺は小さく頷いた。
腕を掴まれ、強引にベッドに座らされた。
傍らに佇む人は、獄寺の知らない顔をした綱吉だった。
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