14 Trouble 5

  一方の綱吉は、二十四歳の獄寺に連れられ屋敷の左翼棟へと案内された。
  昼間、目が覚めた時とは別の部屋だ。
「お疲れでしょうから、今日はこちらでお休みください」
  二十四歳の獄寺に告げられ、綱吉は首を傾げた。
「あの、獄寺君……オレの時代の獄寺君は、一緒の部屋じゃない…の?」
  尋ねると、二十四歳の獄寺はああ、と小さく口元に笑みを浮かべた。
「こちらのお部屋は十代目のために用意させたお部屋です。十四歳の俺の部屋なら別に用意してありますから、心配なさらないでください」
  そう言われて綱吉は、不安そうに顔をしかめた。
「獄寺君だから心配はしてないけど……」
  知らない場所で一人きりだという事実が、不安をかきたててくる。せめて同じ時代からやってきた獄寺と一緒にいることができれば、綱吉の不安もおさまるのだろうが。
「大丈夫っスよ、十代目」
  獄寺が、いつもの自信満々の笑みで告げた。
  十四歳の獄寺だろうが、二十四歳の獄寺だろうが、雰囲気はまるでかわっていない。自分の目の前にいるのは間違いなく二十四歳の獄寺だが、その言い方に綱吉は一瞬、目を丸くした。
「ああ……うん、そう……そうだよね、獄寺君」
  いつどこの時代の獄寺だろうと、根本がかわることはないのだと思うと、綱吉は何故だか嬉しくなった。



  手持ち無沙汰な一人の時間をなんとかしようと綱吉は、自室に戻ろうとする獄寺を引き留めた。
「ねえ、この時代の獄寺君って、どんな感じ?」
  屈託なく尋ねると、困ったように二十四歳の獄寺は綱吉のそばに佇む。中学生の獄寺よりもさらに身長が伸びた二十四歳の獄寺は、手足もすらりと長く、何度見つめ返しても男前が上がっているように思えてならない。
「俺は、十代目の右腕としてあなたをお守りして…──」
「ごめん、そういう話が聞きたいんじゃないんだ」
  獄寺の話を途中で遮ると、綱吉は笑った。
「普段の獄寺君の話が聞きたいな。ね、話してくれる?」
  そう言って綱吉は、獄寺の手を引いた。
  二人してベッドに腰かけると、綱吉は壁際に背を預けて獄寺を見つめる。
「この屋敷にいる守護者は、獄寺君だけなの?」
  綱吉の問いかけに、獄寺は居心地悪そうにもぞもぞとベッドの端に座り直した。
「いえ、そんなことはありません。今はたまたま俺だけしかいませんが、普段、守護者たちは交代で屋敷に詰めています。今週は俺とクロームが当番なんですが、あいつ、笹川やハルと一緒に出かけてて……」
  獄寺の言葉に綱吉は、ふぅん、と相づちを打つ。
「クローム、ちゃんと皆とうまくやってるんだね。少し安心したよ」
  膝を抱えてちらりと獄寺に視線を馳せる綱吉の顔には、どことなく幼さが残る。十四歳だから当然と言えば当然だろう。
「ああ、そうですね。あなたが思っているよりも多分、彼女はうまくまわりに溶け込んでいると思いますよ」
  あまり面白くなさそうな顔をして、獄寺は返した。



  しばらく獄寺の話におとなしく耳を傾けていた綱吉が、不意に口を挟んだ。
「……それでさ、獄寺君。朝からずっと気になってたんだけど」
「はい」
  綱吉の声に、獄寺は素早く反応する。
「獄寺君の雰囲気、ちょっとかわったよね? 大人になったからってわけじゃないと思うんだけど……なんて言ったらいいのかな。十四歳の頃よりも、獄寺君とオレとの距離が縮まってるような感じがするんだけど」
  綱吉の言葉に、獄寺は弾かれたように顔をあげた。
「十代目……」
  探るように、綱吉の眼差しが淡い翡翠の瞳を覗き込む。
「オレと獄寺君の関係って、単なるボスと右腕の関係ってだけじゃすまない感じがしているよね?」
  面白がるでもなく、嫌がるでもなく、ただまっすぐに綱吉は、獄寺を見つめている。
「ねえ。オレと獄寺君って、どういう関係なの?」
  綱吉の言葉に、獄寺の目元がうっすらと赤くなった。
  俯いた獄寺の首筋がちらりと綱吉に見えた。目元だけでなく、耳や首元あたりまでもがほんのりと色づいている。
「俺と……十代目は、恋人同士なんです」
  掠れた小さな声で、獄寺は告げた。
「告白したのは、俺のほうからでした。スンマセン、十代目。十代目のことが……好きなんです」
  十四歳の綱吉の前で、居心地悪そうに背を丸めて獄寺は告白したのだ。



  一瞬、綱吉の頭の中が真っ白になった。
  なにを言われたのか把握できずに、呆然としてしまった。
  穴が開くほど獄寺の顔をじっと見つめていると、ノックの音が響いた。
「うわっ……!」
  静まりかえった部屋に響いたノックの音はやけに大きく、綱吉はビクついてベッドの上で飛び上がりそうになってしまった。
「まだ、起きてるかな?」
  部屋の外から声がかかった。
  二十四歳の綱吉だった。
「あ……はい、どうぞ」
  自分に言葉を返すのもへんなものだと思いながら、十四歳の綱吉は言った。
  滑るようにドアが開いて、二十四歳の自分が部屋に入ってくる。背も伸びて、スーツを着込んだ自分はそこそこ見られる大人になっているようだ。少なくとも十四歳の自分にはなかった自信のようなものを身につけた二十四歳の綱吉は、背筋をピンと伸ばして歩いている。
「ICタグの用意ができたから、これを身につけるように。こっちが君の分、もうひとつは隼…いや、獄寺君の分だから、君から渡してあげるといい」
  事務的にそう告げると、十四歳の綱吉の手を取り、その上にポトリとICタグを落とした。
  ひとつはバングルで、銀の輪っかに黒い皮の紐が二重、三重に巻き付いている。
「ここの飾りの部分に……」
  と、二十四歳の綱吉が、バングルの銀飾りの部分を指で示す。
「獄寺君の認識コードが記録されているんだ」
  こんな小さな部分にと、綱吉は目を丸くして手の中のバングルを見つめる。
「それから、こっち。こっちは君の分。ボンゴレリングと一緒に、首に下げておくといい」
  優越感にも似た笑みを口元に浮かべ、二十四歳の綱吉は告げた。彼の指が示したのは、十四歳の綱吉のためのICタグだ。銀色の四角いチップは一見すると、ネームタグのようにも見える。
「あ……ありがとうございます」
  口早に綱吉は返した。
  二十四歳の綱吉はしかし綱吉の言葉などどうでもいいかのようにくるりと背を向けて、部屋を出ていこうとする。
「明日、朝になってもまだこっちにいるようだったら、隼人に近隣施設を案内してもらうといい。いろいろとためになると思うよ」
  ドアのところで振り返った二十四歳の綱吉は、そう言うとさっさとドアを閉めてしまった。



  ドアが閉まり、綱吉と二人だけになったところでようやく、獄寺がふう、と息を吐き出した。
「少し怒ってらっしゃいましたね、十代目」
  誤魔化し笑いを浮かべた獄寺は、小さく肩をすくめる。
「なんで怒ってたんだろう」
  綱吉は首を傾げた。何か、気分を害するようなことがあっただろうかと考えてみる。
「きっと、俺があなたと一緒にいたからですよ」
  なんでもないことのように、獄寺が言った。
「あの人は、我が儘で欲張りで、狡い人なんです。俺だけでなく、十四歳の俺までも、自分のものにしたいと思っているんです」
  そう告げる獄寺の横顔が、どこか寂しそうに見える。
「……獄寺君、そんなに好きなんだ、オレのこと」
  思わず綱吉は呟いていた。
  あまりにも獄寺の表情が寂しそうだったから、つい、口をついて言葉が出てきてしまったのかもしれない。
  十四歳の自分と獄寺は、まだ告白もしていない。互いに相手のことを気になる存在として見ているのは確かだったが、越えられない一線がある。友達の関係を崩してしまうのがこわくて、その一歩を踏み出すことができないでいる。
「恋人ですから」
  そう言った獄寺の眼差しはやはり寂しそうで、痛みを堪えているように見えないでもない。
「獄寺君……」
  綱吉はそっと獄寺の肩に手を置いた。
  二十四歳の獄寺の肩は、見た目よりもほっそりとして華奢だった。
「オレって、そんなに我が儘で欲張りで狡い人間なのかな?」
  ポツリと綱吉が呟くと、獄寺はそうではないと、掠れた声で呟いた。
「そうじゃないんです、十代目。俺が、そういうあなたを好きなんです」
  声が、震えている。
  そっと獄寺の顔を覗き込むと、傷ついたような目がじっと綱吉を見つめてきた。
「十代目……」
  獄寺の手が、綱吉の手首をやんわりと掴む。少しひんやりとした手に、綱吉はゾクリと体を震わせた。
  ゆっくりと互いの顔が近づいていき、影が重なる。
  次の瞬間、指先ほど冷たくはない獄寺の唇が、綱吉の唇に触れていた。



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(2009.10.12)


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