唇を合わせると、体の芯がじわりと熱を持ち始めるのが感じられた。
深く、深く。唇を合わせ、そっと唇の隙間から舌を差し込む。煙草のにおいが微かにして、それが獄寺のにおいだと思うと綱吉はなんとなく嬉しくなった。
獄寺の体は、甘い。煙草のにおいでもなく、石鹸のにおいでもない、甘ったるいにおいがしていた。コロンかと思ったが、それともまた違う。もともとの体臭がそんなにおいなのだろう。
首筋に鼻先を埋めて、獄寺のにおいを鼻いっぱいに吸い込む。ついでに白い肌に舌を這わせて、耳たぶをやんわりと甘噛みした。
「んっ……」
首を竦める獄寺の仕草が愛しくて、綱吉はこめかみにも唇を落とした。さらさらとした細い銀色の髪に指を差し込み、そっと梳いてみる。うっすらと開いた獄寺の唇が、艶めかしく綱吉の目に映る。
「ね、獄寺君。恋人同士って、どんな感じなんだろうね」
綱吉が尋ねると、獄寺は困ったように目を伏せた。淡い緑色の瞳を見ることができないのが残念だ。
「あ…かり……」
唇が、微かに動いた。
「なに?」
綱吉は、じっと獄寺の顔を見ている。
「あかりを消しませんか、十代目」
恥ずかしいのだと、獄寺は告げた。
頬だけでなく、獄寺の首筋までもがさあっと朱色に染まっていく。
「恥ずかしい?」
綱吉の言葉に、獄寺は小さく頷いた。
自分だって恥ずかしいのだとは、何故だか綱吉には口にすることができなかった。
あかりを消すと、部屋の中は薄暗くなる。目が慣れてくるまでにしばらくかかりそうだ。 薄いカーテン越しに、微かな月明かりが部屋を朧気に照らしている。
ごそごそとベッドの中に潜り込んだ綱吉は、手探りで獄寺のほうに手をさしのべた。
「十代目……」
誘うように獄寺は、綱吉の手を掴んだ。
互いに相手の体を抱きしめ合い、ぎこちなく唇を合わせた。
これを、恋人のキスと言ってもいいのだろうか。綱吉はそんなことを考えながら、獄寺の唇を吸い上げる。はあ、と息をついたところを狙って、獄寺の舌が口の中に侵入してくる。
きゅっと舌を吸い上げると、また煙草のにおいがした。
口の中に入り込んだ舌先を吸い上げ、唾液を飲むと、ゴクリと喉が鳴る。薄暗がりの中で、相手の顔が見えないのが有り難い。今の綱吉にはなんでもできそうな気がした。
獄寺の舌をいちどは解放したものの、すぐさま綱吉は、そのふっくらとした唇を追いかけた。
合間に、スウェットの裾から手を差し込み、脇腹のあたりをなぞりあげる。くすぐったいのか、獄寺はもぞもぞと身を動かしている。
指をするりと動かして、下肢に移動した。手のひら全体で布地の上から股間をなぞると、獄寺がハッと息を飲むのが感じられた。
「……嫌だった?」
恐る恐る、綱吉は尋ねる。
「いえ……いいえ、嫌だなんて、そんなことは……」
そう言いながらも獄寺の腰は引けている。触れた手をゆっくりと動かして、盛り上がった部分をなぞってみた。布越しに指先で引っ掻いてみると、盛り上がりは少しずつ硬くなっていく。
「あの、十代目……」
なにか言いかけた獄寺の唇を、綱吉は軽くついばんだ。
「嫌じゃないんだよね、獄寺君」
綱吉の言葉に、獄寺は困ったように身じろいだ。
強弱をつけながら手のひらで獄寺の股間をなで回していると、布地の下の性器が硬く張り詰めてくるのが感じられた。
「熱い……ね」
呟いて、綱吉は獄寺の首筋に顔を埋める。
「十代目……」
じっとりと汗ばんだ獄寺の肌が、甘い香りを立ち上らせている。やはりこのにおいは獄寺の体臭なのだと、綱吉は思った。
「ね、獄寺君。男同士ってどうするか、知ってる?」
男同士でどうやって抱き合うのか、綱吉はだいたいのところは知っている。いつだったか、山本とディーノと三人で、そんな話をしたことがある。
「ぁ……はあ、まあ、だいたいのところは……」
獄寺の曖昧な言葉に、綱吉は微かに笑った。
スウェットの裾から差し込んだ手で獄寺の肌に直に触れると、小さく震えるのが感じられる。
「やっぱり、嫌?」
慎重に綱吉は尋ねる。
「いいえ。嬉しいんです、十代目」
そう言って獄寺は、手探りで綱吉の背に腕を回し、体を引き寄せようとした。子どものようにしっかとしがみついて、なかなか綱吉から離れようとしない。
「ところで十代目。十代目は、男同士でどうするのか、ご存じなんですか?」
獄寺の声は、少し掠れていた。
緊張しているのか、いつもの獄寺に比べるとどことなくぎこちない感じがする。
「……うん。ディーノさんから聞いたよ」
と、綱吉は返す。
イタリア男の兄弟子は、事細かく、男同士の恋愛について教えてくれた。綱吉が聞きたくないと思うような開けっぴろげなことまでもしつこく聞かされたので、だいたいのことは知っているつもりだ。 抱きしめてくる獄寺の腕の力が、きつくなった。
「いつの間に……ズルいです、十代目」
なにがズルいのかはわからなかったが、獄寺が拗ねていることだけははっきりとわかった。 綱吉は慌てて、獄寺のこめかみや額や髪に、キスをした。チュッ、と音を立てて柔らかな髪に何度もキスを落とすと、満足したのか、獄寺の腕の力が緩まった。
意を決してスウェットの裾をたくし上げると、獄寺は素早く腕を抜いて上衣を脱ぎ捨てた。ベッドの下に服の落ちる音がして、綱吉は何故だかドキドキした。
悪いことをしているわけでもないのに、悪いことをしているような気持ちになってくる。こういうのを背徳感というのだろうか。
「最後までしなくてもいいよね?」
獄寺の耳元に、そっと囁きかける。吐息がかかるだけでもくすぐったいのか、獄寺は反射的に首を竦めて綱吉にしがみついた腕に力を込める。
「今のこの環境で、なし崩しに獄寺君とどうにかなってしまうのもいいけど、さ」
もったいぶった綱吉の言い方に、獄寺は焦れたようなキスをした。
獄寺がどうして欲しいのか、綱吉にはわかるような気がした。おそらく、自分が思っているようなことを、獄寺はして欲しいと望んでいるはずだ。
「それよりも……」
と、綱吉が言いかけたところで、獄寺のまとう空気が不意にかわった。
ピンと張り詰めた空気に、綱吉はふと口をつぐんだ。
「シッ」
獄寺の手が、綱吉の口を覆う。
「じっとしてください」
耳元で獄寺がそう囁いた。
綱吉は息を潜めてじっとした。
二人が息を殺してベッドの中でじっとしていると、微かな音を立ててドアが開いた。施錠されていたはずだがすんなりと開いたということは、十年後の獄寺が部屋に戻ってきたのだろうか?
寝たふりをしてやり過ごそうとしていたが、部屋にあかりがついた。
「起きてるんだろ、二人とも」
十年後の綱吉だ。
一瞬、綱吉は首を竦めた。胸の中に罪悪感が沸き上がってきたかと思うと、とんでもなく気まずくなって、ケットの中から顔を出すことができなくなってしまった。
「……もうバレたんですね」
そう言って上体を起こしたのは、獄寺のほうだった。
「もっと長時間足止めされてくれるかと思ってました」
悪びれもせずに獄寺が言うと、二十四歳の綱吉はベッドのほうへと近づいてきて、毛布を引きはがした。ベッドの中に潜り込んだままの綱吉の姿が露わになる。
「ひっ…ひいぃっ……」
声をあげた綱吉が素早く飛び起きた。十年後の自分と真正面から向き合ったところで、二十四歳の綱吉は、満足そうに笑みを浮かべた。
「足止めにもならなかったよ」
そう言って二十四歳の綱吉は、獄寺の頬に手をやった。
「オレは……ずっと君に、こうしたかったんだ」
するりと指が獄寺の頬を這う。
「隼人から告白されて、オレたちはつきあうようになった。そんな過去を、吹っ切りたいと思っていたんだ」
十年後の自分は、指が長い。整った獄寺の頬のラインをするりと撫で、親指と人差し指とで顎をくい、と持ち上げるその仕草に、綱吉はドキッとさせられる。
獄寺が、十年後の自分を拒んでくれたらいいのにと、他人任せなことを綱吉は思っていた。
いくら恋敵とは言え、十年後の自分では分が悪すぎる。
自分から見ても十年後の自分は大人で、実際のところはよくわからないが、なかなかしっかりしているように見えている。
獄寺が十年後の自分に惹かれていたとしても、不思議はないほどだ。
「獄寺君……」
名前を呼んでみたものの、獄寺は身じろぎひとつすることなく、十年後の綱吉に見惚れている。
「悪いね。オレは、隼人が欲しいんだ」
二十四歳の綱吉は、そうはっきりと告げた。
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