自分はいったい、どうしてしまったのだろうか。
まるで魔法にでもかかってしまったようだ。体が自分の意志では動いてくれず、獄寺はただ黙ってじっと十年後の綱吉を見つめるばかりだ。
十年後の綱吉は大人の男で、さらりと自然になんでもこなしてしまう。憧れとは違う、もっと強い想いを自分はこの人に対して持っている。しかしそれ以上の気持ちを十四歳の十代目に対して、獄寺は持っていた。
見上げた先にある綱吉の顔は、やわらかな笑みを浮かべている。
このままでは、この人にいいようにされてしまう。
そう思って身構えてみたものの、あの長くすらりとした指が自分の顎にかかった瞬間、そんなことはどうでもよくなってしまった。
うっすらと唇を開いて綱吉の口づけを待つあいだ、獄寺の心臓はドキドキしていた。
騒がしくて、恥ずかしくて……そして、たまらなく胸が痛い。
「獄寺君!」
十四歳の綱吉が、声をあげた。その声ですら、どこか遠いところから聞こえてきているような感じがするのは何故だろう。
獄寺はうっとりと目を閉じた。
爽やかな石鹸の香りが鼻先をくすぐり、唇にあたたかな感触が触れる。綱吉の唇だ。
「ん……」
唇が合わさり、うっすらとあけた唇の隙間から、舌が潜り込んでくる。生暖かいものがうねうねと口の中を動き回り、綱吉のにおいと一緒に唾液が流れ込んできた。
「獄寺君!!」
もういちど、意識の向こうで綱吉の声が聞こえた。獄寺が大切に想っている、十四歳の綱吉の声だ。
返事をしなければと思ったものの、痺れたような感じがして体が動かない。
この感覚には、覚えがある。
まるで、酒に酔った時のような感じだ。
「んんっ……」
なんとか手を動かして、体を引き離そうとした。
力を入れて抱きしめてくる体を押し返そうとすると、さらに深く唇を合わせられた。
唇が離れていくのを、獄寺はぼんやりと感じていた。
そっと目を開けると、二十四歳の綱吉は淡い笑みを浮かべて、獄寺をじっと見つめている。
「嫌だった?」
心配そうに尋ねられた。その表情があまりにも寂しそうな様子だったから、獄寺は大きく首を左右に振った。
「いいえ、そんなこと!」
そう返した途端、獄寺の胸がチクリと痛む。
「本当に?」
顔を覗き込まれて、ドキドキした。
もう何回もこの顔を見ているというのに、胸の鼓動は相変わらずうるさく騒いでいる。好きな人……だからだろうか?
「は…い……」
小さく頷くと、大きな手ががしがしと獄寺の頭を撫でてくる。そのまま後頭部に手を回すと、綱吉はぐい、と獄寺の体をベッドに押し倒した。
「あっ」
抵抗する間もなかった。
慌てて体にケットを巻き付けようとしたが、素早く隙間から手が差し込まれ、腹の上を手が這い回った。大きくてあたたかな手が肌を撫でると、それだけで獄寺の産毛は逆立ちそうになる。鳥肌が立つほどゾクゾクとして、体が震えた。
厄介なことに獄寺は、この手の温もりを気持ちいいと思っている。
さっき触れられた時もそうだったが、この手に触れられていると、頭がボーっとしてくる。何も考えることができなくなって、綱吉のいいようにされてしまうのだ。
「……触られるのは、嫌?」
獄寺の気持ちを読みとったのか、綱吉が尋ねてくる。
困ったように自分を見つめてくる瞳が愛しくて、たまらない。
「──嫌……じゃ、ない…です」
考え考え、獄寺は答えた。
十四歳の綱吉も、二十四歳の綱吉も、同じように自分は敬愛している。そういう意味での答えだった。
「嬉しいな」
ホッとしたように、綱吉は目尻を下げた。
「獄寺君にそう言ってもらえて、安心したよ」
ベッドに押さえつけられていることさえ、気持ちいいと思えてくる。
綱吉の顔を見上げると、チュ、とキスをされた。
「あの、十代目……」
言いかけた獄寺の唇に指を押し当て、綱吉は囁く。が、声が小さすぎて、獄寺には聞こえない。
「十代目?」
なんと言ったのか尋ねようとしたところで、十四歳の綱吉の声が獄寺の耳に飛び込んできた。
「ちょっ、獄寺君!」
怒ったような綱吉の声に、獄寺はふと我に返った。
「あ…──」
首を巡らせると、十四歳の綱吉がベッドの足下で獄寺を睨み付けていた。責めるような眼差しに、獄寺はゾクリと背筋が冷たくなるのを感じた。
「十…代目……」
自分をベッドに縫い止めている二十四歳の綱吉を押しのけようとしたが、強い力で押し返されてしまった。
「駄目だよ、獄寺君。じっとして」
からかうような柔らかな声がして、髪に口づけられた。
「やめろ……やめろよ、お前! 獄寺君から離れろ!」
癇癪を起こした子どものように綱吉が叫んでいる。
獄寺は、嬉しかった。十四歳の綱吉が、自分のためになにかしてくれるのがとても嬉しい。この人に自分は必要とされているのだと確かめることができて、幸せだと思う。
「十代目……」
二十四歳の綱吉を押しのけようと獄寺は、さらに力を込めて腕を動かした。肌を這う綱吉の手が、脇腹をなぞり、ゆっくりと胸のあたりに指で触れてくる。
「ぁ……」
ぐい、と腕で二十四歳の綱吉の体を押し返すと、不意にピリッとした感触が獄寺の胸に走った。
「……んぁっ」
ヒクン、と体が震え、甘い声があがった。
あたたかな手が、やわやわと獄寺の乳首をこねくり回していた。
どう足掻いても獄寺は、二十四歳の綱吉から逃れることはできそうになかった。
力ではかなわないし、なによりも獄寺は、綱吉のことが好きだ。大好きだった。この人を困らせたくないという想いが強くて、どうにも自力で逃げ出そうとすることができなかった。
そうこうするうちにいつの間にか獄寺の腕は頭の上でひとつにまとめられ、綱吉の大きな手によって手首を掴まれていた。
「獄寺君!!」
声変わり前かと思うほど甲高い綱吉の声が、部屋に響く。
「駄目だよ。君はそこで見ているんだ」
二十四歳の綱吉は、十四歳の綱吉にそう言い放った。
なにも言い返せずに十四歳の綱吉は、唇を噛み締めた。大きな目を潤ませて、じっと獄寺を見つめている。
「十代目……」
獄寺は掠れた声で綱吉を呼んだ。
自分は、綱吉のことが好きだ。性的な対象として見るだけの気持ちを、綱吉に対して抱いている。こんなふうに気持ちを一方的に押しつけてくる二十四歳の綱吉は大人で、優しくて、獄寺にとっては憧れの人でもあったが、十四歳の綱吉ではないのだ。
体に巻き付けていたケットの裾が、まくれ上がって胸のあたりでもたついていた。綱吉のすらりと長い指が、乳首をキュッと摘み上げると、それだけで獄寺は声をあげてしまいそうになる。
「ダメです……」
掠れる声で獄寺はポソリと言った。
「ダメです、十代目……」
こんなふうに抱かれることは、望んではいない。
自分が望んでいたのは、十四歳の綱吉と気持ちを通わせることだ。いつかはこういった行為もと考えてはいたが、それは今、この時ではない。こんなふうに抱かれたいなどと、自分はこれっぽっちも考えてはいなかったはずだ。
「なにがダメなの?」
そう言って綱吉は、獄寺のぷっくらと膨らんだ乳首に舌を這わせた。ペロリと舐めあげると、前歯を軽く押し当てて、甘噛みをする。
「ああっ!」
体を反らして獄寺は、快感をやり過ごそうとした。
綱吉の指も、舌も、獄寺にはなにもかもが気持ちよく感じられる。吐息ですら、獄寺にとっては気持ちいい。
体の力が抜けていきそうになるのを感じながら、獄寺はぼんやりとした頭で綱吉の声を聞いていた。
「隼人がオレのものになるところを、そこで見てるといいよ」
冷たい声だったが、間違いなく二十四歳の綱吉の声だ。
なにを言われているのだろうかと、獄寺は整った顔立ちの綱吉の輪郭に目を馳せる。
「言っただろう。オレは、隼人が欲しいんだ」
はっきりと綱吉は言った。
怖いほどに冷たい表情で、十四歳の綱吉を睨み付けている。
しかし自分の体を拘束しているこの二十四歳の綱吉も、本物の綱吉であることにかわりはない。
「十年前にはできなかったからって、今の獄寺君に自分から告白して、抱きたいって言うのか」
ムッとしたように、十四歳の綱吉が声を荒げる。
自分のことで、同じ綱吉同士が争っているのを見るのはあまりいい感じがしない。
もぞもぞと体を動かそうと獄寺が四肢に力を入れた途端、綱吉の唇が胸へとおりてきた。 「ひゃっ……」
チュ、と音を立てて乳首に吸い付いた唇が、ゆっくりと腹についた薄い筋肉をなぞり、下肢へと移ってくる。
「そうだよ」
あいているほうの手で、獄寺の前を綱吉はやんわりとなぞった。
「ぁ……」
布越しに性器に触れてくる手は確実に、獄寺のいいところを狙っている。
「十年前の隼人に会えて、オレはすごく嬉しかったんだ。せっかく手に入れたチャンスだからね。あの時できなかった告白のやり直しをしたいと思ったんだ」
それぐらいは許してくれと、綱吉は言った。
「そんな身勝手な……」
十四歳の綱吉の呟きが一瞬、獄寺の思考に重なった。
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