体が熱くてたまらない。
獄寺はなんども喘いだ。
揺れているように感じるのは、誰かの手で運ばれているからだ。二十四歳の綱吉のベッドの上ではないのだと思うと、朦朧とした意識の中であれ、ホッとする。
自分は、二十四歳の綱吉からようやく離れることができた──そう思うだけで、安堵した。
「あ…あ……」
弱々しく手を動かすと、誰かが手を掴んできた。
「もう大丈夫だよ、獄寺君」
しっかりとした声が耳元に吹き込まれた。
綱吉の声だ。獄寺が好きな、十四歳の綱吉の、声。ホッとすると同時に獄寺は、わずかな時間、意識を手放していた。
穏やかな振動と、あたたかな手。
暗がりの中で横たえられたのは、やわらかで清潔なベッドの上だった。
「それでは十代目、俺はこれで」
二十四歳の自分の声が聞こえてくる。
弱々しく目を開けると獄寺は、あたりを見回した。十四歳の綱吉が、二十四歳の自分をドアのところで見送る姿が目に入る。
「あ……」
体の不快感はいつの間にかなくなっている。意識を失っている間にどうやら、二十四歳の自分が清めてくれたらしい。べたついた不快感も、青臭いにおいもない体は、今は石鹸のにおいがしている。もっとも、後ろに入り込んでいた異物感だけは体の奥にはっきりと残っているのだが。
パタン、とドアが音を立てて閉まると、綱吉がこちらへやってくる気配を感じた。
どんな顔して綱吉を見ればいいのか、獄寺にはわからない。
慌てて綱吉に背を向けると獄寺は、ケットを頭からかぶった。あまりにも恥ずかしくて、合わせる顔がない。
「獄寺君?」
心配そうな綱吉の声が、耳に痛かった。
ケットごしに綱吉の手が触れてくる。
獄寺の肩に置かれた手は二十四歳の綱吉の手よりも小さかったが、あたたかく感じられた。
「十代目……」
ポソリと呟くと、掠れた声が出た。
「なに?」
綱吉の声は穏やかだ。
決して獄寺を責めてはいないその声に、どこかしらホッとする。
「俺……」
言いかけて、獄寺は言いにくそうに口を噤んだ。
打ち明けてしまってもいいものだろうか? こんなことを言われても、十代目は困るのではないだろうか? そんなふうに躊躇いながら、獄寺はゆっくりと口を開いた。
「俺、十代目じゃないとダメみたいっス」
言いながら、目の奥がじんわりと熱くなるのを獄寺は感じた。鼻がつんと痛くなって、喉がヒリヒリとしだす。
「俺……十代目、俺……」
小さくしゃくりあげながらもなんとか言葉を口にしようとする獄寺の背中を、綱吉は優しく叩いてくれた。
「大丈夫だよ、獄寺君」
低い声で囁きかける綱吉の声は、獄寺の耳に優しく響く。
「十代目……」
自分の胸の内をどのように告げればいいのかが、獄寺にはわからなかった。しゃくり上げながらケットの縁をぎゅっと握りしめていると、綱吉に肩を抱かれた。
「ごめんね、獄寺君。恐い思いをしたよね。嫌だったよね」
言いながらも綱吉の声は、微かに震えている。それでも、労るようなその声色に、獄寺の胸の中がじんわりと熱くなる。
言わなければと、獄寺は思った。
二十四歳の綱吉に抱かれてしまった獄寺だが、十四歳の綱吉に知っていて欲しいことがある。言わなければと、獄寺はもたもたと口を開ける。
「あの、十代目。実は……」
言いかけたものの、やはり告げる言葉がみつからない。
はあ、と息を吐き出して獄寺は壁をじっと睨みつける。綱吉の手が優しく獄寺の肩を撫で、背中へと降りていく。
「ごめんね、獄寺君」
そう、綱吉は呟いた。
違うのだと、獄寺は思う。
うまく告げられない自分に苛々すると同時に、自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。
「……違うんです、十代目」
謝って欲しいわけではない。そうではなくて、ただ聞いて欲しいだけだ。
体の向きをかえると、目の前に綱吉の顔があった。
「あ……」
驚いてケットの中に潜り込もうとすると、手を掴まれた。
「獄寺君」
静かな声だった。
「体、大丈夫?」
尋ねかける綱吉の声に、獄寺は泣き笑いのような顔をした。
「だ…い、丈夫……です」
そうだ。自分は女ではないから、大丈夫なはずだ。二十四歳の綱吉に抱かれたと言っても、あれはどう考えたって一方的なものだった。自分は決して、二十四歳の綱吉に自分から進んで体を開いたわけではない。
「俺、十代目が好きです」
好きで、好きで、たまらない。手に入れて、抱きしめて、自分のものにしたいと獄寺は思っている。
「十代目に……あの、大人の十代目に、抱かれはしましたけれど……」
しだいに獄寺の声は小さく、掠れていく。
綱吉は手を伸ばすと、獄寺の頬に手を当てた。親指の腹でやんわりと獄寺の目尻に浮かんだ涙を拭ってくれる。
「だけど俺、我慢しました」
我慢して獄寺は、二十四歳の綱吉に抱かれたのだ。異物を挿入され、乱された。綱吉の性器が体の中に埋められた瞬間、獄寺はなにかを失ったように感じた。大切な、なにか。そのままにしておくことのできない、大きななにかだ。しかし獄寺には、失ったそのなにかを再び手に入れるだけの力がない。 「我慢したって、なにを?」
顔を覗き込まれて獄寺は、反射的に首を竦める。
「あの、だから……」
どうしてこんなにも弱気になってしまうのだろうか。
いつもの自分らしくないということは、獄寺自身、よくわかっている。いつもなら笑い飛ばしてしまえそうなことが、今は気になって仕方がない。
「我慢したんです、俺」
二十四歳の綱吉が嫌だったのではない。同じ綱吉に抱かれたのだから、心の底では嬉しくもあった。ただ、自分の初めては十四歳の綱吉のものだと思っていたから、驚いてしまっただけだ。
それに……──と、獄寺は思う。
二十四歳の綱吉に抱かれはしたものの、最後まで獄寺は我を押し通した。それだけは誇れると、獄寺は思う。
目の前の綱吉の瞳を真正面から見つめると、優しく抱きしめられた。
体が火照っていると、獄寺は思う。
熱くて、熱くて、たまらない。
喘ぐように深い溜息を零すと、髪にキスを落とされた。甘いキスだ。
体が小さく震えて、ともすれば、抱きしめてくる腕に縋りついてしまいそうになる。
「じゅ……だい、め……」
掠れた声だった。あまりにも弱々しくて、小さくて、自分の声ではないように感じられた。
「俺…──」
すん、と鼻を鳴らすと、綱吉の唇が降りてきた。獄寺の唇をそっと塞ぎ、下唇をやんわりと甘噛みする。チュ、と音を立てて唇を吸い上げられ、獄寺の体はビクンと震えた。
「んっ、ふ……」
うっとりと目を閉じて、獄寺は唇を押しつける。
綱吉の唇の熱さに、ドキドキした。
熱くて熱くて、体がどうにかなってしまいそうだ。
「十代目……」
キスの合間に甘えたような声で綱吉を呼ぶと、鼻先と額に軽くくちづけられた。
「言って、獄寺君。なにを我慢してたのか」
そう言うと綱吉は、また獄寺にキスをした。
深く唇を合わせると、ぎこちなく舌が獄寺の口の中へと侵入してくる。二十四歳の綱吉のスマートさは、影も形もない。
「んんっ……」
鼻にかかった声をあげると獄寺は、綱吉にしがみついた手にさらに力をこめる。このまま離れたくないという気持ちでいっぱいだったが、そうしたらきっと、この体はもっともっと熱くなってしまうだろう。
「……ごめん、獄寺君」
唇が離れると、綱吉は呟いた。
「このまま一緒にいると……その、ヘンな気分になりそうだから……」
控え目に綱吉は告げる。伏し目がちの綱吉の視線に、獄寺は自分の頬がカッと熱くなるのを感じる。
「ああ……」
獄寺は、溜息をもらした。
もういちど、抱きしめて欲しい。キスをして、舌で口の中を蹂躙されたい。それから、他の場所も、他のやり方で……。
しがみついた綱吉の胸に、獄寺は額を押し当てた。
「あなたが来てくれると、信じていました」
二十四歳の綱吉には、憧れと恋慕の情を抱いてはいた。しかし獄寺は心の奥底では、十四歳の綱吉に抱かれたいと思っていたのだ。
「俺、あなたじゃないと、ちゃんとイけないっス……」
さらっと流してしまおうと思いながらも、じんわりと涙が目尻に浮かんでくる。初めては、目の前の綱吉に捧げたいと思っていた。我ながら女みたいだと思わずにはいられなかったが、密かに心に決めていたのだ。
小さくしゃくりあげると、髪をそっとなでられた。
綱吉の手つきはやさしくて、心地好い。そのせいだろうか、涙が滲むのは。はあ、と吐き出す息さえも、さっきからみっともなく震えている。
「そんなこと言われたら……」
困ったように綱吉は、口元に微かな笑みを浮かべた。
「困りますか?」
そう言って獄寺は、綱吉の目を覗き込む。
まっさらではないから嫌だと言われたらどうしよう。そんなことを獄寺は心配する。確かに、二十四歳の綱吉に抱かれはしたが、獄寺は意地でも最後まで堪えたのだ。せめて十四歳の綱吉の手で、射精に導いてほしい、と。だから二十四歳の綱吉の前で獄寺は、最後までイッていない。体が火照って仕方がないのはそのせいだった。
「うん、困るよ」
真剣な表情をして綱吉は返した。
「すごく……困る。だってオレ、獄寺君と……そのエッチなこと、したいかな、って……」
ボソボソとした綱吉の声は、最後のほうは聞き取ることができなかった。
それでもなんとなく綱吉の言いたいことを理解した獄寺は、目の前の体にしっかとしがみついた。力いっぱい抱きしめて、肩口に額をぐいぐいと押しつける。
「俺も、したいです──」
泣きべそをかいた顔のままで獄寺は、綱吉にキスをした。
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