体の中をいっぱいに満たしていくものに獄寺は酔いしれていた。
むず痒いような痺れるような甘い快感と、ピリピリと引きつる痛みと。そのどちらもが、獄寺にとっては等しく愛しい。
おずおずと獄寺は、綱吉の体に腕を回した。
「痛い?」
尋ねられ、獄寺は小さく首を横に振る。
好きな人に抱かれているのだと思うと、それだけであたたかなものが体中に満ちてくるような感じがした。二十四歳の綱吉曰くまだ幼さの残る貧弱な十四歳の綱吉の体に、獄寺は全身でしがみついた。同じ年頃の子どもじみた少年の腰に足を絡めると、綱吉との密着度が増し、体の深いところを抉られた。
「っ……」
背中を反らすと、腹筋がヒクヒクとなっているのが感じられた。
体の中に潜り込んだ綱吉のものが、腹の中に届きそうなほど大きくなってドクン、ドクン、と脈打っているのが獄寺にもはっきりとわかる。
「じゅ…だい、め……」
手を伸ばし、そっと頬に触れた。
一生懸命な綱吉の表情が、愛しく思える。
「もっと、キモチよくしてください、十代目」
まるで熱に浮かされているかのようだ。
綱吉の腰に絡めた足で、ぐい、と腰を引き寄せる。さらに密着する体から、ほんのりと綱吉の汗のにおいがしてくる。
「獄寺君……その、君、苦しくない?」
気遣わしげな綱吉に、獄寺は首を横に振る。
「キモチいいっス、十代目」
だから、もっと……──そう、獄寺は唇を動かした。
ゆっくりと意識が戻ってくる。
あたたかな日差しが眩しくて、獄寺は片手を顔の前にかざして薄目を開ける。
部屋には、誰もいなかった。綱吉の気配はどこにもない。
寝返りを打つと、自分の隣に綱吉の眠った形跡があった。窪んだシーツはまだほんのりとあたたかだ。
「十代目…──」
呟いて、獄寺は唇を噛み締める。
目が覚めた時に隣にいてほしかったと思うのは、贅沢すぎるだろうか?
それとも、抱いてもらえただけでもラッキーだったと喜ぶべきなのだろうか?
しばらくそうやって考えていると、シャワールームのドアが開いて綱吉が出てきた。ああ、シャワールームにいたのだと思うと、途端にホッとして、かわりに頬がカッと熱くなってきた。自分のつまらない思いこみが恥ずかしくてならない。
「……獄寺君? 起きた?」
尋ねかける綱吉の声を耳にしただけで、獄寺の胸がドキドキと忙しなく騒ぎ始める。
寝ぼけたふりをしてベッドの中に潜り込むと、ぎゅっと目を瞑った。
「まだ眠い?」
心配そうな綱吉の声が、獄寺の胸の内をじんわりとあたたかくする。
髪を撫でる綱吉の手が心地よくて、獄寺はもぞもぞと体を動かした。綱吉の手は、なんと気持ちがいいのだろう。ずっと触れていてほしい、髪を撫でていてほしいと思ってしまう。
「狸寝入りしてるだろ、獄寺君」
そう言って髪を撫でる綱吉の声は、どことなく楽しそうだった。
二度寝の後の目覚めはあまりよくなかった。
今度こそ本当に、綱吉の姿がどこにも見えなかったからだ。
獄寺は苛々としながら服を探した。
夕べ、二十四歳の自分に着せられたパジャマがベッドの足下にきちんと畳んで置いてある。おそらく綱吉が畳んでくれたのだろう。他に着るものはなかった。仕方なくベッドの上に起きあがると、獄寺はノロノロとパジャマに手を通した。
とは言え、時計を見るとそろそろいい時間だ。もしかして綱吉は、朝食を食べに先に部屋を出たのだろうか?
そんなことを考える端から、腹がぐう、と鳴った。
「腹、減った……」
呟いて獄寺は、腹を押さえる。
後ろの異物感はまだ残っている。夕べ、二十四歳の綱吉に抱かれた後にはべたついた不快感しか残らなかったその部分が、今朝は甘く疼いている。
しばらくあたりを見回していた獄寺だったが、そのうちに空腹に耐えられなくなってきた。そっとベッドから足を下ろすと、部屋を横切った。そろそろと歩いているのは、足音を立てたくなかったこともあるが、腰が辛いからだ。
ドアを開けようと手を伸ばしたところで、不意にドアが開いた。
「うわっ……」
驚いて後退る獄寺の視界に、綱吉の癖のある焦茶の髪が飛び込んでくる。
「あ、起きてたんだ、獄寺君」
そう言って綱吉は、部屋に入ってきた。
手にはトレーを持っている。
「朝食、もらってきたよ。その……辛いだろ? 動くの」
面と向かって尋ねられて恥ずかしくないわけがない。獄寺の頬がカッと熱くなった。
「あー……少し…いえ、大丈夫です。ちょっとだけですから」
獄寺の言葉に、綱吉は怪訝そうな視線を向けてくる。ああ、疑われていると、獄寺は思った。本当に、そんなに辛くはなかったのだ。それよりも、目が覚めた時に綱吉が側にいなかったことのほうがショックだった。本音を言うなら綱吉には、自分が目を覚ますまで側にいて欲しかった。自分勝手な我が儘だということはよくわかっていたが、初めて綱吉に抱かれた朝だから、そんなふうに少しだけ期待をしていたこともある。
「ほら、座って」
綱吉の声に促されて、獄寺はベッドの上に腰をおろした。トレーには、甘みたっぷりのホイップの乗ったクロワッサンとオレンジジュースが並んでいた。
綱吉の持ってきてくれた朝食が、落ち込みかけた獄寺の気持ちを現実へと引き戻した。
朝食の後で二人は、屋敷の中を探索した。
この屋敷は、今の自分たちからは想像もできないような造りになっている。
言ってみれば、昔、獄寺が住んでいた父の屋敷と未来の世界で一時的に過ごしたボンゴレアジトを足して割ったような感じがする。
騒ぎながら二人で屋敷の中を探索するのは楽しかった。ひと目を避けて手を繋ぐこともした。しかし昼を少し過ぎた頃に二十四歳の獄寺にとうとう掴まってしまった。
「そろそろランチにしませんか、十代目」
廊下の角を曲がったところで二十四歳の自分が待ち伏せしていたのだ。
呆気なく綱吉も獄寺も、二十四歳の獄寺に連れられ、屋敷を出た。二十四歳の獄寺が運転する車に乗って、屋敷から少し離れたところにあるファミリーレストランへ連れて行かれた。
「おい、なんでファミレスなんだよ、十代目がいらっしゃるのに」
ムッとして獄寺が言うと、二十四歳の獄寺は涼しい顔をして笑みを浮かべた。
「アホか、お前は。屋敷に監視カメラが入ってるのはわかってただろう? イチャイチャしたいのなら外でやれ。監視カメラの前にいるのが、お前や十代目のことを知らないヤツらばかりじゃないんだぞ」
二十四歳の獄寺の言葉に、まず綱吉が慌てた。
「ああっ、カメラの存在、忘れてた……」
青い顔をして綱吉は、獄寺の顔を覗き込んでくる。
「どうしよう、獄寺君。手を繋いではしゃいでたの、見られちゃったんだ……」
手を繋いだだけではなかったけれど、それ以上のことはさすがの綱吉も口にはしなかった。
「だいじょーぶっスよ、十代目。子どもが手を繋いではしゃいで歩いているぐらい、どうってことないっス」
獄寺がそう言うと、二十四歳の獄寺が横から口を挟んでくる。
「手を繋いでいただけじゃないだろ。廊下の隅でキスしてたように見えたんだが……」
さらりと大人の獄寺が言い放つのに、綱吉がヒィ、と声をあげた。
確かにそうだ。廊下の隅で、ここならカメラの死角になるから大丈夫だと高を括ってキスをしたのは、他でもない獄寺だ。
あの場所が死角ではなかったということは、他にもカメラがあったということだろうか。 「部屋を出たら必要以上に十代目にまとわりつくな」
そう、二十四歳の獄寺は告げた。
「十代目もいいですね。あの屋敷は雲雀のヤツが定期的に手を入れてるから、死角なんてないに等しい。一歩部屋を出たら、プライベートなんてないような屋敷なんですから気をつけてください」
「なにをどう気をつけろ、ってんだよ」
はあぁ、と溜息混じりに綱吉が呟く。
要は部屋以外でいちゃつくなということなのだろう。獄寺は眉間に皺を寄せて、二十四歳の自分を睨みつけた。
「あ? なんだ、その目は。だいたいお前がフラフラしてっから俺がこうやってだな……」
言いかけた二十四歳の獄寺の口があんぐりと開いたまま、止まってしまう。
どうしたのだろうかと視線の先へ首を巡らすと、二十四歳の綱吉がいた。
おそらく、自分たちを追ってきたのだろう。
「十代目、なんでこんなところに」
二十四歳の獄寺の声が、どことなく上擦っているように聞こえる。もしかして彼は、二十四歳の綱吉に内緒で自分たちを屋敷から連れ出したのだろうか?
ちらりと隣に座る綱吉に視線を馳せると、同じように居心地の悪さを感じているのか、困ったような視線とぶつかった。
夕べのことがあるから、二十四歳の綱吉とは正直、顔を合わせたくはなかった。獄寺は口の中にたまった唾をゴクリと飲み込んだ。
二十四歳の自分が、二十四歳の綱吉をどうにかしてくれるとは思いにくい。いくら大人とは言え、あくまでも自分自身だ。十四歳の自分が十四歳の綱吉にかなわないように、二十四歳の自分だって二十四歳の綱吉にはかなわないはずだ。
どうしよう。どうしたらいいのだろう。
膝の上で拳を作ると、獄寺はその手をぎゅっと握りしめた。
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