ふと見ると、綱吉のシャツの下でICタグが微かに光を放っていた。
声をかけようかどうしようか獄寺が迷っていると、異変に気づいたのか綱吉がシャツの下にたくしこんだICタグを引っ張り出した。
「これ……なんで光るんだろ」
独り言のように綱吉は呟いた。
「俺のは光ってません」
自分のバングルにちらりと視線を馳せ、獄寺は告げる。
どうして、なにが違うのだろうか。綱吉のICタグは光り、自分のICタグは光らない。そこにはいったい、どんな理由があるのだろうか。
綱吉のICタグだけが、なにかに反応しているのだろうか。
そして自分のタグが反応しないのは、どうしてなのだろうか。
立ち止まり、獄寺は自分のICタグを手のひらに乗せた。
「十代目のICタグは、なんで光るんでしょうね」
ICタグの内部になんらかのセンサーが仕込んであるのだろうか? この薄い金属片に、二十四歳の綱吉はどんな仕掛けを施したのだろうか?
ためすがめつ、タグをじっくりと見つめた。
よわくわからないが、綱吉のICタグは、なにかに反応して明滅しているらしい。なにに反応しているのだろうか。
まさか、目の前のこの樹木が関係しているのだろうか?
「なんで獄寺君のは光らないんだろう」
考え考え、綱吉が呟く。
「さあ」
どうしてだろう。
どうして、自分のタグは光らないのだろう。
二十四歳の自分に尋ねれば、なにかわかるだろうか?
綱吉のほうへちらりと視線を馳せると、彼も同じ気持ちだったのだろうか、頷きかけてくる。
「まずは十年後の獄寺君に会って、話を聞いてみよう」
二十四歳の綱吉と顔を合わすのは、まだ、躊躇われた。
屋敷に戻ると、最初に目についた警備の男に声をかけた。
綱吉はもったいぶってタグをちらりと見せてから、大切な話があると言った。
「獄寺さんに会いたいのですが」
そう言って警備の男の顔を覗き込むと、すぐさま獄寺を捜してくれると言う。
警備なんて言ってはいるけれど、案外チョロいものだと獄寺はこっそりと思う。
程なくして、獄寺がいるという執務室へと案内される。
躊躇いつつもノックをすると、ドアが開いた。すぐ目の前に、二十四歳の自分が立っている。
「あ……」
二十四歳の自分は、驚いたような顔をしていた。と、言うことは、自分たちがここに来ることを予想してはいなかったということだろうか?
「聞きたいことがあるんです」
すかさず綱吉が横から声をかけてきた。
「聞きたいことですか?」
穏やかな口調で、二十四歳の自分が返す。
自分で言うのもなんだが、二十四歳の自分の態度を見て、大人だなと思う。悔しいが、自分にはない落ち着きがある。綱吉の姿を見た瞬間に動揺したようだが、一瞬にしてそれを押し隠してしまう二十四歳の自分に、獄寺は嫉妬を感じた。
「聞きたいこと?」
部屋の中に招き入れられ、二人はソファに腰をおろした。
「これ……このタグなんですけど」
と、さっそくに綱吉が口を開く。
「ある特定の場所でだけ、反応するんです。それも、オレのタグだけが。おかしいと思いませんか?」 身を乗り出すようにして綱吉は話している。少し、興奮しているかもしれない。相手が二十四歳の自分だからだろうか? もしそうなら、嬉しく思うと同時に獄寺は悲しい気持ちがした。
綱吉には、十四歳の自分を頼って欲しかった。
「……獄寺君のタグは反応しないんです。どうしてだと思いますか?」
熱心に二人が言葉を交わすのに、獄寺はぼんやりと耳を傾けていた。
二人の会話が白熱するのに任せて、獄寺は部屋を出た。
どうにも綱吉が自分以外の誰かに頼るところを見るのはあまり気分のいいものではないと気づいた。
頼って欲しい、気持ちを預けて欲しいと獄寺は思う。
今まで以上に綱吉に頼られたなら、きっと自分は満足するだろう。もしそうなら、二十四歳の自分が一緒にいても、気にも留めないはずだ。
中庭に足を運んだ獄寺は、人気のない庭園で重苦しい溜息を吐き出した。
自分のタグは、綱吉のタグと違って反応を示さなかった。
どういうことなのだろう、これは。
ICタグが組み込まれたバングルをてのひらに乗せると獄寺は、そっと握りしめる。
タグの熱を感じ取ることはできるだろうか? いいや、それ以前にタグは光ってくれるだろうか?
先ほど、綱吉のタグが光を放ったあたりへと足を向けてみる。
どうなるのかはわからないが、気になった。自分のタグはどう反応するのか、それとも反応など示さないのか、どちらなのだろうか。
さっき獄寺のタグが反応しなかったのは、あれはひとえに数ある中の条件が満たされていなかったからではないだろうか。
「なんで俺のは光らねえんだ」
眉間に大きな皺を寄せ、獄寺は呟いた。
悔しくてたまらないのは、綱吉が自分を頼ってくれなかったことだ。綱吉は同じ歳の獄寺はではなく、二十四歳の獄寺を頼りにしている。
悔しくてたまらない。
自分ではなかったのだ、綱吉の隣で大きな顔をしていることができるのは。
唇を噛み締めると獄寺は、噛み締めた歯の間から息を吐き出した。
悔しくて、悲しくて、腹立たしい。
手の中に握りしめた獄寺のICタグは、冷たいままだった。
反応を示すのであれば最初の時から光を放っていたはずだ。
それとも……綱吉が持つから光を放つのだろうか? もしそうならば、試してみなければと獄寺は思う。互いのタグを交換して持ってみなければわからない。綱吉だから光るのか、綱吉のタグだから光るのか。それから、場所だ。あの場所でなければならないのか、それとも他の場所でも光ることがあるのか。そして光るのであれば、どの条件で光るのか……
はあ、と獄寺は息を吐き出す。
考えることが多すぎて、周囲のことが見えなくなりそうだ。
いや、むしろそのほうがいいのかもしれない。
綱吉が十年後の自分との会話に夢中になっている今、獄寺は一人で動かなければならない。
綱吉のことを気にしていたら自分は、きっとなにも手つかずの状態になってしまうだろう。綱吉のことをあれこれと考えるほうに夢中になってしまって、タグのことを調べる気にはならないかもしれない。
これでよかったのだと獄寺は思う。
自分たちが元の世界へ戻るために、綱吉は綱吉でできることをしてくれるだろう。だったら自分は自分で、できることをすべきではないだろうか。
それにしても、このタグを手に持って歩いても、光ることはないのだろうか。
顎に拳をあてて、獄寺はうーん、と小さく唸ってみる。
思いついたことはすべて、綱吉に話してみよう。二人で考えれば、もしかしたら物事も進展するかもしれない。
元いた世界に戻るため、なにかいい考えが思い浮かぶかもしれないだろう。
ひとしきり獄寺は、屋敷の中を歩き回った。それから中庭に出て、綱吉のICタグが光を放ったあたりまで行ってみる。
獄寺のタグはしかし、なんの反応も示すことはなかった。
獄寺が部屋に戻ると、綱吉は不在だった。
おそらく、まだ十年後の獄寺のところにいるのだろう。
チッ、と舌打ちをして獄寺は、ソファにどさりと身を投げ出す。
自分が、まるでなにもできない子どもになってしまったような気がして、居たたまれない。
ポケットの中から煙草を取り出すと、お気に入りのジッポでさっと火を点ける。フィルターを通してニコチンが肺へと流れ込んでくるような感覚がして、獄寺はほう、と溜息を零した。
ささくれ立っていた気持ちが落ち着いていくような感じがする。
大丈夫。自分はまだ綱吉の役に立つことができると、獄寺は自分に言い聞かせる。
それにしても、と、獄寺は思う。十年後の自分がライバルだなんて、分が悪すぎる。
十年後とは言うけれど、あれは自分自身の姿でもあるのだ。負けてなるものかと思うと同時に、十年後の自分が十四歳の小僧に負けるというのはなんともやりきれない気分がする。
綱吉はいったい、どちらを選ぶのだろうか……と、そこまで考えて獄寺は、ハッと我に返った。
そうではない。綱吉にどちらかを選ばせるのではなくて。自分自身が、綱吉を選ぶのだ。綱吉と共に元の世界へ戻るため、タグの秘密を解明しなければならないのだ。
「十代目……」
口に煙草をくわえたままで、獄寺は小さく呟いた。
手に握りしめていたタグをテーブルの上に置く。
光らないタグは、テーブルの上で無機質な冷たさを放っている。
光れ──と、獄寺は思った。
あの時、綱吉の手の中で光ったタグのように。
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