この世界では二十四歳の獄寺がいちばん頼りになるように、綱吉には思われた。
信頼もできるし、なによりも、十年後の自分自身に頼むよりも気が楽だ。
年上の獄寺と連れ立って、綱吉は中庭をぐるっと歩いて回る。時々、立ち止まっては手の中に握りしめたICタグの様子をうかがう。
光れ──綱吉は思った。中庭を十四歳の獄寺と二人で歩いた時のように。
中庭の奥へと続く小道の向こう、大樹の側まで行ったものの、今回はICタグは光らなかった。
どうしてだろう。
いったいなにが足りないのだろうか。
ためすがめつ、二十四歳の獄寺と二人でICタグを見つめてみた。裏表をひっくり返してあちこちつつきまくってみるものの、一向に変化は現れない。
「あれ……?」
おかしいな、と困ったように綱吉は呟く。
「俺では駄目なのかもしれませんね」
と、二十四歳の獄寺。
「……なんで?」
不思議だと綱吉は思った。
十四歳の獄寺には反応して、二十四歳の獄寺には反応を示さないということは、やはり十年前の過去の世界から来た自分たちに関わっているということなのだろう。このICタグも大樹も、十四歳の自分と獄寺でなければ反応しないということだろうか。
「後でもう一度、獄寺君と一緒に来てみます」
綱吉はそう告げた。
部屋に戻ると、二十四歳の自分がいた。ソファに腰をおろして、ぼんやりと窓の外を眺めている。考え事をしているのだろうか?
どう声をかけたものかと思いあぐねていると、気配に気づいたのか、二十四歳の自分が顔を上げた。
「おかえり」
「た…ただいま……」
ボソボソと綱吉は返す。
目の前に、十年後の自分がいるというのはなんと奇妙なことだろう。
ぎこちなく綱吉は、二十四歳の自分の正面に腰をおろす。
「なにか、用でも……?」
できることなら、二十四歳の自分とはあまり顔を合わせたくなかった。獄寺とのことがあるから、できる限り顔を合わさず、事を進めたいと思っていた。
「用がなければ会いに来てはいけないのか?」
穏やかな物言いだが、今の自分とは異なる雰囲気がしている。この人は十年後の自分であり、今の自分とは異なる人間だ。十年の間に培ったもの、身につけたものから、今の自分ではとうてい敵わないことがうかがわれる。
「いえ……」
気まずくてたまらない。
誰か……せめて二十四歳の獄寺がここにいてくれれば、少しは空気も和らぐのではないだろうか。そんなふうに思ったところへ、ドアをノックする音が響いた。
「ヒッ……」
よほど緊張していたのだろう、喉をひくつかせて綱吉はソファの上で小さく飛び上がる。 「ど…どうぞ」
ビクつきながら声をかけると、ドアの向こうから十四歳の獄寺がひょい、と顔を出した。 「十代目、ちょっといいっスか?」
お窺いを立てる獄寺の視線が、ちらちらと二十四歳の綱吉のほうへと向いている。気になるのだろう。
「入ってもらえば?」
十年後の自分がさらりと告げる。
「……どうぞ」
声をかけると、「お邪魔します」と呟いて獄寺が部屋へ入ってくる。
獄寺は一人だった。そのことに綱吉は少しだけがっかりした。この場には、十年後の獄寺も一緒にいて欲しかった。綱吉がこの世界でなにかと頼りにしているのはやはり、十年後の獄寺なのだ。
「あの……」
困ったように綱吉が口を開く。
十年後の自分と、十四歳の獄寺と。この二人が同じ場所にいることは気に入らなかったが、彼らでなければ尋ねられない話もある。逆に、十年後の獄寺でなければ尋ねられない話もあるだろうと思われた。
テーブルを挟んだ向かいに座る十年後の自分と、それから自分の隣に腰をおろした獄寺と。二人とも、手にしている情報はどの程度のものなのだろうか。自分の手持ちの情報を足したとして、それらは充分な量になるのだろうか?
仕方がないと、綱吉ははあ、と溜息をつく。
十年後の獄寺がいない分、自分が頑張るしかないと思った。なにしろ十年後の自分はアテにはできない。綱吉自身が二十四歳の自分は今ひとつ信用できないと感じているのだ。
三竦みの一点に紛れ込んでしまったような気がして、居心地が悪い。尻をもぞもぞとさせてソファに座り直すと綱吉は、獄寺と十年後の自分の顔を交互に見遣った。
そう言えば、二人とも、なんの用があってこの部屋にいるのだろうか。
どう尋ねようかと考えていると、獄寺が先に口を開いた。
「俺、行ってきたんスよ、さっきの場所に」
酷く真面目そうな顔で獄寺が話しだす。なにかあったのだろうか。それとも、なにもなかったのだろうか。
綱吉は我慢強く獄寺の言葉を待った。
「……やっぱ俺じゃ無理だったみたいっス」
うつむき加減に目を伏せて、獄寺は膝の上に置いた手をぎっと握りしめる。
「十代目でないと、ICタグは反応しないみたいっス」
ははは、と獄寺の口から乾いた笑い声が洩れた。
ああ、やっぱりそうなんだ──綱吉は思った。
二十四歳の獄寺と庭を歩いた時の残念な感じがふっと思い出される。
「仕方がないよ」
綱吉は言った。
「オレも、そうだったよ。十年後の獄寺君と二人でさっきの場所を調べてきたけど、全然ダメだった。お手上げだよ」
軽く肩を竦めて綱吉が困ったように笑うと、獄寺はホッとしたように握り拳の力を緩める。
なんの進展も見られないことが。歯痒くてたまらない。
いったい自分たちはどうしたらいいのだろうか。
「それじゃあ、オレから提案をしてもいいかな?」
不意に、それまで押し黙っていた十年後の綱吉が口を開いた。
「提案……?」
綱吉が尋ね返す。
なにをしようと言うのだろうか? なにかいい案でもあるのだろうか?
「そう、提案。今度は四人で件の場所に行ってみるってのはどうだろう?」
そうか、と綱吉は思う。
四人で行って、手がかりを探す。ICタグの反応を調べる。交互に試してみるのはいいかもしれない。今までのところ、綱吉にだけ反応しているようだが、もしかしたら十年後の自分にだって、タグは反応を示すかもしれない。
「どうかな?」
いい案だと綱吉は思った。
「いつ、行く?」
すかさずその言葉に飛びついていく。
「今から行こうか。うちの獄寺君も誘って」
うちの、と十年後の綱吉は言った。その言葉に含みがあるように思えた。十年後の獄寺は自分のものだと主張しているように感じられて、綱吉はドキッとする。わかっていることではあったが、目の前でこうはっきりと言われてしまうとあまりいい気分はしない。
「あ……はい」
頷いて、ちらりと隣に座る獄寺を盗み見る。
なんとなく、居心地が悪く感じられた瞬間だった。
十年後の獄寺は多忙を極めている。二十四歳の綱吉のスケジュールの調整や、細々とした雑用などなど。
少し前に中庭で綱吉と別れた後、十年後の獄寺は外出をしたらしい。
電話口で夕方まで戻ってこないとすげなく言われ、十年後の綱吉が食い下がった。
「緊急なんだ、獄寺君。すぐ戻ってきてくれるかな」
穏やかだが有無を言わせない強さに、綱吉は驚いた。十年後の自分はこんなにも自己主張をするのだと不思議な感じがする。まるで、自分ではない人間のようだ。
「……そう、すぐ。待ってるから」
受話器の向こうで十年後の獄寺がなんと言ったのかまではわからないが、おそらくすぐに戻ってくるといったことを告げたのだろう。
受話器を置いた十年後の綱吉は、一時間ほどで戻ると言って部屋を出ていった。残っている仕事を片づけてしまうつもりらしい。
「手持ち無沙汰になっちゃったね」
二人きりになった部屋で、綱吉がポツリと呟いた。
なにをしたらいいのか、なにを話せばいいのかがわからなくて、困ってしまう。
なんとはなしに気まずい雰囲気なのは、十年後の自分が少し前までこの部屋にいたからだ。彼の存在は、綱吉の気持ちを不安にさせる。自分よりも十年も経験値があって、自分よりもずっと頼りになる大人の彼を見ていると、自分の矮小さを見せつけられているかのようで、決まりが悪い。
はあ、とこっそりと溜息をつくと、綱吉はちらりと獄寺へと視線を馳せる。
「時間……余っちゃいましたね」
獄寺が言うのに、綱吉は軽く頷いた。
「どうしよっか」
やらなければならないことがある。それがわかっているのに、行動に移すことができないというのはなんと歯痒いことだろう。
結局、二人はぼんやりとソファに腰をおろしたまま時間を過ごした。
小一時間が過ぎると、十年後の綱吉が部屋へ戻ってきた。
「もう少ししたら獄寺君が戻ってくるから、下へ行って」
急かされるようにして二人は、正面玄関を出てすぐのところへと出ていく。
三人は、二十四歳の獄寺が合流するのを待った。
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