24 Trouble 1

  獄寺が部屋のドアを開けると、ちょうど腰にタオル一枚を巻いただけの姿で綱吉がバスルームから出てきたところだった。
「あれ……かわいいほうの獄寺君は?」
  部屋の中にちらりと視線を巡らせて、綱吉は尋ねる。綱吉が、十四歳の獄寺のことを気に入っているのは最初からわかっていることだった。
「俺の部屋です」
  ムッとして獄寺は返した。気に入らないのは、十四歳の自分だろうか。それとも、十四歳の自分を気にかける綱吉が気に入らないのだろうか。眉間に皺を寄せたまま、獄寺は後ろ手に部屋のドアを閉じる。オートロックの微かな音がカチャリと響き、指先に伝わる。
  十年前の自分と綱吉が、十年バズーカでこちらの時代へやってきたのはほんの半日ほど前のことだ。バズーカの不調のせいで二人は元の時代に戻ることができなくなってしまったが、この時代の綱吉はそれをおおいに喜んだ。十年前の獄寺が可愛いと、この目の前の男は言うのだ。
「……十四歳の子どもですよ、あれは」
  無愛想に獄寺は告げる。
  正直、十四歳の自分はかわいげがなく、どうしようもなく見える。自分はあんなにもちんちくりんだったのだろうかと、十年前の自分を見るたびに獄寺はげんなりしてくる。
  綱吉はというと、クスクスと笑いながら獄寺のほうへと近づき、肩を抱いた。
「妬いてるの?」
  その言葉に、獄寺は顔をしかめた。
「そんなふうに見えますか?」
  尋ねると、綱吉はさらに笑う。
「自分にまで嫉妬するんだね」
  綱吉に近づく者は誰彼構わず獄寺の嫉妬の対象になる。この十年間でそれを獄寺は、はっきりと自覚していた。嫌なのだ。綱吉の隣に自分以外の誰かがいて、綱吉と二人だけに通じる話で笑っているのを見るのが、獄寺は嫌で嫌でたまらない。
「確かに俺は、十年前の自分に嫉妬してるかもしれませんが……」
  ムッとして獄寺は言った。
「ですが十代目だって、十年前のご自分に嫉妬してるはずです」
  違うとは言わせない。綱吉は、間違いなく十年前の自分自身を疎んじている。十四歳の獄寺の隣で大きな顔をしているのが許せないとばかりに、二十四歳の綱吉はなんどもこっそりと拳を握りしめて怒りをやり過ごしていたことを、獄寺は知っている。
「──…そんなにご自分がお嫌いですか?」
  獄寺の放った言葉を誤魔化すかのように、綱吉は笑った。



  肩を抱く手を振り払った獄寺は、自分からキスをした。
  腹立たしいほどに、目の前の人に気持ちを奪われている自分がいる。
  唇を合わせ、舌を突き出すと、綱吉も同じように舌先だけを出して笑った。
  なんども唇を合わせ、舌を絡め合った。獄寺の息が切れて鼻にかかったような甘えた声が洩れると、綱吉はそのたびに唇をさらに深く合わせてきた。
「もしかして、誘ってる?」
  嬉しそうに綱吉が尋ねる。
「自意識過剰です」
  そう返したものの、獄寺は半分は本気だ。残り半分は、十四歳の自分と綱吉のため、だ。
  目の前の人の肩を掴んだ獄寺は、唇を合わせたまま綱吉をベッドへと向かわせた。途中で二人の足がもつれてよろけると、綱吉はそのまま後ろ向きに床に倒れこんだ。コツンと、綱吉の後頭部が床に当たった。
「痛っ……」
  毛足の長い絨毯の上で、二人は縺れ合った。綱吉の上にのしかかると獄寺は、まるで猫のようにペロリと自分の唇を舐めた。
「着替える時間もなかったんだ」
  楽しそうに綱吉は、獄寺のネクタイを軽く引っ張った。
「そんなことありません」
  唇を尖らせて獄寺は返す。
  時間なら、あった。しかし十四歳の綱吉のいるところでプライベートな自分を見せたくはなかったのだ。素の自分を見せるのは、今、自分の目にいる前綱吉一人だけでいい。
「嘘つきだな、獄寺君は」
  そう言って綱吉は、獄寺のネクタイをくい、と引き寄せる。
  獄寺は引き寄せられるままに顔をおろし、綱吉の唇に口づけた。唇の端を軽く甘噛みしてその感触を楽しんでいる間にネクタイが緩められ、シャツのボタンが次々と外された。
  唇を放して顔を上げると、綱吉の手が、獄寺の頬をするりと撫でた。
「……隼人」
  囁く声は甘くやさしく掠れていた。



  風呂上がりの綱吉の体はあたたかかった。
  石鹸のにおいがして、いつもの綱吉のにおいが薄まっている。汗のにおいもしておらず、獄寺は少しだけがっかりした。
  体をずらしてゆっくりと、唇で綱吉の体を辿った。下へ、下へとおりていくと、バスタオルの中で硬くなりつつあるものに手があたった。布地越しに膨らみに触れてみた。こんもりと盛り上がった部分を爪で引っ掻き、唇を押し当てる。
  唾液を布地に染みこませ、獄寺はじゅっ、と吸い上げた。押さえつけた竿から根本のあたりにかけてが、手の下でビクビクと震えている。
「ここで……床の上で、してもいいですか?」
  おずおずと獄寺が尋ねると、綱吉は柔らかな笑みを浮かべて手をさしのべた。
「おいで」
  そう言われて、獄寺はそっと綱吉の前を覆っていたタオルを外した。
  勃ちあがった性器が鎌首をもたげていた。先端が湿っているのは、今し方の獄寺の唾液のせいだろうか。
  先端に唇を押し当て、口の中に招き入れた。舌を絡めてしつこいぐらいに吸い上げ、舐めあげると、割れ目の部分から青臭い先走りが溢れてくるのが感じられた。舌の上にえぐみを残して、綱吉の精液が唾液と一緒に喉の奥へと落ちていく。
「ん……っ……」
  片手で袋を揉みしだきながら、獄寺は竿を舐め続ける。竿の側面に筋が浮かび上がって、硬く張り詰めていくのが感じられる。その筋を舌でなぞり上げ、先端の割れ目を強く吸い上げた。
「隼人……」
  綱吉の手が、やさしく獄寺の髪を梳いた。こそばゆいような感覚に、獄寺は首を竦める。
「気持ちいい?」
  髪の中に指を差し込んだまま、綱吉は尋ねる。
  獄寺は顔をあげると、綱吉の唇にやんわりと噛みついた。
  そのまま体を引き上げられた獄寺は、四つん這いの姿勢のまま、綱吉の上に跨った。
「自分で挿れて?」
  そう言われても、獄寺は躊躇うことなく腰をおろしていく。
  つきあい始めて何度も抱き合った。男同士のセックスで無理な要求に応えることもできるようになった。
  綱吉の求めるままに、獄寺は腰をおろした。



  挿入の瞬間、獄寺の白い体が弓なりにしなり、不安定に揺らいだ。
「あ……っ……」
  噛み締めた唇の間から、短い悲鳴が洩れる。
  痛くもあり、熱くもあり、そして気持ちよかった。
「大丈夫?」
  尋ねかける綱吉の声に、獄寺は口元に笑みを浮かべてみせる。
「大丈夫です」
  そう返すと、いくらも待たないうちに腰を動かし始める。
「うっ、く……」
  歯を食いしばって痛みをやり過ごそうとする獄寺の口元に、綱吉は指で触れた。
「キスしてくれる?」
  優しい声に、獄寺は首を横に振る。
「今は……駄目、です」
  そう言って獄寺は、ゆるゆると腰を動かす。解すこともせずに強引に挿入したことで、いつも以上の痛みが獄寺を支配していた。それでも、体の中に収めた綱吉の性器が硬く張り詰めていたから、獄寺は腰を動かし続けた。
  綱吉は、そんな獄寺をじっと見つめていた。
  自ら手を出すこともせず、ただ獄寺が自分の腹の上でゆらゆらと体を揺らしている様子を見つめているだけだ。
「十代目……十代目……」
  掠れた声で、獄寺が訴える。
「触って……じゅ、代目、触ってください……」
  もどかしそうに言い放った獄寺の唇の向こうで、赤い舌がちろちろと見え隠れしている。
  尚も綱吉が黙っていると、堪えきれなくなった獄寺は、片手を自らの股間に這わせた。触れてもいないのに勃起したペニスに指を絡ませ、親指の腹で先端をなぞる。にちゃにちゃという湿った音がして、自然と腰の動きも艶めかしいものになってくる。
「ぁ……」
  頭を左右に大きく振りながら、獄寺はうっすらと口を開けた。口の端から唾液が零れ、喉元を伝い落ちていく。
「十代目──!」
  啜り泣きながら獄寺が感極まったように声をあげた。
  綱吉は、下から大きく獄寺を突き上げた。



  そこから後は、獄寺の記憶は定かではない。
  綱吉が大きく腰を動かすたびに、獄寺の体の深い部分で痛みと快感とでごちゃ混ぜになった。
  綱吉の突き上げに翻弄される獄寺は始終だらしのない表情をしていた。貪るように腰を振り、あられもない声をあげた。
  目の前が真っ白になり、耳鳴りのような音が頭の中いっぱいに広がっていく。
  目をしっかりと見開くと、体の下で綱吉が優しく笑っていた。
  手の中の性器が硬く張り詰め、今にも爆ぜてしまいそうだ。
「十代目……」
  口早に呟いて、体を折り曲げた。綱吉のほうへ顔を突き出すと、まるで獄寺の気持ちを読みとったかのように、キスをされた。
「ん、ぅ……」
  舌先を絡めて唾液を吸い上げると、甘い香りがしていた。
  体の中に穿たれたものを獄寺がキリキリと締め付けると、綱吉は喉を鳴らした。
「だめだよ、隼人」
  何が駄目なのだろうかと不思議に思いながら獄寺は腰を動かした。
  ぐちゅぐちゅと音がして、何も考えられなくなっていく。
「あ、ふ……ぅ……」
  足をピンと伸ばし、爪先で絨毯をなんども蹴った。
  腹の底から沸き上がってくるむず痒いような奇妙な感覚が、ペニスの先端に集まっていく。
「隼人」
  もういちど名前を呼ばれたところで、獄寺は射精していた。
  目の前が真っ暗になり、それと同時に意識がゆっくりと途切れていく──



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(2009.11.19)


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