クリスマスにはまだ早い 1

  暖炉の前に獄寺と並んで座ると、中学生だった頃に戻ったような感じがした。
  獄寺が買ってきたショートケーキを乗せた皿を手に、パチパチと音を立てて炎が爆ぜるのを眺めていると、穏やかな気持ちになってくる。
「クリスマスケーキは置いてませんでした」
  クリスマスケーキを買えなかったことが残念なのか、獄寺はどことなくしょんぼりと言った。そんな獄寺の素直な様子に、綱吉は小さく笑った。
「別にいいよ。獄寺君と二人でいられることのほうが大切なんだから」
  任務中の獄寺がクリスマス前に突然、綱吉に会うため戻ってきたのだ。それだけで充分だと綱吉は思う。
  明日になれば獄寺は、また任地へと戻っていく。次に綱吉の元に彼が戻ってくるのは、年が明けてからになるはずだ。無理にでも時間を作って綱吉に会いにきてくれた獄寺を愛しく思うと同時に、申し訳なくも思う。彼を任地へと送りだしているのは、他の誰でもない、綱吉自身だ。
「……明日の昼前に、ここを出ます」
  ポツリと獄寺が告げる。
「……うん」
  綱吉の歯切れが悪いのは、寂しいからだ。
  しかし寂しいのはお互い様だ。
  綱吉にできることは、せめて笑って獄寺を送り出してやることぐらいだろうか。そうすることで、獄寺が気持ちよく任地へ戻ることができれば、それで充分だ。
「獄寺君の時間……明日の朝まで、俺にくれる?」
  尋ねると、獄寺は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「喜んで、十代目」



  暖炉の前で、キスを交わした。
  獄寺の頬に照りつける炎がゆらゆらと踊り、白い肌を仄暗い茜色に染めている。
「少しはクリスマスっぽくなりましたか?」
  唇が離れていくと、獄寺はそう尋ねた。
「んー……」
  獄寺なりに気を遣っていることがわかったから、綱吉は少しだけ焦らしてから、素直に頷いた。
「うん。獄寺君が戻ってきてくれたおかげで、クリスマス気分が楽しめるよ」
  本当は、このままクリスマスまでずっとそばにいてほしい。恋人としての獄寺は少しばかり頭の固い真面目人間でもあった。ことあるごとに、ボンゴレ十代目のためと言っては規律を正そうとする。
  そんなことをしていたらきっと、いつまでたっても好き同士で恋人気分を満喫することはできないだろう。
  中学生の頃の二人ならともかく、今の二人は立派な大人だ。並んでケーキを食べるだけでは物足りないと思うのは、綱吉だけではないはずだ。
「ね、食べさせてあげようか?」
  一口大に切り分けたケーキをフォークにとって、綱吉が言う。
「え?」
  怪訝そうに獄寺が返すのに、綱吉はぐい、とフォークを差し出す。
「ほら。おいしいよ?」
  ニコリと笑って綱吉が言うのに、獄寺は遠慮がちに口を開いた。
「あーん」
  小さな子どもに対するように、綱吉が促す。
  獄寺はもう少しだけ口を開いて、ケーキのかけらが口の中に入ってくるのを待っている。
「このケーキ、本当においしいよね」
  綱吉はそう言って、また獄寺に笑いかける。
  獄寺の口の中に甘い味が広がった。スポンジの甘さと、クリームの甘さ。生地の間に挟まれたフルーツ独特の香りと酸味。
  それから、綱吉の唇が獄寺の唇に重なった。



「ん、ん……」
  スポンジとクリームとフルーツの味がする獄寺の口の中に、綱吉の舌がそっと差し込まれた。
  甘ったるい舌が絡み合い、互いの口の中をクリームとスポンジにまみれたフルーツが行き来した。
  ゴクリと喉を鳴らしてケーキを飲み込んでしまうと、獄寺は恥ずかしそうに俯いたまま、明後日の方向を向いた。
  暖炉の中でパチパチと爆ぜる炎の音がやけに耳に大きく響いている。
「甘かったね……」
  掠れた声で、綱吉が言う。
  その声ですら、獄寺には恥ずかしい。今、自分がしたことをはっきりと目の前に突きつけられたような感じがして、居たたまれない。
「ね、もう一口、食べる?」
  尋ねられ、獄寺はゴクリと喉を鳴らした。体が火照っているように感じるのは、暖炉に近すぎるからだろうか。困ったように俯いたまま、獄寺はちらりと綱吉のほうへ視線を向ける。綱吉の手が、ケーキの皿を体から少し離れたところへやるのが視界に入った。
「それとも……」
  綱吉の手が、獄寺の頬に触れた。
  上を向いた途端に互いの視線が絡み合った。先に獄寺が視線を逸らすと、綱吉は怒ったようにずい、と顔を近づける。
「キスのほうがいい?」
  間近に顔を寄せて、綱吉は尋ねる。
  長い指で獄寺の顎を捕らえると、炎の照り返しで赤い顔を綱吉はぐい、と上向かせた。
「もう一回、キス……」
  言いかけた綱吉の唇に、獄寺はカシ、と噛みつく。
  甘い痛みに綱吉は、驚いたように目を丸くしたものの、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。



  床の上に押し倒された獄寺の体は、時折、小さく震えた。
「寒い?」
  シュル、とネクタイを解きながら、綱吉は訊く。
「いいえ」
  答える獄寺の白い肌は、暖炉の炎の色に染まっている。どこもかしこも仄暗い茜色をしてて、あたたかだ。
「ここ、触ってないのに尖ってるね」
  ボタンを外したシャツを大きく開いたところで、綱吉が言った。唇を寄せたと思うと、チュ、と音を立てて乳首を吸い上げる。
「ん、ぁ……」
  獄寺の体が大きくしなった。背を反らして胸を突き出すような格好をすると、物欲しそうに綱吉へと視線を向ける。
「任務に支障のないように抱くから……」
  だから最後までしたいと、綱吉は告げた。
  少し恥ずかしそうに目を伏せて、獄寺は頷く。照れ隠しにそっと手をさしのべ、綱吉の体をぎゅっと抱きしめる。甘いケーキの香りがほんのりとした。
「支障なんて、これっぽっちもありません」
  そんな無茶な抱き方をされたことは、これまで一度だってあっただろうか。獄寺が知っている限り、そんなことはおそらく一度としてなかったはずだ。
「朝まで、抱いていてください」
  小さく呟くと獄寺は、鼻先を綱吉の首筋にそっと埋めた。
  くすぐったいのか、綱吉は微かに笑った。竦めた首に唇を押し当て、耳たぶをペロリと舐めると、お返しに髪にキスをされた。



  暖炉の炎は勢いよく爆ぜている。さっき、追加の薪を積んだばかりだから、しばらくは暖かいはずだ。
  照り返しで、体の片側だけがやけに熱い。
  ほんのりと汗ばんだ獄寺の体を抱きしめ、キスを繰り返す。パチパチという炎の音に混じって時折、獄寺の口から喘ぎ声が洩れた。吐息に混じって生クリームの甘ったるい香りがしている。自分の息もたぶんこんなふうに甘いのだろうと思うと、綱吉はなんだかおかしく思う。自分たちから、同じにおいがしているのだ。
  やわらかな銀髪に指を差し込み、唇を落とすと、拗ねたような眼差しで獄寺が綱吉を見つめていた。
「焦らさないでください、十代目」
  頬を膨らませて告げる獄寺の体を綱吉は、ぎゅっと抱きしめる。
「ごめん、ごめん」
  肌が触れ合ったところが熱くて、もっと触れてほしいと言いたげにジリジリとしている。チュ、と音を立てて額に唇を落としてから綱吉は、ゆっくりと獄寺の白い体へと手を這わせた。
  生クリームのにおいのする甘い息を吐き出して獄寺は、綱吉の体にしがみついた。
「まさかこれだけで朝までなんてこと、ないですよね、十代目」
  恨めしそうな表情の獄寺が愛しく思える。
「そんなことないよ」
  そう言って綱吉は、獄寺の下半身に手を伸ばした。先ほどから綱吉の太股に押し当てられていた性器の先端を指でなぞると、トロリと先走りが溢れ出しているのが感じられた。
「触ってないのに、濡れてるね」
  耳元に囁きかけられ、獄寺は唇を噛み締めた。
「ずっと……さっきから、待ってるんです」
  唇を尖らせてそう告げた獄寺の表情があまりにも可愛らしくて、綱吉は鼻を鳴らして誤魔化さなければならなかった。




(2009.12.20)


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