こんなにも胸がドキドキするのは、どうしてだろう。
自分が四六時中ドキドキしっぱなしだということを獄寺に伝えたら、もしかしたら笑われるかもしれない。
どうしたらいいだろう。
正直に告げてしまうべきだろうか?
つきあい始める前にはここまでドキドキはしなかったというのに、最近の綱吉は、獄寺を目にするだけでこんなにも胸がドキドキしている。どうしてこんなふうになってしまったのだろうか。
いったい自分は、どうしてしまったのだろうか。
つきあう前よりも今のほうがドキドキしているのは、どうしてだろう。
やましい思いが胸の内にあるからだろうか?
獄寺を好きな自分は、不純でちょっとエッチなことばかりを考えている。どうしたらあの細い銀髪に触ることができるのだろうか。どうしたら手を繋ぐことができるだろうか。どうしたら、あの唇にキスすることができるだろうか。そんなことばかりを考えているから、罪悪感を感じてドキドキしているのかもしれない。
煙草のにおいに混じって、ほんのりと香る柑橘系のコロンの香りも好きだ。獄寺のにおいだと、綱吉は思っている。
好きで好きで、たまらない。
心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような苦しさはしかし、綱吉には心地よくもあった。
ドキドキしていることが、嬉しくてならない。少し困ることもあったけれど、それでも、獄寺を好きな気持ちにかわりはない。そう、獄寺のことが好きで好きでたまらないから、ドキドキしているのだ。
それはつきあっていてもいなくても、関係のないことのように思われた。
いつもいつも、綱吉の心臓はドキドキと脈打っている。
獄寺のことを考えると、それだけで胸が自然と弾んでくるのだ。
まるで女の子みたいだと思わずにはいられない。
だけど、嫌ではない。
獄寺のことが好きな証拠なのだと思うと、それだけでどこかしら誇らしくもなる。
とてもちっぽけな優越感だが、それでも構わない。
何故ならこの優越感は、自分の気持ちを正直に表しているから。獄寺を好きだという気持ちの現れだから、大切にしたい。綱吉はそう思っている。
一緒に宿題をしたり、学校からの帰り道に道草をしたり、途中の本屋に立ち寄ったり。そんなことを繰り返しながら、少しずつ、少しずつ、ドキドキが積み重なっていく。
少し前に、獄寺と手を繋いだ。
どさくさ紛れのことだったが、未来の世界に行っていた時のことだ。まだあの時の感触が手のひらに残っているような感じがする。
獄寺の手は、白くて華奢だった。すらりとした指は見た目以上にほっそりとしていて、骨張っているところが女の子とは違っていた。獄寺の手を取った綱吉は、このゴツゴツとした手が愛しく思えてならなかった。女の子のように柔らかくなくてよかったと、そんなことを考えていたのだ。
その後はしかし、非日常的な日常のあれやこれやに忙殺されて、手を繋ぐどころではなくなってしまっていく。
現在と未来とを行ったり来たりの中途半端な生活の中で、綱吉は疲れたと弱音を吐くこともできなくなってしまっていたのだ。
いつの間にか獄寺に対するドキドキは、薄れてしまっていた。
自分は、獄寺とつきあっているのに。それすらも考えられないほどの慌ただしい日々に押し流され、恋だと思っていた気持ちも一緒にどこかへ霧散してしまいそうになっている。
いったい自分は、どうしてしまったのだろうか。
獄寺を好きだと思ったあの時の気持ちは、幻だったのだろうか?
いったい自分は、どうしてしまったのだろう。
あのドキドキが、今は思い出すこともできない…──
未来の世界に飛ばされたのは、今となってはどうしようもなかったことなのだと綱吉は思っている。
獄寺との関係を一歩先へ進めたいと気持ちが盛り上がっていたところに水を差されたような感じがしないでもなかったが、それを言ったところで今さらどうにかなるわけでもなく、仕方がなく口を閉ざしている。
あの騒動のおかげで、綱吉のドキドキする感じは潮が引くかのようにすーっと萎れてしまった。
あのドキドキ感は嘘ではなかった、気の迷いなどではなかったのだと思いたいが、好きだという気持ちを思い出すことがどうしてもできない。
それほどまでに自分は追いつめられていたし、目の前の戦いに集中したいと思っていた。 嫌いになったわけではないのだと、自分に言い訳をする日々が続いている。
手を繋いだのはほんの少し前のことだ。未来の世界で、白蘭との戦いの合間にはまだ、そんな余裕を持つことができた。
余裕がなくなったのは、チョイス戦で白蘭に負けたからだ。
後がなくなったと思った途端、気持ちに余裕がなくなってしまったのだ。
いったいどうしたら、あの時の気持ちが戻ってくるのだろうか。
どうすれば、獄寺との日常に非日常を感じることができるようになるのだろうか。
好きだと思ったあの時の気持ちは、嘘だったのだろうか?
あの気持ちは単なる気の迷いでしかなかったのだろうか?
きっかけなんてものはいつでも、どこにでも転がっているのだということに気づいたのは、決戦前夜の並盛の森の中でのことだった。
珍しく自分に盾突くような態度を取った獄寺に、柄にもなく綱吉はときめいてしまったのだ。
ああ、この表情だ。この気の強さが、自分が好きになった獄寺の本来の姿だと、そんなふうに綱吉は思った。
やっぱり自分は獄寺のことが好きだったのだ。
そう思うと、気持ちが抑えられなくなってしまった。
仲間の目があるから目立ったことはできなかったけれど、闇夜に紛れてこっそりと獄寺と手を繋いだ。
それだけではない。獄寺に水を渡す時にそっと指先を絡め合い、「好きだよ」と囁くような大胆なことすらやり遂げたのだ。小心者の綱吉にしてみれば、大いなる進歩だ。
獄寺はと言えば、ニヤリと口の端をつり上げて笑っただけだった。男前だと思わずにはいられない。
決戦の時間はひたひたと近づいてくる。
ひんやりとした夜風を頬に受けながら綱吉は、こんな時だというのにあのドキドキ感が戻ってくるのを感じている。
なんて不謹慎なのだろうと綱吉は思う。
もうあと何時間かすれば戦いが始まろうという時に、自分はどうしてこうもお気楽なことを考えているのだろうか。
「獄寺君……」
できることなら彼の手を取って、目を見て話したい。
隣り合わせに座った綱吉は、こっそりと獄寺と手を繋ぐのが精一杯だ。指先に力を込めて獄寺の手をキュッと握りしめると。獄寺のほうも同じように握り返してくるその指の力強さに、知らず知らずのうちに笑みが零れそうになる。
「頑張ろうね」
そう告げると、獄寺も同じ気持ちでいたのだろうか、自信に満ちた笑みが返ってきた。
「だいじょーぶっスよ、十代目。任せてください!」
暗がりの中だというのに獄寺の笑みは眩しく思えて、綱吉は照れ臭そうに目を細めなければならなかった。
戻ってきたドキドキは、あれ以来、綱吉の胸の中にひっそりと居座り続けている。
獄寺を見ると相変わらずドキドキすることはあったけれど、そのことで動揺したり、なにかしら不都合が起きるということはなくなった。
消えてしまうことはなくなったが、その一方でドキドキする気持ちに引きずられて我を忘れてしまうということもなくなったようだ。
もしかしたら、綱吉自身の気持ちに揺るぎがなくなったのかもしれない。
少し残念だなと思いながらも綱吉は、それでも今のほうがずっと獄寺のことを好きでいる自分に気づいてもいる。
もちろん、大切にも思っている。
この十年間で綱吉も、そして獄寺も、著しい成長を遂げた。
身体的な成長だけでなく、精神的にも随分と成長したと我ながら思っている。
もう、あの頃のようにフワフワとした気持ちで獄寺と接することがなくなってしまったのは大きな変化だが、だからと言って十年前に戻りたいと思っているわけではない。
今はこの気持ちを大切に、少しずつ育てていきたいと思っている。
右隣を向くと、その先には必ず獄寺がいる。それがいつの間にか当たり前のようになってしまったことが、今はとても嬉しい。
名前を呼ばなくても、隣には獄寺がいる。その存在を確かに感じることができる。
獄寺が傍らに控えていることが、まるで息をするように自然なことのように思えてくる。 ドキドキする気持ちは、今も収まらない。
大好きで、大切な恋人のことを想うだけで、綱吉の胸はドキドキと騒ぎ出す。
十年経っても二十年経ってもきっと、この気持ちが変わることはないだろう。
ドキドキ、ドキドキと、獄寺のことを想うたびにきっと、優しい鼓動を刻んでくれるだろう。
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