お堅いカボチャ 1

  久しぶりに執務室を訪れたリボーンは、意地の悪そうな笑みを浮かべてみせた。
  皮肉めいた笑みに口の端はシニカルにつりあがっている。
「なんだよ、その笑い」
  嫌な笑みだと綱吉は思う。リボーンがこういう表情をする時はたいてい、ろくなことがないと決まっている。警戒しながらちらりと男の顔をうかがうと、彼はすでにその笑みを引っ込めていた。
「今日はいやに賑やかだな」
  わかっているくせにと、綱吉はこっそりと思った。
  数日前にハロウィンパーティをしようと言い出したのは、他でもない、目の前にいるこの男だ。当日になってなにを今さらと綱吉は思う。
  口をつぐんでぐっと怒りを飲み込むと、綱吉は愛想のいい表情でこの元・家庭教師を見据えた。
「ハロウィンパーティをしようって言い出したのはお前だろ、リボーン」
  だからこの数日は、屋敷の者全員でパーティの準備にあたらなければならなかった。快く協力してくれる者もいれば、迷惑そうな顔の者もいたが、なんとか体裁だけは整ったと思いたい。
  少し前にランボとイーピンの二人がやって来て、お決まりの言葉を口にしながら屋敷の中で行き交う人たちに声をかけ回っていることに綱吉は気づいていた。二人とも楽しそうに「トリック・オア・トリート」と口にしているが、いったいどのくらいのお菓子を手に入れただろうか。
「……ナニ企んでるんだよ、リボーン」
  絶対になにか企んでいると思わざるを得ない。昔からそうだった。リボーンの勝手に振り回されてきたのは、おそらく綱吉一人ではないはずだ。
「人聞きの悪いこと言うなよ」
  ニヤリと笑ってリボーンは、綱吉に背を向けた。
  表情が見えないだけ余計に始末が悪い。
  綱吉は深い溜息をつくと、リボーンの後ろ姿から目を逸らした。



  カボチャ臭すぎてたまらないと、綱吉は顔をしかめる。どこから漂ってくるのか、カボチャのにおいが執務室にまで流れこんできた。カボチャのプリン、カボチャのクッキー、カボチャのパイ、カボチャのカレー、カボチャの……。
  考えただけでもフラリとくる。
  その途端、「どうかしましたか」と獄寺に尋ねられた。
「あ、いや、別に……」
  そうだったと、慌てて綱吉は笑みを浮かべる。今は仕事中だった。獄寺からの報告を聞いてしまえば、今日の仕事はこれで終わりになる。
「それより続きをお願いするよ、獄寺君」
  手元の報告を聞いてしまって、さっさと執務室から出たかった。カボチャ尽くしには閉口するが、それよりももっと楽しみにしているものがある。
「オレ、どこまで聞いてたっけ……?」
  ちらりと獄寺の顔を覗き込むと、彼は素っ気なく目を逸らして報告書の頁を捲った。
  恋人になってもう何年にもなるというのに獄寺はいまだに、人前はおろか二人だけの時でも馴れ合うことを恥ずかしがる。昔は……つきあい始める前の彼はこんなふうではなかったのにと思いながらも、恥ずかしがる様子が見たくてつい、追い詰めるようなことをしてしまうのだが。
  そんなことを考えながら話を聞いていたら、軽く睨みつけられてしまった。淡い緑色の瞳がすっと細められ、部下たちの間で怖いと評判の剣呑な表情になる。
「……ちゃんと話を聞いてください、十代目」
  そう言われても、ポケットの中が気になるのだから仕方がない。
  二十五歳のいい歳をした大人の自分が、まるでランボやイーピンのように浮かれている。ハロウィンパーティに混じって、屋敷の中を練り歩いたりお菓子を摘んで獄寺とプライベートな時間を過ごしたいと思っている。
「ごめん、今日はもう終わりにしよう」
  気分が乗らないからと正直に告げると、獄寺は小さく溜息をついて書類を綱吉の机に置いた。
「では、この報告は明日の朝、いちばんに確認してください」
  仕方がないと獄寺は、小さく肩を竦める。そんな仕草も彼にはよく似合っていて、色っぽく見える。
  やっと仕事から解放されたと大きく伸びをして綱吉は、執務室のドアを開けた。



  執務室を後にした綱吉は、廊下に出て屋敷の中の変貌ぶりに口を大きく開けた。
「なんだよ、これ……」
  大広間のほうからは賑やかな声が聞こえている。守護者だけでなく、どうやら親しい人たちが屋敷に集まってきているようだ。
  屋敷の中はお祭り好きな仲間のおかげですっかりカボチャだらけになっていた。
  ジャック・オ・ランタンがあちこちに飾られ、おどろおどろしいセットがそこかしこに組まれている。西洋風の魔女やゴースト、コウモリ、黒猫などのモチーフで屋敷中が飾り付けられ、所狭しと黒とオレンジの色で自己主張をしている。その上、今朝から屋敷の中にカボチャのにおいがプンプンと漂っている。
「そういや、ここ数日、野球馬鹿と芝生頭がやけに張り切ってましたね」
  思い出したように獄寺が呟く。
  そう言えば、と、綱吉もここ数日のことを思い返してみた。確か、リボーンがハロウィンパーティをしようと言い出してから、ハルと京子、ビアンキ、それにクロームとイーピンが屋敷の飾り付けや料理のことでこそこそと集まっていた。てっきりいつものように仲間だけで騒ぐのだろうと思いこんでいたが、残念ながらそうではなかったようだ。
  いったいどの時点で、こんなに大がかりなことになってしまったのだろうか。
「ええと……知らなかったことにして二人だけでどこかの部屋に逃げ込む、なんてこと……できない…よ、ねえ……?」
  尋ねると、淡々とした表情で獄寺は返した。
「無理でしょうね」



  カボチャの甘ったるくてムッとするにおいの中、綱吉は正面玄関を入ったすぐ目の前の大広間へと足を向ける。
「行きたくないな……」
  ボンゴレの超直感というやつだろうか。行きたくないような気がするのは何故だろう。
  呟いてちらりと獄寺のほうへと視線を向けると、いつの間にやってきたのか、彼は執務室を出たすぐのところでランボに掴まっていた。一緒にいるフゥ太とイーピンの二人も今日ばかりは年相応の表情をして、ここぞとばかりに獄寺にお菓子をたかっている。
「うわっ、オレ、何もお菓子持ってないし」
  小さく口の中で呟くと綱吉は、さっと身を翻して廊下の隅に身を隠した。こんなことなら執務室で仕事をしていたほうがまだマシだったかもしれない。
  踊り場の下のほうから小さな歓声が聞こえてくる。なにがあったのだろうか。そっと踊り場の手摺りごしに下を覗くと、開け放たれた正面玄関をくぐってディーノがやってきたところだった。その向こうに見えるのは、あれはヴァリアーの連中だ。
「なんだよ、この集まり……」
  こんなにたくさんの人が集まると聞いていたら、断っていたのにと綱吉は顔をしかめる。
  いったいリボーンはなにを企んでいるのだろうか。
  足音を潜めて綱吉はその場を離れる。やはりこういった派手な場は苦手だと、執務室へとそっと後退しはじめた。広間へ降りていったが最後、おそらくは宴会の輪に取り込まれ、どんなに嫌がってもドンチャン騒ぎにつき合わされることになるだろう。あの顔ぶれからするときっと、朝までコースだ。
  冗談じゃないと綱吉は思う。そんなことになったら、獄寺と二人でプライベートな時間を過ごすこともできなくなってしまう。それでなくとも獄寺のほうからはなかなか甘い雰囲気を作ろうとしてくれない。こういう時に、綱吉のほうから甘い雰囲気を作って二人きりの時間を楽しまないでどうしろというのだろうか。
「冗談じゃないぞ」
  口の中でボソボソと呟くと、綱吉は執務室に飛び込んだ。



  獄寺のいない執務室は酷く殺風景で寂しかった。
  一人ぽつねんとドアの近くに立ち尽くした綱吉は、はーっ、と溜息をつく。
  表に出たら、やっとのことで手に入れたプライベートな時間はなくなってしまうだろう。
  かといってこのまま執務室にいたとしても、獄寺がいないのでは話にならない。どうしたものかともうひとつ溜息をつくと綱吉は、ガシガシと頭を掻く。
  執務机に置かれた電話にちらりと目をやると、受話器を手に取った。
  慎重にボタンを押していく。
  指先が辿る数字は、獄寺の携帯の番号だ。いつの間にかすっかり覚えてしまっていた。プライベートな番号も、仕事用の番号も。
  コール一回で、獄寺が携帯に出た。
「獄寺君?」
  名前を呼ぶと、受話器の向こうで獄寺が返事をした。
「なにかありましたか?」
  怪訝そうに尋ねる獄寺に、綱吉は執務室まで来るようにと告げると素っ気なく受話器を置いた。何も説明はしなかった。それだけで獄寺は、きっと走って執務室へ飛び込んでくるはずだ。
  小さく笑うと綱吉は、両袖椅子にどっしりと腰をおろした。



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(2010.10.31)


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