理不尽な指先 1

  暗がりの中で自分の唇に触れてくるのが指先だということは、すぐにわかった。
  綱吉の指だ。
  上唇をなぞり、ついで下唇も指の腹でそっとなぞられる。
  くすぐったくて獄寺は、フッ、と息を吐き出す。
  自分は夢を見ているのだろうか?
  眠くてたまらないのは、ベッドに入るまでバーボンをちびりちびりと舐めていたからだ。
  頭の中ははぼんやりとして、霞がかったような感じがしている。そのくせ、綱吉の指ははっきりと感じている。
  離れてほしくないと、獄寺は思った。このまま唇を弄っていてほしくて、綱吉の手首を掴むと、指先に唇を押しつけていく。
「……気持ちいい?」
  耳元で低く尋ねられ、獄寺はわずかに首を竦めた。
「は…い。気持ち、いいです」
  呟いたような気もしたが、はっきりとは覚えていない。口を開くとふわん、とアルコールのにおいがして、獄寺は少し前まで自分が口にしていたバーボンの味を思い出す。ほんのりと甘い香りの、ホッとするような優しい味だった。
  ひとしきり飲んで、それからベッドに入ったのはほんの三十分ほど前のことだ。独り寝が寂しいと口にできるわけもなく、半分拗ねたようにベッドに潜り込んだ獄寺は、バーボンのおかげですぐに眠りについた……はず、だった。
  気がつくといつの間にか、綱吉がベッドの中に潜り込んできていた。
  本当なら嬉しいところだが、いかんせん今は眠たくてたまらない。
  喉の奥で低く呻くと獄寺は、綱吉の手を両手でぎゅっと捕まえて、頬を寄せていく。
  綱吉の指だから。綱吉の指が触れてくるから、気持ちよく感じる。唇からか離れた指が頬をなぞり、耳の後ろのあたりを撫でる。微かに触れるか触れないかの感覚に、獄寺はゾクリと背筋を震わせる。
「もっと……」
  もっと、触ってほしい。唇と言わず、頬と言わず、顔も体もすべて、触れてほしい。綱吉の手と唇と舌先と、ありとあらゆる部分で触れてほしい。ウトウトとしながらも獄寺は、そんなことを思っている。
「欲張らないで」
  耳元に、掠れた声が吹き込まれる。
  欲張ってなどいないと言いたかったが、言葉は出てこなかった。
  フルリと体を震わせて、綱吉にしがみつくのが精一杯だった。



「少しずつ、だよ」
  宥めるように囁かれ、獄寺は小さく頷く。
  だけど本心では、触れてほしがっている。綱吉の指で、もういちど唇に触れてほしい。さっき触れていたみたいに、くすぐるように、そっと、触れてほしい。
「ぁ……っん……」
  溜息のような獄寺の喘ぎ声に、綱吉は満足そうに喉を鳴らす。
  獄寺の首筋をなぞりおりた手とは別の手が、獄寺のパジャマのボタンをひとつずつ外していく。すべて外し終えると合わせ目を大きく左右に開かれた。昔はあんなにも不器用そうだった綱吉の手が、今は慣れたふうに、あっという間にボタンを外したことに、驚くばかりだ。
「じゅ…代、目……」
  はあっ、と息を吐き出すと、綱吉の唇が喉元を啄んだ。喉仏のあたりに綱吉の唇を感じる。
「あ……ぁ」
  綱吉の肩のあたりをぎゅっと掴んで、獄寺は快感をやり過ごそうとする。唇がゆっくりと喉を離れて、鎖骨へと下りていく。それから、肩先へと移ると舌がチロチロと肩口を舐めてくる。気持ちいい。
  いつの間にか、眠気はどこかへ消えてしまっていた。綱吉の肩口にしっかとしがみついて、獄寺は全身を駆け巡る快楽に流されそうになっている。
「……んんっ!」
  ビクン、と獄寺の身体が跳ねる。背筋を駆け抜けていった痺れるような感覚は、間違いなく快感だ。舌で触れられた肩先も、こそばゆいような痺れるような気持ちのよさに覆われて、体がどんどん甘く溶けていくような感じがする。
「十だ…っ……」
  クチュン、と音を立てたのは、獄寺の胸のあたりだ。
  気づくと綱吉の唇は獄寺の胸へと移っている。胸の先の淡く色づいた部分をペロリと舐められて、獄寺は上擦った息を吐き出した。
「……ここだけで、イってみる?」
  くぐもった声で尋ねながら綱吉は、獄寺のもう一方の胸へと指を這わせてくる。
  平らな胸をてのひらでなぞられ、獄寺の吐息は震えた。指先が獄寺の胸の先に辿り着くと、きゅう、と乳首を摘まれる。
「ひっ……ん、ぅ……」
  身を捩らせて綱吉の指先からか逃れようとすると、反対側の乳首をチュウ、と吸い上げられる。
「あっ、あぁ……」
  そんなふうにされると、それだけで獄寺の体はビクビクと震え、股間に熱が集まっていくのが感じられる。硬度と質量を増していくのを綱吉にいつ見つかるかと足をもじもじさせながら、心配しなければならない。
  焦らすように綱吉の指が、獄寺の乳首からゆっくりと離れていく。指の腹でそろりと脇腹を撫で下ろし、腰骨をなぞったかと思うとくすぐるようにして陰毛を掻き分ける。
「や…ぁ……」
  声をあげながら獄寺は、部屋が暗くてよかったと思った。自分はもうすっかり眠るつもりだったから、まさか綱吉が部屋へ忍んでくるとは思ってもいなかった。
  たとえ部屋に来たとしても、獄寺が眠っていることに気づいた時点で綱吉ならきっと、諦めて自室へと戻るだろうと思っていた。
  もしかして自分は、綱吉を見くびっていたのだろうか?
  真夜中に恋人の部屋へ忍びこんでくるなんてことを綱吉がやってのけてくれるとは思ってもいなかったということだろうか?
  いいや。そうではない。ずっと……獄寺は、期待していた。明かりの消えた暗がりの中、綱吉が部屋へとやってくることを。
  こんなふうに触れられることを、もうずっと長いこと自分は、待ち望んでいたのだ。



  クチュリ、と湿った音がした。それと共に、獄寺の性器が生暖かいものに包まれる。
「じゅ、ぅ……」
  ブルッと獄寺の体が震える。
  頭で考えるよりも先に、体が反応している。クチュクチュと音がして、獄寺の竿が綱吉の口の中を出たり入ったりしている。暗がりでよかったと獄寺は思う。何度も体を重ねているものの、獄寺はいまだにこういう行為につきものの恥ずかしさや照れくささといったものには馴染むことができないでいる。灯りがついていたなら憤死ものだったところだ。
  部屋の中が真っ暗で見えないせいだろうか、物音がやけにはっきりと鮮明に聞こえてくる。
  綱吉が、口で奉仕している湿った音。自分の押し殺せずにはしたなくも洩れ出した喘ぎ。シーツの捩れる音。恥ずかしくて耳を塞いでしまいたいところだが、獄寺の手は、綱吉の頭を抱えるように縋りつくばかりだ。
  先端の括れた部分を口で激しく攻められた。クチュクチュと卑猥な音がして、獄寺は膝立てた足にぐい、と力を入れる。獄寺の膝が大きく揺れて、綱吉の腰のあたりにかかっていたケットを中途半端に蹴飛ばし、爪先にまとわりつかせる。ケットが邪魔だと思ったものの、そんなことに構っていられる余裕などこれっぽっちもなく、獄寺はただただ体を捩るばかりだ。
「あっ……あ、あ……っ……」
  綱吉の手が、いつの間にか獄寺の太股にかかっていた。一旦顔を放した綱吉は、さらに大きく獄寺の足を割り開いていく。
  嫌だとは思わなかったが、恥ずかしかった。とてつもなく恥ずかしい格好をしているという自覚はある。まだ理性のほうが勝っているからだろうか、綱吉からは獄寺があられもない格好をしているところは見えないというのに、恥ずかしくてたまらない。
「や……十代目……」
  はあっ、と息を吐き出すと、膝を閉じようと無駄な努力をしてみる。
  綱吉の手はしっかと獄寺の太股を捕らえていて、少々力を入れたぐらいでは膝を閉じることはできない。
  恐る恐る声をかけると、綱吉の手が獄寺の肌をまさぐり、再び陰茎をきゅっと握りしめてくる。
「ひっ、あ……!」
  先端に滲み出した先走りがじわりと溢れ出してくるのを感じた獄寺は慌てて綱吉の手を払いのけようとしたが、それよりも早く、グチュン、と小気味よく湿った音がした。
  嫌だ、知られたくないと、獄寺は弱々しく上体を捻る。本当は触れてほしくてたまらないのに、自分の本心をまるで隠すかのように、獄寺は綱吉の手から逃れようとする。
  逃げたいのではなく、もっと近づきたいのに。
  もっともっと、近づきたい。肌と肌とをぴたりと密着させて、隙間もできないほどにくっついて、抱きしめたい、抱きしめられたいと思っている。
  何度も吐息を零すと、湿った淫靡な音が耳にいっそう大きく響いてくる。
  仰向いていた上体をひねって腕の力でシーツに縋りつこうとすると、ゴロン、と体をひっくり返された。
「そのまま、じっとしてて」
  チュ、と音がして、太股に綱吉の唇を感じた。指が、獄寺の腰から臀部にかけてを優しくなぞっている。
「ダ……っ」
  ダメと言いかけて、獄寺は息を飲んだ。
  クチュン、と音がしたかと思うと、尻の狭間を綱吉の舌がゆっくりと行き交いだす。ザラリと舐め上げられ、一瞬にして獄寺の肌が総毛立つ。
  綱吉の手が、獄寺の尻をがし、と鷲掴みにすると、肉を左右へ割り開くようにして引っ張る。
「ああっ……!」
  大きく開かされた尻の間を、綱吉の舌がまた舐める。襞の隙間に唾液を塗り込めるようにして、舌先が窄まった部分をぐりぐりと押し開いていく。
「ひ、ぅ……」
  ゾクゾクとして、体が震える。ベッドの上で四つん這いになった獄寺は、綱吉の舌の動きに合わせて怪しく腰をくねらせた。
  ムズムズとするような、焦れったいような感触で襞を舐め上げられ、四肢がビクビクと震えている。もっと、と心の底では思っている。もっと、奥のほうに触れてほしい。だが、それを口に出して素直に強請るところまではいっていない。理性はまだ、残っている。
「っ……」
  背をしならせて、尻を綱吉のほうへと突き出す。
  四肢が震えて、獄寺の口から甘い吐息が零れる。
  腹の底からこみ上げてくる熱に浮かされるように獄寺は、深く息を吐き出した。



(2012.4.28)

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