ガラン、ガラン、となにやら騒々しい音を立てながら、獄寺が近づいてくるのがわかった。
金属になにかがぶつかるような音を立てている。
「十代目、遅くなってすんません!」
満面に笑みを浮かべた獄寺は、鼻の頭に汗を光らせたまま、執務室に飛び込んできた。
「ご……」
今まで会いたい、会いたいと思っていた人の姿を目にしたものの、綱吉はどう返したらいいのか、リアクションに悩んでしまった。
「獄寺、君……」
なんて格好をしているのだと言いかけて、ふと口を噤む。
綱吉のことを想うあまり獄寺は時々、突拍子もないことをしでかしてくれる。これもおそらく、そういった好意を表すための一種のデモンストレーションでもあるとも考えられる。と、なると、あまりきついことは言わないほうがいいだろう。羽目を外しすぎない限りは。
「さ、どうぞ、十代目。これで少しは涼しくなりますよ」
言いながら獄寺は、綱吉の足下に手にしたものをさっと差し出し、置いた。
「金だらい……だね、獄寺君」
ガラン、ガラン、と音がしていたのは、金だらいの中に小ぶりの氷塊がいくつか入っていたからだ。たらいの中には水も入っていたようだが、執務室へ持ってくるまでの間に零れてしまったようだ。廊下の向こうのほうから、部下たちの困ったような声が聞こえてくる。
「そうっスよ、十代目」
脳天気な笑みの獄寺は、床に跪いたまま、綱吉の顔を見上げてくる。
「足、失礼しますね」
言うが早いか、綱吉の足を取り、素早い動きで靴と靴下を脱がせてしまう。ズボンの裾を丁寧に折り返されたかと思うと、綱吉の足は、金だらいの中につけられていた。
「ひゃっ……!」
蒸し風呂のような暑さの中で、たらいの中につけた足だけがひんやりと心地良い。
「あ……涼しい?」
涼しい、と、綱吉は思った。
今の今まで、暑くて息苦しかった部屋の温度も、心なしか少しばかり下がったような気がする。
「……でしょう?」
嬉しそうに獄寺は、さらにぐい、と綱吉の顔を覗き込んできた。
「執務室の空調が壊れたと聞いて、飛んできたんスよ、俺」
自慢げに獄寺が告げる。
自分の仕事をほっぽって……と文句を口にしかけた綱吉は、一度は開けた口を、そっぽを向いて誤魔化すように閉じた。
「これでお仕事が捗りますね、十代目」
そう言って獄寺があまりにも嬉しそうに尋ねてくるものだから、綱吉は少し照れたようにコクリと首を縦に振るしかなかった。
書類仕事を再開した綱吉の足下には、獄寺がいる。
綱吉の足が冷えすぎないように、忠犬のように跪いて時々、中の水を掻き混ぜたり、足をたらいから上げたりと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。
「側にいてくれるのは嬉しいんだけど、さ……」
あんまり至近距離にいられると、逆に落ち着かない気分になりそうで、綱吉は小さく苦笑する。
「お邪魔ですか?」
獄寺のほうの仕事は、ある程度のデータが溜まったのでしばらくは休めるとのことだった。今頃はジャンニーにが、技術班の面々とデータの分析・解析にてんやわんやしているはずだ、とも聞いた。
「や、邪魔とか、そういうことじゃなくて……」
そうではないと、綱吉は溜息をつく。恋人に、嘘は必要ないだろう。
足下で待機する獄寺のつむじに手を伸ばすと綱吉は、指先でつん、とつついた。
「獄寺君が戻ってきてくれたからフゥ太は自分の元の持ち場に戻っちゃったし……二人だけだとよからぬ行為に及んでしまいそうだから、あんまり近づかないでほしいな、と思っただけだよ」
はあ、と綱吉はもうひとつ、溜息をつく。
「よからぬ行為、って……何なんスか?」
きょとんと綱吉の顔を見上げてくる獄寺は、意味がよくわかっていないらしい。
「……こういうこと」
言って、綱吉は獄寺の頬に手を伸ばした。
身を屈めて顔を近づけると、綱吉の言いたいことにようやく気づいたのか、獄寺も同じように綱吉のほうへと顔を寄せてくる。
唇を合わせ、触れあうだけのキスを交わすと、チュ、と音がした。
「キスだけっスか?」
その先をねだるつもりなのか、それとももっと他のことを考えているのか……とにかく獄寺の言葉に綱吉は、翻弄されそうになる。
「キスだけじゃないよ」
そう返すと綱吉は、獄寺の頬に添えた手をするりと滑らせた。顎のラインをなぞり、もっと近くへ来るようにと獄寺を促す。さらに身を寄せてくる獄寺の銀髪をやんわりと掴むと綱吉は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「ちゃんと仕事するから、ご褒美が欲しいな」
獄寺のつむじを眺めながら綱吉は呟く。
時間をかけてゆっくりと、獄寺の額を自分の股間へと導いた。
「ご褒美、ですか?」
獄寺がみじろぐと、鼻先が股間に擦れた。それだけで綱吉の腹の底がカッと熱くなり、反応しそうになる。
「そう。ご褒美」
綱吉は自分の股間を指さした。
「廊下からは獄寺君の姿は見えないし、皆、空調が壊れてるのを知ってるからここへは来ないよ。だから…──」
最後まで言い終わらないうちに、獄寺の手が綱吉のズボンのフロントへと伸びてきた。カチャカチャと音を立ててベルトを外し、前を広げ……下着の中で半勃ちになった綱吉のペニスをそっと取り出した。
上目遣いに獄寺は、綱吉を見上げてくる。
「舐めていいんですよね?」
律儀に確かめてこなくてもいいのにと、綱吉はほんのり目元を赤らめて頷く。
改めて尋ねられると、恥ずかしさが先に立つ。こういうことは黙って進めてほしいものだと、綱吉は胸の内で小さくぼやく。
「……獄寺君の好きにすればいいよ」
綱吉としては、獄寺の表情を間近で見ることができればそれで充分だった。
別にこの場所に拘る必要はない。ベッドの中でも構わないし、環境が許せば屋外でも構わない。ただ単に、自分のものを舐めしゃぶっている時の獄寺の顔を眺めていたいだけなのだから。
「では……いただきます」
神妙な顔つきでそう告げると獄寺は、手の中に握り込んだ綱吉の性器の先端に、ペロリと舌を這わせた。
「……十代目は、仕事をしててください。俺、頑張りますから」
頑張ってくれるのは嬉しいが、綱吉にしてみればほどほどに願いたいところだった。我ながら都合のいいことをと自分でも思うが、綱吉はただ、獄寺がフェラチオをする時の表情を観察したいだけなのだ。
「しーっ。誰か来たらどうするんだよ」
獄寺の髪に指を差し込み、綱吉は声をひそめる。
獄寺はちらりと綱吉を一瞥すると、今度は黙って目の前のペニスを口に含んだ。唾液を竿に絡めつつ、ゆっくりと唇を上下させる。目をすぅ、と細めて、綱吉の竿を愛しそうに見つめている。
「ん、ふ……」
鼻に抜けるような声が綱吉の股の間からした。
眉間に皺を寄せて獄寺は、丹念に竿に舌を這わせている。
綱吉は、獄寺の髪を撫でた。時折、聞こえてくる獄寺の微かな喘ぎ声が、今日はやけに淫靡に聞こえる。
「もっと喉の奥まで飲み込める?」
尋ねると、獄寺は躊躇うことなく綱吉の竿を喉の奥に当たりそうなほど深く口にくわえる。そのまま舌を絡めたり吸い上げたりしていたが、やがて獄寺はゆっくりと頭を動かしはじめた。こう潔く行為に及ばれると、えずかないかと逆に綱吉のほうが心配になる。
「獄寺君、無理はしなくていいからね」
声をかけると、獄寺の視線が綱吉の視線に絡んでくる。
含みきれなかった竿の根本は両手で支えて揉みしだきながら、獄寺は一生懸命綱吉の性器に舌を這わせた。口の端からたらりと唾液が零れて顎に伝い落ちても、気にはならないようだ。
「くっ……」
綱吉の腹の底では熱が燻っている。
獄寺の手と口によって高められた熱は、放出される瞬間を求めて綱吉の体の中をものすごい勢いで駆け巡っている。
「っ、ぁ……ふ、ぅ……」
もじ、と獄寺の腰が揺れる。
いつの間にか綱吉の腰にしがみつくようにして獄寺は、フェラチオに没頭していた。それでも、自分が反応してしまうのは止められないのだろう。
「そんなに気持ちいい?」
訊きながら綱吉は、足で獄寺の股間をするりとなぞった。硬くなった部分に触れると、獄寺の体がビクン、と震える。しがみつく手にいっそう力がこもるのが愛しくてならない。
「オレも手伝ってあげるよ、獄寺君」
そう言うが早いか綱吉は、足のすねのあたりを使って獄寺の股間を何度もなぞった。
「んっ……んくっ、ぁ……っ」
床に膝をついたままの姿勢で獄寺は、身を捩った。綱吉の足から逃れようとするのだが、執拗に股間をなぞられ、あっと言う間に硬さを増していく。
「ゃ……」
しがみつく獄寺の体がブルッと震えた。口の動きが止まりかけるのを見計らって綱吉は、獄寺の頭を両手で掴み、スライドさせた。
「んっ、ぐ……ぅ……」
目尻に涙を溜めて、それでも獄寺は綱吉の腰にしがみついたまま離れようとしない。
綱吉が座る椅子がギシギシと音を立て、足下の金だらいで水が跳ねる。
「も……イき、そ……獄寺君、飲める?」
いっそう激しく獄寺の頭を揺さぶる。獄寺の口の中で綱吉の竿が硬さを増し、ひときわ大きく震えたかと思うと熱い白濁したものを勢いよく放出した。
獄寺も、綱吉の足に股間を擦り上げられ、下着の中で射精していた。ヒクン、と腰が揺れたかと思うと、力が抜けたようになってしまったのだ。
「あ、ぐ……」
口の中に放たれたもののせいか、獄寺は軽く噎せ込んだ。
「全部、飲むんだ」
頭をしっかりと固定すると綱吉は、獄寺の口の中をまだ硬さの残る竿で擦り上げた。
「ん、む……」
ジュルッと音を立てて獄寺は、綱吉の精液を啜った。竿についたものも、先端の窪みに残る残滓も全て、丁寧に舐め取っていく。
快感が残る体は綱吉の精液を舐めながら時折、ヒクン、ヒクン、と震えている。足下に飛んだ水飛沫は、金だらいの水が零れたものだ。後で片付けなければと綱吉は思う。
「……これで、ご褒美になりましたか、十代目?」
陶然とした淡い翡翠の眼差しで、獄寺が尋ねてきた。
獄寺の表情は、充分に綱吉をそそるものだった。今日の仕事を片付けて、まだ頑張れそうなぐらいには。
「うん。すっごい頑張れそう」
そう返すと綱吉は、獄寺の銀髪に指を絡め、愛しそうに何度も撫でたのだった。
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