GLAZE 1

  目を開けたくても、開けられない。
  ごわごわとした布地に目を覆われており、今、自分がどんな状態なのかすら見当がつかない。
  獄寺は苛々と体を揺らした。
  椅子の背もたれに縛り付けられた腕を動かそうとすると、髪に唇が降りてくる。
「ダメだよ、獄寺君。じっとしてて」
  綱吉の声に安心したのかわずかに体の力を抜いたものの、それでも獄寺は納得がいかない。
  何故、自分は目隠しをされているのだろうか。何故、腕を後ろ手に縛り付けられなければならないのだろうか。
  唇を尖らせた獄寺は、どこにいるのかわからない綱吉に向かって言った。
「十代目。これ、解いてください」
  放課後の学校は、思っていたよりも静かだった。
  視覚を遮られた獄寺には余計に校内が静かなように思われる。しんと静まりかえった空気が、どことなく居心地の悪さを醸し出している。
  もぞもぞと体を動かすと、そのたびに綱吉の手が、唇が、柔らかな銀髪に触れてくる。
  やはり居心地が悪い。
  こんなふうにされると、これから何をされるのだろうかと不安になってしまう。
「大丈夫。痛いことはしないから」
  そう言った綱吉の言葉に縋りたくて、獄寺は小さく頷いた。



  何度もキスをされて、唇がぷっくりと腫れてしまいそうな気がした。
  見えないままに綱吉に唇を奪われ、舌で口内を犯された。
  シャツの隙間から手が入り込んできて、獄寺の白い肌をなぞっていく。たどたどしくてどこかぎこちないが、それでも、綱吉の手に触れられているのだと思うとそれだけで獄寺の体は震える。
  それにしても、何故、こんなことになってしまったのだろう。
  元はといえば、綱吉が宿題を忘れた罰として放課後、理科室の片づけをするようにと担当教師から命じられたのが始まりだ。放課後、綱吉を手伝うために獄寺も一緒に理科室へとやってきた。二人して片づけを終わらせたところまではよかったのだ。
  気付いたら、キスをしていた。
  唇が離れていく瞬間、絡まった唾液が糸を引いて唇の端に残ったのを見て、獄寺は羞恥心を感じた。言葉にしてそのことを告げるとネクタイを解かれ、目隠し代わりにネクタイで視界を遮られた。
  綱吉の手は優しかったが、ネクタイの生地のごわごわとした質感が不快だった。
  キスは、獄寺を安心させた。
  綱吉は何度もキスをして、獄寺の唇を吸った。口の中に舌を差し込み、唾液を交わし合う。
  視界が閉ざされているからだろうか、体の中の熱がいつもより高く感じられる。
  はあ、と息を吐き出すと、唇に何かが触れた。なんだろう?
「ん……」
  手探りで綱吉の上着にしがみつく。
  気配で、綱吉が笑ったのがわかった。



「じゅ…代、目……」
  掠れた声で獄寺は綱吉を呼んだ。
「なに?」
  真っ暗な獄寺の世界の中で、綱吉の手が髪を梳いている。
「解いて……」
  言いかけた獄寺の唇に、また唇ではないものが触れた。さらりとした無機質な……そうだ、これは綱吉のネクタイだと獄寺は思い当たる。
  うっすらと口を開けると、ネクタイの端が唇に当たった。そのままパクリと口にくわえ、獄寺はくい、と綱吉のネクタイを引いた。
「なに、獄寺君」
  尋ねておきながら綱吉は、そっと指先を獄寺の唇にあてがった。
「口、開けて?」
  穏やかな声に、獄寺は素直に従った。口を開けると、ネクタイがポロリと口から零れ落ちる。
「あ……」
  獄寺は小さく声をあげた。
  かわりにすぐに、指が獄寺の口に入ってきた。
「舐めて、獄寺君」
  歯に、舌に、綱吉の指があたり、獄寺の体がビクンと震えた。



  指に舌を絡めると、綱吉がくすぐったそうに笑うのが気配で感じられた。
「噛んでもいいよ」
  そう言われて、獄寺は体の芯がゾクゾクした。口角を窄めて、指の先から根本のほうへと唇を滑らせる。唾液に濡れた指を口の中に収めてしまうと、舌で指を押したり突いたりしてみた。
  その合間に綱吉のもう一方の手が、獄寺のシャツのボタンを外していく。片手でしているからか、なかなかボタンが外れない。ようやくすべてのボタンが外れると、中に着ていたTシャツの裾を引きずり出され、下のほうから手を差し込まれた。
「んっ……」
  ぞわり、と獄寺の肌が粟立つ。
  着ていたシャツの片一方が肩からずり下がり、肘のあたりにたわんで落ちた。
  くちゅくちゅと湿った音がしているのは、自分の口が綱吉の指を舐めている音だ。視界が閉ざされているため音だけしか聞こえてこないが、それはそれで妙に気恥ずかしい。
「ん、む……」
  チュウ、と音を立てて指を吸い、さらに指の股に舌を這わせた。チロチロと狭い部分をねぶっていると、綱吉の手が不意に口の中から引きずり出された。
「あっ……?」
  追いすがろうとして獄寺は、指を軽く噛んだ。
「もっと欲しいの?」
  尋ねられ、獄寺は自分のしていたことに気付いた。頬がカッと熱くなる。
「いえ、あの……」
  口の中を蹂躙していた指が引きずり出される瞬間、物寂しさを感じたのは事実だ。もっと欲しいのかと尋ねられれば、答えることのできない自分がいる。自分はいったい、どうしたいと思っていたのだろうか。
「あ…の……」
  口の端から、唾液からたらりと伝い落ちていく。今の自分は、さぞかしみっともない姿をしていることだろう。言いかけた獄寺の喉を、綱吉の手が撫でた。
「ビショビショだよ、指が」
  耳元で綱吉が囁いた。
  湿った指先が鎖骨をなぞり、ゆっくりと下へと降りていく。胸の一点を目指しているのだということに獄寺は気付いた。もぞもぞと体を揺すると、綱吉の指はわざと獄寺の乳首を引っ掻き、唾液で濡れた指先でグニグニと押し潰そうとしてきた。
「ん、はっ……ぁ……」
  くっと背筋を仰け反らせて獄寺は綱吉の手から逃れようとしたが、椅子の背が獄寺の体を阻み、これ以上は動けない。
  上着を掴んでいた手で獄寺は、綱吉の体を押し返そうとした。



「やめてください」
  引っ掻かれ、押し潰された乳首がヒリヒリとしている。
  目隠しをあてがわれた顔を綱吉の気配のする方向へと向けて、獄寺は懇願した。
「もう、やめてください、十代目」
  獄寺の言葉に綱吉は、ようやく身を離した。
「ごめん、痛かった?」
  心配そうな声に、獄寺は「少し」と返す。本当は、痛かった。その痛みの向こうに微かな快感があったことはしかし、綱吉には内緒だ。
「獄寺君、手、出して」
  そう言って綱吉は、獄寺の手を取った。
  これで終わりだと思っていた獄寺は、怪訝そうに綱吉に尋ねた。
「手を、どうするんですか?」
  まだ、自分は解放されないのだろうか?
  この甘く辛い状況から、自由になることはできないのだろうか?
  躊躇いがちに手を差し出すと、手首を合わせた状態でじっとしているように言い渡された。シュルリと音がして、すぐにごわごわとした布地が獄寺の手首に巻き付けられ、そのままの状態で固定されてしまった。
  固定された手首の部分に、布の上から綱吉の唇が押し当てられた。



(2010.1.30)
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