『保健室日和。』



  屋上のフェンスにもたれて空を見上げると、雲ひとつない空が広がっていた。
  大きく息を吸い込むと、ゆっくりと息を吐き出す。
  きりりと少し冷たい空気が肌に心地よく、深く息を吸い込むと、サンジは尻ポケットから煙草を取り出した。
  慣れた様子で火をつけ、ゆっくりと紫煙をくゆらせる。
  白い煙が立ち上っては消えていく様を眺めながら、サンジは溜め息を吐いた。
  なんで、自分なのだろうと思う。
  つい昨日のことだ。
  いつものように保健室でサボタージュを決めこんでいたところ、突然部屋に入ってきた男に襲われたのだ。
  みっともないやら恥ずかしいやら腹立たしいやら。とにかく、ありとあらゆる感情を総動員して頑張ったのだが、気が付くと、堕ちていた。
  今も、そうだ。
  男の大きくてあたたかな手や、湿った唇を思い出すと、それだけでサンジの胸の隅っこがチクチクと痛んだ。
  それだけではない。向こうはサンジの名を知っていたというのに、サンジは男のことを何ひとつとして知らない。
  ほんのりと消毒くさい保健室での記憶と、サンジの体に穿たれた竿の熱さと焼けるような痛みだけを残して、男は去って行ってしまった。
  とはいえ、おそらく保健医だろうと思われるあの男に、自分から会いに行くだけの素直さをサンジが持っているわけもなく、あちこち場所を移しながら、ああでもない、こうでもないと悶々と悩んでいたりするのが、どうにも腹立たしい。
  フェンスごしにちらりと中庭を見下ろすと、葉が落ちてすっかり丸裸になった落葉樹が寂しげに佇んでいた。
「クソッ……」
  小さく毒づくと、サンジはフェンスに手をかける。
  あの男にもう一度会いたいと思うこの気持ちは、いったい何なのだろう。
  自分を襲った男に会いたいなどという感情は、どこか歪んでいる。
  自分のこの感情は、間違っているのではないかと思いながら、サンジは深い溜息を吐いたのだった。



  名前が知りたいと、サンジは思った。
  あの男……保健医なんだか教師なんだかわからない、あの妙な男のことが、知りたい。
  理事長であるゼフに尋ねればすぐにわかることだろうが、それでは面白くない。
  そんなありきたりな方法で知るのではなく、自分の力だけであの男のことが知りたいとサンジは思っていた。
  あの男を見つけたら、どうしてやろう。
  こっそり近付いて、昨日の仕返しをしてやろうか。理事長に一言、サンジが言いつければ片付くことだ。
  あれこれ考えながら煙草をふかしていると、背後で人の気配がした。
「また、サボっているな」
  ドキン、と、サンジの心臓が大きく脈打つ。
  一瞬にして口の中がカラカラになり、舌が口の中にはりついて言葉が思うように出てこない。
「昨日の今日じゃ、保健室には来にくいか」
  言いながら男が近付いてくる。
  ゆったりした、しかしいっぽ一歩着実にサンジを追いつめる獣の足音は、耳に微かな響きをもたらした。
  男の手が、サンジの肩を掴んだ。
「昨日のことが忘れられなくて、君のことを捜してしまったよ」
  男が小さく笑った。
  耳元に息を吹きかけられ、サンジはきつく目を閉じた。
  昨日のことを思い出して、体が震えてしまいそうだった。
  ぎゅっ、とフェンスを握る手に力を込めると、それに気付いた男が優しい手つきでサンジの手をフェンスから引き離した。
「そんなところに手をかけるもんじゃないよ」
  怪我をしたらどうするんだと、男は諭すように言う。
  そのまま男の胸の中に抱き込まれ、髪に口付けられた。



「…‥アンタ、いったい誰なんだ?」
  尋ねる声は酷く震えていた。
  相手のほうがサンジよりも体格も腕力も上だ。それがわかっているから、男が自分のすぐ近くにいることが嫌だった。昨日の一件から、まだそんなに時間も経っていない。それが故にサンジは、怖くて怖くてたまらない。そこにいるのだと思うだけで、威圧感を感じてしまう。
  ついさっきまで会いたいと思っていた気持ちは、いつの間にかどこかへ吹き飛んでしまっていた。
「可愛いね。震えているんだ」
  ククッ、と男の喉が鳴った。
  唇を噛み締め、サンジは全身の筋肉を緊張させた。吹きかけてくる男の吐息や、手の動きを拒絶するかのように目を閉じて、じっと立ち尽くした。
「もっと可愛い顔を見せてほしいな」
  耳元で男が言い、サンジの項をざらりと舌で舐め上げる。全身の毛が総毛立つような不快な感覚に、サンジは咄嗟に男の腕の中から抜け出そうと力一杯もがいた。
  男は、肉食動物が捕らえた獲物を弄ぶかのように、腕の力をほんの少しだけ緩めた。
  サンジが逃げ出そうとすることは、最初から男の計算のうちだった。腕の中からするりと抜け出したサンジが屋上を横切り、教室へと向かう階段へと向かっていることに気付いた男は、ニヤニヤと笑いながらサンジの後を追った。悠々とした足取りで、男はサンジに近付いていく。
「あれっ?」
  ガチャガチャと音を立てて、サンジはドアのノブを回した。
  開かない。何度試しても、ドアは開かない。
「なんで開かねぇんだよ!」
  泣きそうな顔で必死にノブを回していると、男の腕がサンジの体をぐい、と捕らえた。
「残念でした」
  クックッ、と男は笑った。
  そのまま男の肩に担ぎ上げられ、給水塔の裏の物陰に連れ込まれた。
「声を出したら、誰かに気付かれるかもしれないよ」
  そう言われると、サンジは慌てて口を閉じるしかなかった。



  下着ごと制服のズボンを膝まで引きずりおろされると、サンジの体は空気の冷たさに震えた。
「寒くはないはずだ」
  男が笑って言った。
  剥き出しになったサンジの足下に跪いた男は、淡い陰毛の中でくったりとなったものを指でつまんだ。
「昨日みたいに、よくしてやるよ」
  男はいきなり、サンジのペニスを口にくわえた。
「ひっ……」
  給水塔の外壁に背を押し付け、サンジは喉元まで出かかった悲鳴を飲み込んだ。声を出したら、誰かに気付かれてしまうかもしれない。唇を噛み締めると、ぎゅっ、と目をつぶる。握り締めた拳は、拒絶の印だ。
  男が喉の奥で笑うと、サンジの性器にもその振動が伝わった。
「や……やめっ……」
  恥ずかしくて、たまらない。
  自分と同じ男にこんなことをされているというのに、体の奥のほうで期待に満ちた疼きが何かを求めていることにサンジは気付いた。
「やめたら困るのはそっちだろ?」
  そう言うと男は、唇をきゅっ、と窄めてサンジの先端から根元までを口で扱いた。湿った音が酷く大きくサンジの耳に聞こえてくる。
「あっ、ああぁ……」
  カクカクとなった膝が崩れそうになるのを見て取った男の手が、サンジの膝裏から手を回して支えた。そのまま指をするりと滑らして尻の奥のほうへと這わせていくと、綻びかけた襞の部分がすでにヒクヒクと蠢いていた。
  男はサンジのペニスから口をはなすと、ペロリと唇を舐めた。
「なんだ、ココは俺の指が入ってくるのを待ってるじゃないか」
  ククッと男は笑った。
「ちがっ……」
  カッと目を見開いて、サンジは男を睨み付けた。
「ジジィに言いつけてやる!」
  唇を尖らせて小さく叫んだ瞬間、男は楽しそうにサンジの尻に指を差し込んだ。
「無駄だ。理事長は、俺のやりたいようにやればいいと、お前のことに関しては全権を俺に一任している」
  言いながら男は、指で内壁をぐいぐいと押し広げた。今は指一本がやっとの状態だが、もう少ししたら二本目がすんなりと入るぐらいにはなるだろう。



「じゃあ、きっ……教育委員会に……!」
  上擦った声でなおもサンジが叫ぶと、男は楽しそうな笑みを口元に浮かべた。
「どこの? 市の? それとも、県の? 私立校に教育委員会が介入してくること自体、珍しいと思うけどな」
  目の前が真っ暗になりそうだった。
  男の言葉が、サンジの脳裏でグルグルと回っている。
「じゃ……じゃあ、どっちもに…──」
  必死にサンジが言うのに、男は残念そうに首を横に振った。
  確かに、聖バラティエ学園は私立だ。しかし教育委員会に匿名ででも連絡があれば、動いてくれるのではないのか?──サンジはそんな風に思っていたのだ。
「そりゃ、保護者が怒鳴り込んで行けば事はまた別だが……」
  男はそう言って、サンジの中で指を折り曲げた。前立腺をグニグニと押しやると、サンジの口から悲鳴のような声が洩れた。
「まず、無理だろうな」
  男の指が前立腺を押すと、サンジの体に電流のような痺れが走った。
  自分の足で立っていられないほどの快感が沸き上がってきて、サンジは目を閉じた。
「ゃっ……」
  男の髪に指を差し込み、必死になってサンジは快感をやり過ごそうとした。ビリビリと走る痺れをこらえようとして息を詰めていると、男がまた、笑った。
「理事長は、俺を信頼している」
  その言葉に嘘はなかった。





To be continued
(H20.1.11)



             

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