『保健室日和。』



  男は、後ろからサンジを犯した。
  給水塔のハシゴに、サンジは手を伸ばした。冷たい鉄の感触に、自分はこの場から逃げられないのだという思いが深まる。
  突き入れられた男の竿が、容赦なくサンジを責め立てた。
「痛っ……」
  声をあげるかわりに、嗚咽が洩れた。
  啜り泣くサンジの背後で男は荒い呼吸を繰り返していた。
  それでもサンジの体は、男の熱を感じてビクビクと震えている。
「痛いだけじゃないだろう?」
  男がそう言い、サンジの項をペロリと舐め上げる。ざらざらとした舌の感触に、サンジの体が大きく震えた。ゾクゾクとした感じがして、腹の底がカッと熱くなってくる。
「ぁ……」
  男の言葉を否定したかった。違うと言って、男を突き放してしまいたい。しかし疼き始めた体の熱は、この男でなければ鎮めることができない。それがわかっているからサンジは、どうにも突き放してしまうことができないでいた。
  体の中に潜り込んだ竿が前立腺を激しく擦り上げると、甲高い悲鳴のような声がサンジの喉から洩れた。
「やっ……ぁぁ……」
  ヒク、と喉が引きつり、サンジは必死になって空気を吸い込んだ。
  目の前が滲んでいるのは、これは決して涙のせいではないと自分に言い聞かせ、サンジは目をきつく閉じる。
  噛み締めた唇の端から零れる甲高い声に、悔し涙が一筋、サンジの頬を伝い落ちていった。



  コンクリートの上にペタリと座り込んだサンジは、放心したように男を見ている。
  何食わぬ表情で身繕いを終えた男は、サンジの上着の内ポケットから煙草を取り出すと、口にくわえた。
「キモチよすぎた?」
  しゃがみ込み、男は顔を寄せた。チュ、とサンジの額に唇を押し付けると、ニヤリと笑う。
「あんまり可愛かったから……」
  そう言うと男は、小さくごめんねと囁いた。
  それから、サンジの乱れた着衣を丁寧に直していく。シャツのボタンをとめて、乱れた髪を指で梳いた。あたたかくて優しい指先が、壊れ物を扱うかのようにサンジの頬をするりと撫でた。
「──…なんでだよ?」
  ポツリとサンジが呟くと、男は怪訝そうにサンジを見つめ返した。
「なんで……こんなこと、すんだよ」
  男を睨み付けるサンジの瞳は弱々しく、傷付けられた者の眼差しをしている。
「力でねじ伏せたら、誰でも言うこときくようになると思ってんのか?」
  掠れた声でそう言い放ったサンジは、まとわりつく男の手を鬱陶しそうに押しのけた。
「俺は……アンタの言いなりにはならねえ」
  男は、何も言わずにサンジに背を向けた。
  パタン、と屋上の扉が閉まる音がした。
  男の姿が扉の向こうに消え、足音が聞こえなくなるのを待ってサンジは、のそのそと立ち上がった。
  吐き気がするのは、男に好き勝手触られたからだ。
  目の前が滲んでいるのは、涙が溢れてきているからだ。
  制服の袖でぐいぐいと目を擦ると、サンジは鼻を啜った。



  自宅に帰ったサンジは、シャワーを浴びた。
  男の精液が体の中に残っているのだと思うと、それだけで気持ち悪かった。
  尻の穴に指を潜り込ませ、残滓を掻き出した。いつだったか、誰かが言っていたのだ。アナルセックスの後は、ちゃんとケアしておかなければならない、と。ゾロだかルフィだか……いや、もしかしたナミさんだっただろうか、とにかく、誰かが言っていたのだ。
  それに、そうしなければ、男のことを思いだしてしまいそうで恐かったのだ。
  めいっぱい捻ったシャワーのノズルから流れ出るお湯の音が、全てをかき消してくれた。
  啜り泣くようなサンジの鼻にかかった呻き声なのか喘ぎ声なのかわからないような声も、くちゅくちゅという湿った音も、何かもかも、シャワーの音とともに流れていく。
  初めて自分の指を潜り込ませたその部分は、ほんのりと熱かった。
  男にされた時のことを思い出しながら指を奥へぐい、と突き入れ、ゆっくりと掻き回す。内壁を押し広げるようにして奥へと指を伸ばすと、コリコリとした部分に指の腹があたった。その瞬間、体がビクビクと震えて思わずサンジは声をあげていた。
  そこが前立腺だというのは、知っていた。
  誰から聞いたのだろう。ゾロだったか、ルフィだったか……それとも、ナミさんだろうか? いや、もしかしたらあの男が、行為の最中に言っていたのかもしれない。
  何度もその部分を指で押していると、触れてもいないのにいつの間かサンジのペニスが勃起している。かわいらしく張り詰めたその部分は、熱を持ってちょうどいい具合に熟れている。
  タイル張りの床にそっと横になると、ひんやりとした感触にサンジの体が震えた。
  空いているほうの手で張り詰めたものを握り締めると、ゆっくりと手を動かす。もう片方は、尻の奥をまさぐっている。男の精液を掻き出すのではなく、快楽を求める指の動きに、サンジは焦れったそうに声をあげた。
  これまで、こんなことをしたことはなかった。それでも、サンジの体の火照りはもっと奥のほうへの刺激を求めている。
「もっと……もっと、奥っっ……」
  歯の間から小さく口走った途端、サンジの体がピクン、と痙攣した。
  熟れた竿の先端から精液がトロリと溢れ出し、サンジの手を汚してタイルの上に滴り落ちる。まだ幼さの残るサンジのペニスはヒクヒクと身震いをすると、白濁した最後の一滴をポタリと零した。
  ザアザアと音を立てるシャワーの熱い湯が、すぐにそれらを排水溝へと追い立てた。



  部屋のドアが音もなく開いた。
  ベッドに転がってうとうとと眠り込んでいたサンジは、人の気配にうっすらと目を開ける。
  足音を忍ばせ、誰かが部屋に入ってくる。
「なに……?」
  掠れた声で尋ねると、優しい手がサンジの髪をそっと梳いた。こんなに優しい手を、サンジは知らない。
  目を開けると、暗がりの中に男の姿がぼんやりと浮かび上がった。
「なんで……」
  言いかけた唇に、唇が重なる。チュ、と音を立てて唇を吸われた。
「眠りなさい。疲れているだろう?」
  低い声で囁かれた。
  昼間、乱暴された時のような意地の悪い声ではなく、優しい声だった。
  ふわりとサンジの上にケットがかけられ、もう一度、今度は額にキスが降りてくる。そっとサンジは目を閉じた。
  頭の中では、何故、あの男が自分の部屋にいるのだろうかと、必死になってサンジは考えている。考えたけれど、思考がまとまらず、眠気に負けて意識を手放してしまった。
「…な……ん──」
  意識が途切れる寸前にどうにか口にした言葉も、意味のある言葉にはならなかった。



  朝が来て、サンジは目を覚ました。
  何もかわらない、いつもと同じ朝だ。
  身支度を整えると、サンジは家を後にする。
  朝食は食べない。誰もいない家の中は寂しすぎたし、一人で食べる気にはならなかった。少し早めに家を出て、登校途中にあるファストフードの店に立ち寄って朝食を食べるのがサンジの日課となっていた。
  学校には行きたくなかったが、行かなければあの男に何をされるかわからない。
  もっとも、登校したら登校したで、あの男にいいようにされることもサンジは理解していた。
  それでも。
  あの男に会いたいと思う自分が、心の奥底にいた。乱暴されたにも関わらず、サンジの体はあの男を欲していた。あの男のことを考えただけで、腹の底がじんわりと疼いてくる。
  そして、またあの男の肌のぬくもりを感じたいと、そう思っていた。
  少し意地悪なところも、優しい声も、口づけも、あの男の何もかもすべてがサンジの気持ちを捕らえてしまっている。
「──あ……名前、聞き忘れてる……」
  ポツリと呟いて、サンジは小さく頭を横に振った。
  名前など知らなくてもいい。あの男に会いたければ、保健室に行けばいつでも会えるはずだ。
  ふう、と息を吐き出すと、サンジは小さく微笑む。
  無機質で単調だった日々が、今のサンジにはほんのりと色付いて見えるような気がした。





END
(H20.2.14)



             

AS ROOM