『手に入れたいものは 2』



  今、エースはどんな表情をしているのだろうか。
  見たい──と、サンジは思う。
  エースの表情、瞳、口元。自分が想像した通りの表情を、この男はしているだろうか?
  灯りのないことがもどかしく感じられる。
  手を伸ばすとサンジは、恐る恐るエースの頬に触れてみた。確かに手の下には、人の顔がある。血の通う肉の感触と何ら変わったところもない。
  それでも気付いてしまったのだ。
  エースが口にした「追い付かれちまったな」という言葉が、サンジの頭の中をグルグルと回っている。追い付いてしまったのだ、自分は。二十歳から歳を取ることのなくなってしまったエースの歳に、追い付いてしまったのだ。
「いいオトコになっただろ?」
  ふざけるようにしてサンジは言った。油断すると、泣いてしまいそうだった。目の奥に涙がじわりとこみあげてきて、慌ててサンジは奥歯を噛み締めた。
「それ以上は言うな」
  エースの指が、サンジの唇をそっと押さえる。
  言ってしまえばおそらく、今のこの時間は終わってしまうだろう。わかっていても口にしてはいけない言葉というものが存在しているのだということを、サンジは知っている。歯を食いしばり、唇を押さえてくるエースの手を取った。
「……わかってる」
  押し殺した声が弱々しく闇の中に響いた。



  触れてくるエースの手の熱さに、サンジの体温が急上昇する。
「あちぃ……」
  うわごとのように呟くと、エースが喉を鳴らして笑うのが感じられた。
  触れた肌の熱さも、くぐもった笑い声も、何もかもが現実のものではないのだとはすぐには信じられなくて、サンジはしっかりとエースにしがみついた。
「朝までいてくれるのか?」
  いつものように、尋ねてみる。
  これまでにもよくあった、駆け引きめいた言葉のやりとりだ。
「朝までいてやるよ」
  耳元に、言葉と一緒に息を吹き込まれる。背筋がゾクリとなり、痺れるような感覚が背骨を伝い降りていく。
  煽るように背を逸らしたサンジが胸を突き出すと、エースの唇がねっとりと胸をまさぐってくる。堅く凝り始めた乳首を口に含んだかと思うと、チュウ、と吸い上げられた。
「っ、ぁ……」
  潮に焼けた髪ごと、エースの頭をぎゅう、と抱きしめた。
  胸元ではピチャピチャと湿った音がしている。胸の尖りの芯に与えられる刺激が、体の奥へと染み通っていくような感じがする。
「エース……」
  掠れた声で名前を呼ぶと、男の手が、サンジの下肢へと伸ばされた。腹を伝い降り、陰毛を掻き分け、その中に潜んでいる性器をやんわりと掴まれる。二度、三度と手のひらで刺激を与えられただけで、サンジのペニスは堅くなってくる。
  どれほど自分がこの男に飢えていたか、サンジ自身、嫌というほどよくわかっている。
  この一年間ずっと男のことを想っていたのかと言うとそういうわけでもないのだが。エースが生きていた時には、航海から航海へと繋ぐ港のそこここで彼の噂を耳にすることができた。どこかの港で待ち合わせて、情事を交わすこともできた。
  しかし、死んだ人間の噂は風化していき、いつしか忘れ去られてしまうものだ。
  特にこの一年、サンジはこの島から出ることができないでいる。エースに関する噂話や憶測など、最初の頃はともかく、最近は耳にすることもなくなってきていた。
  大概の者は、死んでしまった人間に興味など持たない。噂はいつか消え去り、エースという名の男がいたことさえも忘れ去られていくのだろう。
  その時、自分はどうしているだろう。
  エースとの記憶を、どう感じているだろう。
「サンジ?」
  胸元からエースの顔が離れ、顎先に唇が押しつけられた。
「……嫌か?」
  エースの言葉にサンジは、小さくかぶりを振った。



  肌に触れる男の指の熱さに、サンジは陶然としていた。
  気持ちいい。ずっとこの指で触れられるのを、心待ちにしていた。
  しがみついて男の腰に足を絡め、下腹部をすり寄せると、それだけで甘い痺れが腹の底に満ちてくる。
  もう一度やり直しとばかりに宥めるようなキスを与えられ、胸の先を指の腹で挟んで抓られた。
「っ、あ……」
  跳ねそうになる尻をやや浮かし気味にするとサンジは、男の腰をぐい、と絡めた足で引き寄せる。喉の奥でエースが笑うのが感じられた。
「そう、がっつくなよ」
  互いの腹の間にある性器が擦れ合い、どちらのものともつかない先走りがべったりと肌になすりつけられる。
「だって……一年ぶり、だぜ?」
  もう二度と触れ合うことはないと思っていた。肌を合わせ、体を重ねることなどできないのだと、頭のどこかでは理解していたつもりだ。だからこそ尚のこと、今のこの時間を大切にしたいとサンジは思う。
  鼻と鼻とを触れ合わせ、軽く唇をついばまれた。
  唇が離れていくのを寂しく感じたサンジはうっすらと目を開けた。暗がりの中でエースの目が、きらりと赤く光ったように見える。
「続き、しねえの?」
  はあ、と息をつき、サンジが尋ねる。
  エースの手はいつの間にか、サンジの太股を撫でさすっていた。股の付け根の際どいところをなぞり上げたかと思うと、するりと手は膝のほうへと降りていく。もどかしい感覚にサンジは足を立て膝にすると大きく開いた。
「焦らすな」
  拗ねたように告げるとサンジは、エースの耳をぐい、と引っ張った。
「早く、抱けよ」



  エースの唇が、いつしかサンジの性器に触れていた。
「エース……」
  男の頭が、大きく左右に開かされたサンジの足の間で揺れている。熱い。熱かった。男の唇も、舌も、指先も。何もかもがサンジの体を焼き尽くそうとして触れているように感じられる。
  後孔にねじ込まれた指がぐにぐにと中で蠢くと、そのたびに腰が揺れる。声が洩れるのは、気持ちがいいからだ。いつも以上に気前よく、サンジは声をあげた。
  もう二度と、この男に声を聞かしてやることはないだろうから。これが最後の逢瀬になるだろうから、たっぷりと自分を見せつけてやりたいとサンジは思った。どうか、覚えていて欲しい。エースという名の一人の海賊の人生に、自分がいたことを。
  焦らされて、焦らされて、体の力がすっかり抜けてしまった頃になってようやくエースの指がズルズルと体の中から引きずり出されていく。エースの口の中に一回、てのひらに一回射精した後のサンジの体からは、汗と精液のにおいが立ち上っている。
  ぼんやりとした頭で、それでもエースに与えられる快感をすべて自分のものにしようとしてか、サンジは必死になって身を捩った。ベッドの上で四つん這いになると、エースのほうへと向けて尻を突き出す。
「は…早く……!」
  そろそろと両手を尻にかけると、ぐい、と両開きに尻の肉を鷲掴む。
  焦らされるばかりで、サンジが欲っしているものはまだ、一度も与えられてはいない。舌ではなく、指でもなく、もっと質感のある、硬くて太い楔が、この体のいちばん深いところに欲しいのに。
  肩越しにちらりと背後へ視線を投げかけると、エースがゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込むところだった。



  荒々しく腰を掴まれた。すぐさまピチャリと音がして、尻の狭間を舐め上げられる。丁寧に窄まりを解すように舌先でくすぐられ、サンジの口から声が洩れた。
  両手で尻を掴んだままの姿勢では体が不安定だ。膝がガクガクしている。エースの舌の動きに翻弄されて、サンジの腰は何度も揺らいだ。
「あ、あ……」
  肩をベッドに押しつけるとサンジは、上体を支えた。尻をさらに大きくエースのほうへと突き出す。襞の中に潜り込んだ舌が、クチュクチュと音を立てて中を掻き混ぜる。
「ふ、あ……」
  知らず知らずのうちに、サンジの全身に力が入る。好き勝手に蠢く舌をぎゅう、と締めつけると、エースの手がサンジの股間を鷲掴んだ。
「……ひっ!」
  玉袋ごと竿の根本を掴まれ、激しく擦り上げられた。溢れ出た先走りが淫猥な水音を立て、サンジの腹の底にさらなる熱が集まってくる。
  思わず腰を引こうとしたら、シーツの上を膝が滑った。爪先が後方の宙を蹴ると、エースの手が難なくサンジの足首を捕らえた。
  と、同時に、サンジの中に潜り込んでいた舌がずるりと引き抜かれた。
「ん、あ……」
  はあ、とサンジは肩で息をつく。体が火照ってたまらないのに、欲っしているものをエースはなかなか与えてくれようとはしない。もどかしくてたまらない。
  掴まれた足を取り返そうともがけば、足首を掴まれたまま、ベッドの上で体がぐるんと反転した。
「前からがいい。お前の顔を見ていたいんだ」
  掠れた甘い声で囁かれ、サンジは男の頭を乱暴に引き寄せた。
  唇を合わせ、噛みつくようなキスをする。煽るように唇の隙間から舌を差し込んで、エースの舌を絡め取る。唾液を吸い上げるとジュッ、と湿った音がした。




(H23.3.5)


             

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