『手に入れたいものは 3』



  ゆっくりと足を抱え上げられた。
  エースの逞しい腕がしっかとサンジの太股を抱え上げる。足の間でヒクヒクと震えているペニスの先端を、裏側からてのひらでそろりとなぞられ、サンジの足がビクンと宙を蹴る。
「やっ……」
  そんな触りかたではなくて、もっとしっかりと触れて欲しい。この手の感触を、一生ずっと覚えていようとサンジは思う。エースの吐息も、どこか舌っ足らずな甘い声も、イク時の表情だって覚えていたい。見逃したくない。
「もっと……強く」
  呟いて、エースの頬に指先で触れる。
  エース──と、唇の形だけで囁いた途端、ぐい、とエースの腰が後孔に押しつけられた。先走りに濡れたペニスがぐっ、とサンジの中へ突き立てられる。
「あっ、ああ……」
  熱くて、気持ちいい。
  待ち望んでいたものがサンジの体を満たしていく。
  突き立てたペニスを二度、三度とエースが押し込み、引きずり出す。息が粗い。サンジ自身、自分の息が上がってきているのが感じられた。ハア、ハア、とだらしなく口を開け、酸素を取り込もうとする。喘ぎ声と共に唇の端から涎が伝い落ちていく。
  灯りが欲しいと、サンジは思った。
  今のこの、エースの表情を目に焼き付けておきたかった。自分を求めて眉間に皺を寄せて必死になっている男の顔を、いつまでも覚えておきたい。これが自分を抱いた男なのだと、記憶の中に留めておきたい。
「エ、ース……」
  名前を呼ぶと、さらに結合が深くなった。そのままゆるゆると突き上げを繰り返しながら、エースの手がサンジのペニスを握り込む。
  サンジの手が、エースの手に重なる。
「キス……しろ」
  口づけが欲しかった。唇と舌の感触を覚えておきたい。唾液の味も、汗の味も、それからこの男の精液の味も。なにもかもすべて、この男のものは髪の毛一本までも自分のものなのだと思いたい。
  すべて自分のものなのだ、この男は──



  火照りの引いた肌に、明け方に近い空気は冷たく感じられた。
  小さく身震いをすると、エースの腕がぐい、とサンジの腰を抱え込み、背中が厚い胸板へと引き寄せられた。
「眠れないのか?」
  尋ねられ、サンジは頷いた。
「今、眠ったら、アンタは行っちまうんだろ?」
  どこへ、とは言わなかった。それを口にしてしまえば今のこの時間は消えてしまう。せめて別れる寸前までは、いつもと同じようにしていたい。
「まだ、行かねえよ」
  と、エースは笑った。
  どれだけ体の中に放たれても、サンジは満足しなかった。何度も貫かれ、男の精液を体の中に受け止めたが、まだ足りない。もっともっと、この先一生、この男に会うことがなくても我慢できるように中に放って欲しかった。
  腹に回されたエースの腕をやんわりと掴んだサンジは、体をごそごそと反転させた。エースと向き合うような格好になると、男の首筋に鼻先を寄せる。くん、とにおいを嗅ぐと、鎖骨のあたりを舌でねぶった。
「まだ足りねぇのかよ」
  微かに笑いながら、エースが尋ねる。
「ゼンゼン足りねえ」
  どれだけ抱かれたとしても、一生分にはまだ足りない。
  ぐい、とエースの肩を押して、ベッドに仰向きに転がした。男の腹の上に素早く座り込むとサンジは、唇を寄せていく。
「一生分だ」
  ニヤリと唇の端を釣り上げてサンジは笑う。
「一生分、寄越せ」
  俺が生きて、死ぬまでに満足できる分のセックスをしてくれ。言いながらも鼻の奥がツンとして、泣きそうになる。奥歯をぐっと噛み締めて、サンジは男の唇を奪った。



  男のペニスを口に含むと、音を立ててしゃぶり上げた。
  苦くて青臭い精液のにおいが口の中いっぱいに広がる。それすらも愛しくてたまらない。もう二度とこの男と交わることもないのだと思うと、いつまででもこうしていたい気もする。
  ジュウ、と音を立てて吸い上げると、今度は玉袋の裏から根本を丁寧に舐めた。尖らせた舌先でチロチロと竿の裏を舐めると、側面に浮き出た血管がビクビクとなるのが感じられた。竿の側面を甘噛みしながら先端へと移動していく。チュッ、チュッ、と音を立てて竿を愛撫しながら、手は、先端の括れから亀頭にかけてを執拗になぞっている。
  はあ、とエースが息をつく。
  耳に入ってくる湿った音も、エースの吐息も、シーツが立てる微かな音ですらサンジには愛しく感じられる。
  先端の割れ目を指の腹でなぞったら、ドクン、と竿が大きく震えた。じわりと滲む先走りが欲しくて、亀頭にパクリと食いついていく。
「サ…ンジ……」
  掠れたエースの声が、耳に心地よい。
  頭を揺らしてペニスを舐め回していたら、そのうちにぐい、と肩を引かれた。
「上に乗れ」
  金髪に指を差し込まれ、わしゃわしゃと掻き乱される。無骨な指だが、その動きはひどく優しい。
  はあ、と息をつくとサンジは膝をエースの太股にすり寄せながら、男の腹の上に座り直す。思わせぶりにエースの性器に尻を押しつけ、グニグニと圧迫してみせる。
「こら……欲しかったんじゃねえのかよ」
  エースの手が、がしっとサンジの尻を掴んだ。激しく揉みしだきながら、尻の狭間へとペニスをなすりつける。先走りなのか、それとも先に放ったものがサンジの中から溢れ出してきたのか、ヌチャヌチャと湿った音を立てている。
「欲しっ……」
  言いかけて、唇を噛み締める。エースの指が後孔に潜り込もうとしているのに気付いたからだ。逡巡したものの、すぐさまサンジはエースの手を取り、尻を浮かせた。



  男の高ぶりに尻を押しつけると、心地よい熱さに体が震える。
  ゆっくりと腰を落とすと、エースの性器がズブズブと自分の中へ飲み込まれていくのが感じられた。
  心地よくてたまらない。小さく腰を揺らすと、尻の下でエースが小さく呻く声が聞こえた。
「……気持ちいいか?」
  尋ねると、エースは頷いた。
「ああ。気持ちいい」
  サンジの太股を撫でさするエースの手は時折、腹や股間の繁や胸をまさぐっている。焦らしているのか、それとも……。
「俺も……気持ちよくしてくれよ」
  そう言ってサンジは見せつけるように舌を突き出し、ペロリと唇を舐めた。それからエースの手を取って、自分の性器へと導く。
  どこからか流れ込んでくる空気には、明け方の風が混じっている。冷ややかで澄み渡った空気に、サンジの胸がトクン、と脈打つ。
  きゅう、と体の中に潜り込んだエースの性器を締めつけるとサンジは、腰を大きく動かし始める。
  まだだ。まだ、足りない。エースとはもう少しだけ、一緒にいたい。
  サンジが忙しなく腰を動かすと、エースもその意図に気付いたのか、ことさら熱心に竿に手を絡めてきた。
「大丈夫だって」
  まだ大丈夫だと、エースが低く呻く。
  そうあってくれと願いながらサンジは、体を揺らす。意識して体の中のものを締めつけると、はっきりとその形が感じられるような気がする。括れた部分や、側面に浮き出た血管までもがわかるようだ。
  迫り来る不安を打ち消すかのように、サンジは一心不乱に腰を動かした。
  エースの熱さ、エースの指遣い、手の大きさ、喘ぎ声。ひとつ残さず目に焼き付けて、覚えておこうと思った。
「……サン…ジ」
  はあ、とエースが息を吐く。眉間に寄せた皺はどこか苦しそうだが、同時に気持ちいいのだろう。
  白みだした空気の中で、エースがサンジの腰をしっかと掴み直す。
  がしがしと体を揺さぶられ、サンジの中でエースのペニスがぐん、と硬度を増した。
「あ……ん、はっ……」
  下から大きく突き上げられ、サンジは思わず大きな声をあげていた。耳の中でガンガンとけたたましい警鐘が鳴り、どこか遠くのほうでベッドがキシキシと音を立てているような感じがした。
「ひっ、あ、あ……」
  突き上げに合わせて腰を動かすと、体の奥深いところがきゅう、と締まるのが感じられる。男を銜え込んで離そうとしないのは、自分の気持ちの表れだろうか。
「エース……」
  何も考えられない。息を乱してエースの動きを追うことしか、今のサンジには考えられない。
  まだ、行かないでくれ──必死になってサンジは腰を振る。グチュグチュと湿った音がして、体が揺れている。そのまま体が傾いでいきそうになって慌てて何かに縋ろうとしたら、大きな手が下からがしりとサンジの手を掴んだ。
  エースの手を握り返すと、ぐい、と手を引かれる。
「あああ……!」
  嬌声を上げながらエースの胸に倒れ込んでいく。一瞬、頭の中が真っ白になった。
  ぎゅう、と抱きしめられて腹のあたりがベタベタしていることに気が付いた。いつの間に達したのか、サンジだけでにまエースの腹も、陰毛までもが吐き出した精液でベタついている。
  尻を掴まれ、体の位置を入れ替えられた。ベッドに押さえつけられたまま激しく突き上げられ、またしても頭の中が真っ白になっていく。
「エース……エー、ス……」
  力任せにシーツを掴むと、その手をエースの手が包み込んでくる。
「……サンジ!」
  掠れ気味の甘い声がサンジの耳元で響き、ついで腹の奥に熱い迸りが叩きつけられた。



  部屋の外は既に明るかった。
  どこかから鳥のさえずりが聞こえてくる。
  サンジはうっすらと目を開けると、すぐ側にいる男の体を確かめた。
  男は目を開けて、じっとサンジを見つめていた。
「もう、行くよ」
  サンジの髪をくしゃりと撫でて、男は告げる。
  行ってしまう。愛しい男が、行ってしまう。もう二度と会うことのない男が、サンジの手の届かないところへ行ってしまう。
「別れのキスをくれよ」
  せめて笑顔で送り出してやろうと思ったものの、うまくいかなかった。鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなってくるのを感じてサンジは、慌てて目を閉じた。顎にエースの指がかかり、くい、と上を向かされる。
  キスは、柔らかだった。
  風のようにそっと、唇に触れるものがあった。エースの唇だと思った瞬間、その感触は素早く消え去った。
「──またな」
  そう、聞こえたような気がする。
  サンジはしばらくの間、目を閉じてじっとしていた。恋人の名残を思って。
  彼の名を口の中で小さく反芻すると、ゆっくりと目を開ける。
  目の前には、エースのいない朝がやってきていた──




(H23.3.7)


             

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