『恋をした日』



  手摺りにもたれて、ゾロはドギマギしていた。
  ふと思い出してしまったサンジとのキスに、嫌悪は感じなかった。むしろ頭がボーッとして体がフワフワとした状態になってしまうほど気持ちよくて……。
  怖いと、思った。
  あの男に落ちていきそうで、それが怖くて、ゾロは小さく身震いをした。
  そんなことを考えていたからだろうか。足音が聞こえた。
  聞き慣れた足音は、サンジのものだ。
  姿が見えるよりも早く気付いて、ゾロは顔を上げる。
  男部屋から続く階段をあがってくる黄色い頭が、暗がりの中にぼんやりと浮かんで見える。
「──あ?」
  甲板に出たところで、サンジが声をあげた。
「なんだ、お前も眠れねえのか?」
  穏やかな声だった。
  ゾロは頷いた。
「そうか。俺も、眠れねえ」
  サンジはそう言うと、ゾロの隣りに並んで同じように甲板の手摺りにもたれかかった。
  煙草を探してしばらくゴソゴソしていたサンジだったが、諦めたのか、くるりと海を覗き込む。
「──…昼間、なんでキスをしたかわかってるのか?」
  不意に尋ねられた。
  ゾロは手摺りにもたれたまま、首を横に振る。
「わからねぇくせに、キスしたのか?」
  少し冷たい、棘のあるサンジの声音に、ゾロはこっそりと溜息を吐いた。
「わかんねぇもんは、わかんねぇんだよ」
  文句あるのかとばかりにゾロが言い返すと、意外なことにサンジは笑っていた。
「実はさ、俺も、わかんねぇ……」
  ヘラヘラと力の抜けるような笑いを口元に浮かべ、サンジは空を見上げる。
  つられてゾロも、空を見上げた。
「なんだろな……男同士なのに、なんでこんなにお前のことが気になるんだろな」
  サンジは素直に自分の気持ちを言葉にした。
  ゾロは、そんなサンジを羨ましく思った。
  自分にはそう易々と言葉にできないことを、さらりと言ってのけるサンジが、ゾロには酷く格好良く思えたのだった。



  二人は黙ったまま、空を見つめていた。
  真っ暗な空のところどころに雲が流れている。雲の切れ間から、星たちや月明かりが途切れ途切れに見えていた。
「……なんで好きなんだ?」
  ゾロがぽそりと呟いた。
  わからなかった。
  女を好きになるようにサンジを好きになったのかと問われると、それとはまた違うような気がした。この「好き」は、もっと違う別の形をしているような気がしてならない。
「さあ。なんでだろな」
  と、サンジは返すと、ゾロの顔を見た。
  暗がりの中では、サンジは悩みなどないような呑気な顔をしている。少なくともゾロには、そう見える。
「もっかい、キスしたらわかるかもよ?」
  小さく笑ってサンジは言った。
「そうなのか?」
「保証はできねぇがな」
  おどけて宣言するサンジも、もしかしたらゾロと同じように悩んでいるのかもしれない。表面上は呑気そうに見えても、内心ではゾロと同じように、頭が痛くなりそうなぐらいあれこれ考えているのかもしれない。
「保証はできねぇのか」
  溜息を吐き吐き、ゾロ。
「ま、いいか」
  仕方ないなとゾロは呟いた。何もわからないような顔をして、サンジの言葉に縋れたらと思った。そうすれば、もう一度、あの唇に触れることができる。サンジの、あの唇に。
  ゾロの言葉に、サンジは素早く反応を示した。
「おや。試してみるか?」
  暗がりをものともせずにゾロの顔を覗き込み、サンジはじっと答えを待った。



  答えるかわりにゾロは、サンジの唇にキスをした。
  チュ、と軽く触れると、そのまま離れていこうとする。
  サンジは咄嗟にゾロの後頭部をがっしりと手で押さえつけていた。
「ん……っ……?」
  逃げようとするゾロを押さえ込み、サンジは更に深く口づけた。
  抵抗しながらもゾロは、サンジの唇を受け入れていた。触れられることは、やはり嫌ではなかった。サンジだからだろうか? それとも、サンジでなければ駄目なのだろうか。
  そんなことを考えていると、サンジの舌先がゾロの唇をつついてきた。
  うっすらと口をあけた瞬間、サンジの舌がするりと中へ侵入してくる。優しく舌を吸い上げられると、ゾロの体は震えた。
「ふっ……ぅ……」
  甲板の手摺りを持つゾロの手に、微かに力が込められる。
  いつの間に移動したのか、サンジの体と甲板の手摺りとにゾロは挟まれていた。身動きの取れないところへもってきて、サンジの膝がゾロの膝の間に差し込まれた。膝頭で太股の内側をなぞりあげられると、ゾロの体はカッと熱くなった。
「んっ、ん……」
  鼻にかかった甘い声をゾロはあげた。
  サンジの手がゆっくりと、ゾロの首から肩を撫でおりていき、胸の突起を探し当てた。シャツの上から胸に触れられただけだというのに、ゾロの体はピクン、と跳ねた。
「っ……」
  頑なな太股を更に膝頭でなぞりあげ、股間に近いところまでさすってやると、唇の端から甘い吐息が洩れた。
「ぁ……」
  ブルッと体を大きく震わせるゾロから唇を離し、サンジはニヤリと笑う。
  ここまでされてもゾロは逃げなかった。唇に触れる以上のことをしても構わないのだと、サンジは自分なりに解釈した。



「──どうだった?」
  ニヤニヤと笑いながらサンジが尋ねると、ゾロはそっぽを向いて不機嫌そうな声を出した。
「知るかっ!」
  怒っているのではない。照れているのだということが、サンジにはすぐにわかった。
「じゃあ、次、いってみようか」
  クスクスと笑いながらサンジがそっとゾロの背を手摺りに押し付けると、戸惑いながらもゾロのほうからキスをしかけてきた。
「ん……」
  おどおどと、ゾロの手がサンジの肩にかかる。
  そのままサンジの手はゾロの腰骨をゆるゆるとなぞり、前のほうへと焦らすように進行していく。
  悪戯をしかけるようにサンジの指がゾロの前にかかると、ゾロは、後退ろうとした。
「嫌か?」
  唇が触れそうなぐらい近くで、サンジが尋ねる。
「──…わかんねぇ」
  ゾロは、返した。
「じゃ、じっとしてろ」
  サンジの手が、ゾロのボトムの隙間からするりと中に潜り込んだ。





To be continued
(2007.8.28)



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