業火 1
長時間に渡る奇妙な火照りと疼きに焦らされて、サンジの意識は朦朧としていた。
自分の身体が、自分のものではなくなっていくような不思議な感覚。
自らの意志に反して身体は快楽を求めていた。
熱く、熱く、高ぶっていく。
理性では押さえきることのできない何かが、サンジの中で渦巻いている。
勃起したペニスの先端からは白濁した先走りが沁み出し、入り込むべき孔を求めてひくついている。
この男にだけは屈するものかと決心していたはずの強靱な意志は、今や跡形もなく突き崩されていて。
目の前で媚態を演じる男の孔を求めて、サンジは狂おしく腰を揺さぶった。
心の奥底で何かが、「もっと、もっと」と甘美な幻想を欲している。その声に従うことのほうが、今のサンジにとっては大切なものであるかのように思われた。
ペチ、ペチ、と音がする。
頬にむず痒いような痛みを感じてサンジが目を開けると、ゾロの顔が間近にあった。
「お前が居眠りするなんてな」
にやりと悪戯っぽく笑ってゾロは言った。
「ああ……夢を、見ていた」
どうやら皿洗いを終えて一休みとベンチに腰を下ろしたところで、うたた寝をしてしまったらしい。テーブルに突っ伏して眠っていたサンジの肩の筋肉は、やけに重い。
「へえぇ」
片方の眉をつり上げて、ゾロ。
「──…に、してはあまり楽しそうじゃないな」
そう言われて、サンジはドキッとした。まるで、一瞬にして胸の内を見透かされてしまったかのような居心地の悪さに、もぞもぞと身体を動かした。
「ああ、まあ……ちょっと、な」
気まずい思いがした。ゾロの目を見て喋ることが出来ず、サンジは咄嗟にテーブルの上に置いた自分の手をじっと眺めた。
「あっちこっちで悪さしてるからだろう、お前の場合。火遊びはほどほどにしておけよ」
あっけらかんとした様子でゾロが言うのに、サンジはこっそりと唇の端を噛み締めた。
そうではない。
そうではないのだが、自分が先ほどまで見ていた夢を気取られたくなくて、サンジはつい言い返してしまった。
「んなこた、わかってらぁ」
夢の中のゾロは、サンジを惑わす。
いや、現実のゾロもそうだ。
ほんのちょっとした何気ない仕草に、目を奪われる。不意に見せる無防備な笑みに、心臓が飛び出しそうなぐらいドキドキする。まるで子供のような自分に、サンジは自嘲気味に鼻で笑った。
この自分が、こんなにも一人の人間に執着してしまうとは。
しかも相手は、自分と同じ──男。
その男のゾロを、サンジは夢の中で犯す。何度も、何度も。怒張して天を向いた自分のグロテスクなどす黒いもので、汚す。サンジの放った精液がゾロの尻の孔から溢れだし、ゾロの放った精液がゾロ自身の陰毛や腹筋や太股を汚す。ゾロの尻の孔はひくつき、そこからまた逆流した精液が伝い出し、淫らな唇がサンジを呼ぶ。
これは夢だとわかっているのに、頭の中がどうにかなってしまいそうだ。
おかげで眠りは浅く、常に寝不足気味の状態が続いている。ここ十日ほど、ずっとそんな調子でサンジは夜を過ごしてきた。
欲求不満なのだろうかとも思ってみたが、どうもそうではないらしい。
女性に対してはそこまで乱暴な──乱暴したいといった気持ちになることは、ない。
それでは自分は男が好きなのかとも思ってみるのだが、そういうわけでもないらしい。
どうやらこれはただ一人、ゾロにだけに対しての気持ちらしいのだが、それではどうすればいいのかがわからない。モヤモヤとしたわけのわからない気持ちと縁を切るにはやはり、夢の中で自分がしているようにゾロを犯すのがいちばん手っ取り早いのだろうか。
──いったい、どうしたら……。
口にくわえた煙草をポイ、とシンクに投げ捨てると、サンジは深い深い溜息を吐いた。
キッチンで、仲間たちが寝静まるのを待つ。
じっと、息を潜めて。
今夜のゾロは機嫌がいいのか、甲板で月見酒と洒落込んでいる。
サンジはじっと機会を窺っている。キッチンで、後片づけをしながら。明日の仕込みをしながら。獲物を狙う野獣のように、風の立てる音すら聞き逃すまいと耳をそばだてている。
今夜、ゾロが気を許す瞬間を待ち焦がれている。
もうこれ以上、隠し続けることは出来なかった。サンジ自身、少し前から堂々巡りの輪の中にとらわれてしまっており、わけがわからなくなっている。
さしのべてくれる手は一つもなく、誰もが自分に無関心を示しているようにしか見えない。
いや、そもそもそう思うことこそおかしいのかもしれない。そんなふうに思う自分はきっと、被害妄想にとりつかれていて……きっと、目の前にゾロしか見えなくなってしまっているのだろう。ゾロのことしか、考えられない。寝ても覚めても、夢の中までも、ゾロ一色の生活が続いている。
何とかしなければならない。
この状況から、抜け出さなければならない。
そうして、今夜。
穏やかな眠りを手に入れるためにサンジは、ゾロを、犯す──
to be continued
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