業火 3



  いつの間にかサンジは泣いていた。
  ポタポタとゾロの背に落ちる透明なものは、サンジ自身は汗だとばかり思っていた。が、突然、汗ではないことに気付いた。涙だ。
  いつの間に泣いていたのだろうか、自分は。
  何が悲しくて泣いているのかもわからないような状態で、それでもサンジはゾロを犯し続けた。
  何度も、何度も。涙を零しながら。
  最後に白濁したものを迸らせる瞬間、サンジは竿をゾロの後孔から引きずり出した。血が混じる後孔の周辺から背へとかけて精液を飛ばした。満足感のない、自慰行為のような吐精に嫌気がさす。
  ゾロの、トレーニングで引き締まった腰や日焼けした背に、サンジの精液がなすりつけられる。
  サンジが汚したのだ、ゾロを。
  自らの、手で。
  肩で大きく息をしながら、サンジはゾロから身体を離した。
「いったい俺は、何をしたかったんだ──?」
  こんなことをしたかったわけではないのだ。心から望んでしたことではないのだと、言い訳がましくサンジは呟いてみる。
  少し前から、ゾロのことは気になる存在だった。
  ただそれだけのことで、別にどうというわけでもなかった。気にはなるが、決してそれ以上のものを求めていたわけではない。仲間として共に戦っていくことができれば、それでよかった。それだけで満足だったのだ。
  なのに何故、あんなことをしてしまったのだろうか。
  ──何故……?



  自分のしたことにサンジが呆然となっていると、ゾロがのろのろとした動きで起きあがってきた。
「どうだ、満足したか?」
  小さく咳き込みながら尋ねるゾロの声は、掠れて弱々しい。
  サンジには、何も答えることが出来なかった。
  自分がしでかした事の重大さに、今、サンジはやっと気付くことができたのだ。
  どうすればゾロは自分を赦すだろうかとサンジは考えた。やはりこういう時は、サンジが死んで侘びなければならないのだろうか。と、床に落ちていた下衣を身につけたゾロが、サンジのほうへと一歩、踏み出した。
  今のゾロは刀を持っていない。殺されることはないにしても、殴られる可能性はある。顔か、腹か、それとも両方か……そんなことを考えていると、ふわりと抱きしめられた。
「……何を盛ってんのか知らねぇが、らしくないぜ」
  決して優しくはない声だったが、その声は、間違いなくサンジのことを心配していた。
「言いたいことがあるなら、はっきり言っちまえ」



  結局ゾロは、それ以上はサンジを責めることもなく、黙ってシャワーを浴びに行ってしまった。
  サンジはしばらくその場に立ちつくしていたが、そのうちに床に座り込んでまた泣き出してしまった。押し殺した嗚咽が、唇の端から洩れるのを必死で手で押さえる。
  殴られるよりも、殺されるよりも、辛かった。
  それから随分と時間が経った。
  ゾロがキッチンに戻ってくる気配はないから、おそらく男部屋に戻ったのだろう。
  サンジはのろのろと立ち上がると、キッチンの片づけを始めた。
  部屋は、青臭いにおいと、微かな血のにおいが入り交じったようなにおいになっていた。床に点々と残るのは、精液と血の痕──精液はサンジの、血痕はゾロのものだ。キッチンのドアを開けると、部屋にこもったにおいを追い出す。雑巾をどこからか持ってくると、サンジは床を拭き始めた。ただ黙々と、床の汚れを拭き取っていく。
  そうすることで、ゾロの傷が癒えるとでも思っているかのように。



  誰かに肩を揺さぶられたような気がして、サンジは目を開けた。
  もう、朝だ。
  あれから、どうやらサンジは眠っていたらしい。キッチンのテーブルに、突っ伏して。
  見ると、ゾロがすぐ側にいた。
  昨夜のことは、あれは夢だったのかとサンジが訝しんでいると、ゾロが意味深な眼差しでじろりと睨み付けてきた。
「そろそろ他の連中も起きてくる頃だぞ。メシの用意はいいのか、クソコック」
  喧嘩をふっかけているのかと思うような素っ気ないいつもの調子のゾロのもの言いに、サンジが言い返そうとした時、ふと、目に留まった。ゾロのシャツから覗く、喉元の赤い痣。ちょうど指の跡のように残るそれは、間違いない、夕べサンジがつけたものだ。
「あ……ああ、そう、だな」
  くるりと背を向け、サンジは慌てて朝食の支度に取りかかる。
  やはり夢ではなかったのだ。
  昨夜、サンジは、ゾロを犯した──。
  サンジが首を絞めた痕が残っているのだから、間違いない。
  正面切ってゾロの顔を見るのが恐い。きっと、軽蔑されるだろう。あんなことをした後だから、ただではすまないはずだ。自分はどうすべきなのだろうか。どうすれば、いいのだろうか。後悔はしている。が、やはりこういったことは謝るべきことなのだろうかと考えていると、コツン、と頭を小突かれた。
「夕べのことは、何も言うな」
  牽制するかのように、ゾロが言う。
  サンジは頷いて、唇を噛み締めた。
  ゾロの心の内はわからなかったが、あまりにも中途半端な状態にサンジの鼻の奥がつん、となってきた。ゾロは、今までと変わらぬ関係を、と、暗に示したのだ。
  まるで蛇の生殺しのような状態を、どうやらゾロはお望みらしい。
「──わかっている」
  押し殺した声で、サンジは頷いた。
  その声は、夕べ、必死になってサンジがこらえた嗚咽にも似て、苦々しい声色だった。



END
(H16.5.6)




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