『微熱』



  昼寝から覚めたゾロは、ガレーラの宿舎を出て、街をうろついていた。
  乾ききっていない潮のにおいが時折鼻をついたが、気になるほどではない。
  ふらふらと港近くを歩いていると、ふと目に入ってきたのは、金髪頭だった。
「よぉ」
  ニッと笑って、男はゾロに軽く手を振った。
「あ……」
  何故、この男がここにいるのだろう。考えたけれど、答えは見つからない。諦めてゾロは、自分も軽く手を振り返した。
「散歩か?」
  舐めるように見つめられ、ゾロは居心地悪そうに視線を逸らす。
「──さっきは断ったものの、後悔してます、ってな表情をしてるんだな」
  からかうでもなく、しかつめらしくサンジが告げる。
  わざわざ言われなくてもわかっていた。ゾロ自身、そのことを痛いほど感じていたのだから。
  どちらからともなく歩き出した。
  ゾロより一歩前を歩くサンジの足は、いったいどこへ向かっているのだろうか。
  黙って歩き続けていると、何の変哲もない酒場の前でサンジが不意に立ち止まった。
「少し、飲もう」
  そう言って店のドアを開け、中へと入っていく。
  目の前でパタン、と閉じられたドアに手をかけ、ゾロはゆっくりと店に足を踏み入れた。
  こういう場所には行き慣れているのか、先に中に入ったサンジは既に店主に二階の部屋を都合してもらっていた。
  後から入ってきたゾロの姿を目の端で確認すると、わずかな顎の動きで二階へと続く階段を示した。
  サンジの姿が階段の上に消えてしまうのを待って、ゾロはカウンターに腰を下ろした。
「酒だ」
  言葉少なに告げると、すぐに薄汚れたグラスになみなみとつがれたエールが出てきた。酸味の強いそれをぐい、と煽り飲むと、ゾロは服の袖口でぐい、と口元を拭う。
  時間をかけて二杯目を飲み干し、それからゾロは二階へと上がっていった。
  酔ってはいないが、どこか浮ついたような、落ち着かない気持ちだった。
  部屋のドアノブに黒い手ぬぐいが括り付けられているのを目印に、ゾロは中へと入った。
「早かったな」
  シャワーを使ったのか、頭から水を滴らせたままのサンジがゾロのほうを見遣ることもなく言った。腰にタオルを巻いただけの姿で、指に煙草を挟んで、手持ち無沙汰に遊んでいる。
  酒場でのエール二杯分の時間が長かったのか短かったのか、ゾロにはよくわからない。
「シャワー使ってこいよ」
  そう言われて、ゾロは黙って部屋を大股に横切った。
  シャワールームにゾロが入る時、サンジは、手にした煙草に火を点けるところだった。あれでしばらくは間を保たせてくれるだろう。そう考えるとゾロは、手早く温めの湯を頭から浴びた。



  部屋に戻ると、サンジはベッドの端に腰を下ろして煙草を燻らせていた。
  ちらりとゾロのほうへと向ける視線は鋭くて、ぎらついている。
「そんなに欲しかったのか?」
  尋ねられ、ゾロは黙ってサンジの前に跪いた。シャワールームで軽く体を拭いただけで素っ裸で部屋に戻ってきたゾロは、何も纏っていない。
「お前が誘ったんだ」
  そう返すとゾロは、タオルの上からサンジの股間に手を伸ばす。
  既に硬くなっているその部分を爪の部分で何度か擦ってやると、ピクピクと蠢きながら勃ち上がってくる。
「そっちこそ、欲しいと思ってたんだろう?」
  上目遣いにゾロに見つめられ、サンジは思わずドギマギしてしまった。狼狽えることなどないはずなのに。
  それでも、視線を逸らすことができない。ちらちらとゾロは、サンジを見上げながら手を動かした。サンジの腰のタオルを取り去ると、ゾロは躊躇うことなく目の前で先走りを滲ませた性器を口に含む。
「お前……」
  何かを言おうとして、サンジは言い淀んだ。
  この後に及んで、いったい何を言おうというのだろうか、自分は。
  言葉のかわりにサンジは、深い溜息を吐いた。
  ゾロの口の中は熱かった。体温が高いからだろうか。熱くて、ざらついた舌で竿全体を舐め上げられると、それだけで体中の血流が一点へと向かって集まっていくのが感じられる。
  緑色の短髪を鷲掴みにするとサンジは、ゾロの頭をぐいぐいと自分の股間へ押し付けていく。
「ぐっ…ぅ……」
  苦しそうにえずくゾロのうなじはほんのりと赤らんでおり、何とも艶めかしい。
「ああ……お前、顔にかけられんのがよかったんだっけ」
  掠れた声でそう呟くと、サンジはゾロの髪をぐい、と引っ張った。
  ゾロの頭が後方へと引かれ、ついでサンジの竿がブルン、と大きく震えた。
  ビシャ、という湿った音と共にドロリとした精液がゾロの顔に放たれ、目尻のあたりから頬にかけてを汚していく。
「──舐めろ」
  まだ先端から精液を溢れさせているペニスを片手で握り、サンジが言った。
  男に抱かれるのが嬉しいわけではない。
  男……しかも、同じ船に乗る仲間の体の下で犯されるのは、決して本意ではない。
  そう、言いたかった。
  だけど、それら全てが本心かというと、そういうわけでもない。
  持て余した感情を切り捨てて、ゾロはサンジのペニスに唇を寄せた。



  ベッドの軋む音が、やけに大きく耳に響く。
  いつの間にかベッドの上に引きずり上げられたゾロは、仰向けになって足を大きく開かされていた。
  骨張った白い手が、ゾロの陰毛を掻き分け、その中で硬くなりつつある性器を見つけだすのは容易いことだった。
  ニヤリと笑うサンジの顔。白い手。
  骨張った手が、潤滑剤のチューブを手に取る。
「っ……」
  たらりと零れ落ちたジェルのひんやりとした感触に、つい、声があがってしまった。体が大きく震え、性器の先端から根元にかけてが、あっという間にジェルでドロドロになっていく。
  ゾロは黙ってされるがままになっている。ベッドの上に無造作に投げ出された両手は手持ち無沙汰で、いったいどうしたらいいのかわからない。シーツを掴むと、ぎゅっと握り締めては手を開く。曖昧な感情が、そのまま指先に伝わったかのような中途半端な動きをしている。
「すごいな、ココ」
  不意に、低く、サンジが呟いた。
  いつの間に溶けたのか、ゾロの体温で緩くなったジェルが尻のほうへと伝い下りてきていた。ベタベタとした感触が不快で、体を捩ろうとすると膝のあたりをサンジに押さえ込まれた。
「まあ、待て。もっと見せろよ」
  そう言うとサンジは、尻のあたりに垂れたジェルを指で掬っては襞の入り口に塗り込める。クチュ、とジェルの湿った音がして、そのぬめった感触にゾロの肌が粟立っていく。
「ん……んっ……」
  皺の隙間からサンジの指がゾロの中へと侵入してくる。異物感に眉をひそめ、ゾロは息を詰めた。
  ズルリと入り込んできた指は容赦なく、ゾロの内壁を擦り上げる。



  気が付くと、ゾロはベッドの上であられもない声をあげていた。
  惜しげもなく喘ぎ声を聞かせてやるのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。
  口の中がカラカラに渇いていて、喉が痛かった。息をすると、胸骨が大きく上下しているのが自分でも感じられた。トレーニングの直後のように、息が切れている。
  サンジは笑っていた。
  満足そうな優しい笑みを口元に浮かべて、ゾロの後孔を執拗に指で掻き混ぜている。
「気持ちいいだろう?」
  宥めるような口調でサンジが問う。
  答えようとして、ゾロは、口をパクパクとさせた。何か返そうとすると嬌声しか出てこないのではないかという懸念がふっと頭をよぎったのだ。どちらにしても喉が痛くて、声を出すことすら億劫だった。
  ジェルの湿った音が、恥ずかしい。足の間で、サンジの指の動きに合わせて、クチュクチュとはしたない音を立てている。
「っ……あ、ぁ……」
  くい、と内壁に添ってサンジの指が折り曲げられ、前立腺を刺激した。
  一瞬、ゾロの体の中を電流のような痺れが駆け抜け、思わず甲高い声が洩れていた。頭の中が真っ白になった。
  押さえつけられた膝がカクカクと揺れ、体の奥が疼痛のような痺れに震えた。シーツの上をずりあがってゾロは逃げようとしたが、それよりも早く、サンジの手が太股をなぞり上げた。
「や……め……」
  掠れた弱々しい声をゾロが発すると、サンジは淡い笑みで返した。
  股の付け根の軟らかい肉に指を滑らせ、三角形の繁みへと指を向ける。いつの間にかゾロのペニスは勃起して、先端に先走りを滲ませていた。



  チュ、と音がした。
  サンジの唇が、まるで淫芯のように窄められ、ゆっくりとゾロのペニスを飲み込んでいく。
「あ、あ、あ……」
  さらさらと流れる金髪に指を差し込み、ゾロは散々掻き乱した。啜り泣くような甲高い声でやめてくれと懇願すると、舌先が尿道口にねじ込まれ、さらなる刺激を与えられた。
  気が遠くなりそうな快感に、流されてしまいそうだった。
  いっそこのまま流されてしまうことができたなら、それはそれで幸せなのかもしれない。これ以上の痴態を晒すことがないように、ゾロはそっと唇を噛み締める。
  体の熱は、おさまりそうにない。
  燻っている。
  体の奥深いところは、目の前の男が自分の中に入り込んでくる瞬間を待ち構えている。
  いつの間にかゾロは、自分から大きく足を開き、サンジの体を足の間に迎え入れていた。
  絶頂を迎えるその寸前で、サンジの口での愛撫がふっと止まった。体をもぞもぞとゾロが動かすと、サンジの勃起したペニスが尻に押し当てられた。
  一拍置いて、ぐい、とサンジのペニスがゾロの尻に押し込まれた。突き立てられ、肉を抉るような勢いでグリグリとねじ込まれた。
  息を詰めてゾロは、痛みの波をやり過ごそうとした。
  痛みのほうが、まだマシだ。まだ、我慢できる。サンジの白い腰に膝をすり寄せ、ゾロは体を強張らせた。
  勃起したゾロのペニスが、サンジが奥へと突き上げるたびに腹にあたる。
  深く息を吸って、吐いて。胸骨が大きく波打ち、治ったはずの胸の大傷がひきつれた。
  見おろすサンジの眼差しは、いつになく優しい。
「いい体だ」
  ぽそりと呟かれ、ゾロは小さく震えた。
  サンジの白い指先が、ゾロの胸の傷をなぞっていく。傷痕は、ほんのりとピンク色をした皮の部分が新しく塞がったところだとすぐにわかる。大小様々な傷痕が残る肌に手を這わせて、それでもサンジは綺麗だと言う。均整の取れた筋肉質な体だと。褒められているのだと思うと、ゾロはどことなく照れくさかった。
  袈裟懸けになった胸の大傷をサンジは指の腹でなぞり、それから舌で丹念に舐め上げた。ざらりとしたサンジの舌に、ゾロの体はビクビクと震える。中に潜り込んだサンジのペニスを、ゾロは反射的に締め付ける。中で脈打つ太い楔が、更に太さと硬さを増してゾロの内壁を圧迫した。
「熱いな……」
  掠れた声でゾロがそう告げると、サンジに唇を塞がれた。
「熱いのは、俺も一緒だ」
  熱に浮かされるようにして、二人は抱き合った。
  どちらからともなく唇をもう一度合わせると、必死になって求め合った。
  これは夢ではない、現実なのだと、確かめるように強く強く抱き締めた。






END
(H20.4.3)



SZ ROOM