『残り香 1』



  背後から不意に、サンジに抱きしめられた。
  細く、しかし力強い腕がゾロの肩口をぎゅっと拘束している。
「あ?」
  不機嫌そうにゾロは、絡みつく腕を外そうとした。
「しーっ。動くな」
  耳元でそっとサンジが囁くと、煙草の香りがふわりとゾロの鼻をくすぐる。
  どうしたものかとゾロが躊躇しているのをいいことに、サンジの唇が耳の後ろからうなじへとかけて這い回る。
  船倉の入り口はさっき、ゾロがしっかりと閉めた。誰かに見られる心配がないのが救いだが、だからといってサンジのこの行為が正当化されるわけではない。
「やめろ」
  短く言うと、ゾロは力づくでサンジの腕を振り解きにかかった。
「ん? ムダムダ。そんなことしたってお前は俺には勝てないのさ」
  サンジはそう言うと、ゾロのシャツの裾に手を差し込んだ。



  身体が追い上げられていくのが、はっきりとわかった。
  ゾロは小さく身震いをすると、サンジの肩にしがみついた。
「お前……おかしいんじゃねぇのか……」
  男同士なんて、と続けようとして、ゾロはその言葉を喉の奥へと流し込んだ。
  言ってしまえばきっと、自分も後悔する。男同士でありながら自分のほうこそ、サンジに抱かれて悦んでいるのだから。
「おかしい? ふむ。そうなのか」
  呟き、納得しながらもサンジの手は休まることを知らない。水仕事でざらざらに荒れた手がゾロの筋肉質の肌を這う。ざり、ざり、とサンジの指が背筋を駆け上がっただけだというのに、思わずゾロは声を洩らしてしまいそうになる。
「でも……お前の身体は、嫌がっていないようだな」
  そう言ってサンジは、ゾロが着ている上衣を脱がしにかかる。
  ゾロはおとなしくサンジの好きなようにさせてやった。これぐらいでしか、ゾロはサンジよりも優位に立つことができない。身体を重ねる時に、できるだけサンジの好きにさせてやる──そうすることでゾロは、自分が不本意ながらも「させてやっている」のだと思いこもうとしていた。
  そうしておけば、自分に都合がいいからだ。
  男の自分が同じ男のサンジに抱かれて悦んでいるのは、サンジに「させてやっている」からだ。
  サンジが「させてくれ」と言わない限り、自分は男の下で喘ぐ趣味はないのだと、ゾロはそんなふうに思っていた。そう思うことで、自分の立場を守っていたのだ。



  がっしりとして筋肉質なゾロの背中に、サンジは唇を落とす。
  舌で肩甲骨のあたりをなぞるとゾロの身体が微かに揺らぐ。
「本当に、傷一つないな……」
  サンジは呟いた。
  ゾロの背中は筋肉質で、ごつごつとしていた。そのくせ傷は一つとしてなく、滑らかでモチモチとした手触りをしている。
  天井近くに設けられた明かり取りの小窓から柔らかな日の光が差し込んできていた。真っ昼間から二人してどこにもいないとなると、甲板ではちょっとした騒ぎになるかもしれないな、などと思いながらゾロは小さく笑った。
「なんだ? 何がおかしい?」
  尋ねながらもサンジの手は、回されたゾロの腹のあたりから臍の脇を滑り降り、さらに下のほうへと進攻していく。
  先ほどからサンジの前は強張り、ゾロの尻を圧迫していた。ゾロが腰を引こうとすると、サンジの前が密着してき……生々しい固さがさらに張り詰めるといったことを繰り返している。
  サンジはちゅ、とゾロのうなじにキスをすると掠れる声で訊いた。
「今日は中に挿れてもいいか?」
  そう言わないと、「させてもらえない」ということは既にサンジも理解していた。が、航海中にゾロが最後まで「させてくれる」ことはなかなかなく。いくらお願いしても、脅しつけようが宥めすかそうが、ゾロが首を縦に振ることは滅多にないことだった。
「挿れたいのか?」
  気を持たせるようにゾロが尋ね返すのもまたいつものことで、それが余計にサンジに「させてほしい」と思わせる原因となっている。ぎりぎりの状態になってもさせてくれないゾロの素っ気なさに、次こそはと、つい、思ってしまうのだ。
「挿れさせてくれ……お前のケツん中に突っ込んで、揺さぶり回して、ぐちゃぐちゃにしてぇ……」
  そう言うとサンジは、ゾロの肩口に軽く歯を立てた。
「ほら、もうこんなになってんだよ、俺」
  呟き、うっすらと赤らみ歯跡のついた肌を舌で丁寧に舐め取る。ゾロの尻に押し付けられる圧迫は固く、執拗になすりつけられている。
  長くすらりとしたサンジの指が、知らぬ間に布地の上からゾロのものを撫でさすっていた。ゆっくりと張り詰めた状態になっていくものを持て余しながらゾロは、ぶっきらぼうに言い放った。
「──…今日だけだぞ」






── to be continued ──
(H15.9.7)



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