Flash Point 1

  気が狂いそうだと、サンジは思った。
  目の前には、青い空間。雲一つない青い空があって、水平線に融合し、そこから青い青い海が広がっている。
  それから、筋肉質な背中が苦しそうに蠢くさま。
  頭の中がどうにかなってしまいそうだった。
  目の前の背中はきれいなものだった。刃物傷はひとつとしてなく──掻き破った跡や打撲の跡などの日常的なものは別として──均整の取れた筋肉が肩から背にかけて隆起しており、どこかしらゾロが身体を動かすたびに筋肉は波打っていた。
  背後から内壁を抉るようにして突き上げ、サンジは深く、深く、ゾロの中に潜り込む。
  真夏のリゾー島の狂気が、そこには、あった──



「暑いな……」
  呟いたのは、ゾロだ。
「ああ……この辺は湿気が多いようだな」
  水筒の水をぐびり、と一口飲んだサンジは、それをそのままゾロのほうへとさし出す。
「おら、飲め。水分補給しといたほうがいいぞ」
  そう言われてゾロは初めて、自分が朝からほとんど何も口にしていないということを思い出した。
  水筒を受け取り、ゾロは黙って水を飲む。一口、二口……喉が鳴り、口の端を滴が伝い落ちる。
「ん……ほらよ」
  水筒をサンジのほうへと突き返しながらゾロは、口の端をあいたほうの手の甲でごしごしとこすった。
  サンジは何も言わずに背を向けると、また歩き始める。ゾロもすぐさま、同じように歩き始めた。
  沼があるというわけでもないのに、林の中は妙に蒸し暑かった。気のせいかもしれない。サンジはというと、汗ひとつかくこともなく、平然とした顔つきで前を歩いている。
  目の前を歩くサンジの背をぎろりと睨み付け、ゾロは黙々と歩いていく。
  暑苦しさに体中の汗腺から汗が噴き出してきそうだった。



  何故、こんなに不快なのだろうか。
  苛々とゾロは額の汗を腕でぬぐった。よくわからないが、先ほどから汗が止まらない。だらだらと額を伝い、背を伝い、着ているものは汗でぐっしょりと濡れている。トレーニングの時にかく汗とはまた違った種類の、嫌な感じの汗だった。
「──…おい、どうかしたのか?」
  見かねて、サンジが声をかけた。
  脂汗をかいた青白い顔色のゾロは、立っているのさえもやっとの様子で口元を手で覆った。
「悪い……なんだか……」
  言いかけて、膝がかくん、と崩れる。
  ゾロの視界が、白く、白く、霞んでいく……。
  地面に膝をつき、そのままふらりと前のめりになりそうになったところをサンジの手が、引き戻してくれた。
「しっかりしろ」
  薄目を開けると、目の前にはサンジの顔があった。
「ああ……悪いな」
  と、ゾロ。返す声は、いつもと違って覇気がない。
  何かがおかしいと思いながらも、それが何なのかわからない。もやもやとした気持ちのまま、ゾロは、サンジの腕にしがみつくようにして立ち上がった。



  最初に言い出したのはナミだった。
  次の寄港地までの航路の途中にリゾー島はあった。観光地として名を知られるその島は、きめの細かい白い砂浜と、新鮮な海の幸と数々のフルーツが有名な、常夏の島だ。そこでちょっとしたバカンスを楽しみたいと、ナミが言いだしたのだ。
  反対する者は一人としておらず、好奇心の塊のような連中は、翌日にはリゾー島の桟橋に立っていた。
「町の北側にあるホテルが、あたしたちの泊まるところよ。間違えないようにね。あ、それから、明日の昼にはここに戻ってきていること。いい? 遅れないようにね」
  そう告げるとナミは、ロビンと共にいそいそと町へと繰り出した。何やら女性二人だけで買い物があるのだそうだ。
  サンジは、キッチンと倉庫に分散する食糧の在庫を確認してから、ゾロを連れてメリー号を後にした。買い出しと、それからちょっとした野暮用と、ふたつの用事があったのだ。



「おい……いったいどこへ行くつもりなんだ?」
  サンジが町とは反対の方向へと足を向けたところで、さすがにゾロはおかしいと気付いたようだった。
  低く尋ねると、怪訝そうにサンジをじっと凝視する。
  サンジは意味深な笑みを口元に浮かべると、軽く片手を振って返した。
「いいから、いいから。お前だって俺と同じだろ? 今度の航海じゃ、なかなか陸に上がることが出来なかった。お前だって、溜まってるんじゃないのか? ん?」
  卑猥な仕草でサンジがペロリと唇を舐める。
  サンジの言葉の意味を正確に受け取った様子のゾロは、カッ、と頬が熱くなるのを感じた。頬だけでなく、耳たぶまでもが熱い。
「来いよ。海からちらっと見たんだがな、こっちのほうに人目につかなさそうな林があるんだよ」
  そう言うとサンジは、すたすたと灌木の生い茂る中へと入っていく。
  仕方なくゾロは、その後をついていった。
  サンジほど直接的な態度を示すことはなかったものの、ゾロもまた、サンジと同じ気持ちだったのだ。



to be continued
(H16.7.16)



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