『Bittersweet』



  寝酒が欲しくて、ゾロはキッチンへと向かった。
  真夜中のゴーイング・メリー号は静かだ。
  数時間前に港入りしたメリー号のクルーたちは、クジ引きで外れを引いたゾロとサンジの二人に留守番を押し付けてさっさと船を下りてしまった。それぞれ、久しぶりの陸地を満喫するつもりでいるらしい。
  眠れないのは船内が静かすぎるからだ。
  時折聞こえる誰かのちょっとした寝言や歯ぎしりがないと、違和感を感じてしまう。いつもと違う空気に、ゾロは眠れないでいた。
  ドアを開けてラウンジに入ると、サンジがいつになく真剣な顔つきで何やらノートに書き付けているところだった。
「まだ起きてたのか」
  小さな声でゾロが言うと、サンジはノートから顔を上げた。
「それはこっちのセリフだ。お前こそまだ起きてたのか、ああ?」
  ペンの尻でトン、トン、とテーブルを叩いて、サンジは尋ねる。
「酒、あるだろ?」
  と、ゾロはスタスタとサンジの正面に腰を下ろした。
  人懐こい笑みを口元に浮かべたゾロに、サンジは残念そうに返す。
「悪いな、一滴もねぇよ。さっき全部使いきってしまってな。明日、買ってきてやるからそれまで我慢しろ」
  酒がないとわかった瞬間、ゾロは顔をしかめてサンジを睨み付けた。
  しかしそれもほんのわずかな時間のことで、すぐに気持ちを切り替えたのか、ゾロは軽く肩を竦めると「仕方ないな」とだけ、呟いた。それからテーブルに手をつくと、勢いよく立ち上がる。酒がないなら、寝るしかない。男部屋に戻るつもりなのだろう、小さく溜息を吐くとゾロはラウンジを立ち去ろうとした。
  ちらりと見えたその横顔があまりにも残念そうだったものだから……咄嗟にサンジは、口走っていた。
「あー……ちょっと待て」



  呼び止められるままにゾロはテーブルに腰を下ろした。
  眼差しだけでゾロが何の用かとサンジに問いかけると、サンジは悪戯っ子のような笑みを浮かべて冷蔵庫のほうへと向かった。
「酒はないけど、かわりのものをやるよ。目ぇ瞑って待ってろ」
  穏やかなサンジの声に、ゾロは素直に目を閉じた。じっと待っていると、パタン、と冷蔵庫のドアが閉まった。サンジの足音が近づいてくる。
「まだ、目ぇあけるなよ」
  酷く優しい声に、ゾロは少しの警戒心と心地よさとを感じ取っていた。
  目を閉じて、少し上向き加減にじっとサンジを待つ。
  唇に、ひんやりとしたものがあたった。
「ん?」
  ゾロが小さく身動ぐ。
「口、あけろ」
  耳元でサンジが囁いた。低い声がゾロの耳骨に響いて、ついつい首を竦めそうになってしまう。
「ほら、あーん」
  冷たくて、表面が滑らかなもので唇をつつかれた。焦れったそうなサンジの手つきに、ゾロはことさらゆっくりと口をあける。
「ん……」
  口の中に放り込まれたのは、チョコレートだった。噛むと、カリッという小気味よい音がして、トロリとしたものが舌の上に転がり落ちた。
  芳醇な香りがゾロの口の中に広がっていく。それから、熱が。熱は舌の上にじんわりと浸透していき、それから喉を軽く焼いた。表面の冷たさに反して、こんなにも甘くて熱いとはゾロは思いもしなかった。
「どうだ? うまいだろう」
  そう尋ねかけられ、言葉を返そうとしたところをサンジの唇でしっとりと塞がれた。



  唇を合わせているうちに、サンジの舌が口腔内へと忍び込んできた。
  サンジの舌は滑らかだ。まるで、きめの細かいシルクのようだ。何度か女を抱いたことがあるゾロだが、サンジの舌は女の舌に似ており、あまりざらざらしていないことに気付いていた。昔、ゾロが抱いたことのある女は、男の舌はざらざらしているほうが女を感じさせやすいと言っていた。その時はあまり気に留めることもなかったが、こうしてサンジの舌を感じていると、当時の女の言葉が改めて頭の中に蘇ってくる。
  滑らかな舌が口の中を行き交い、ゾロの舌を絡め取り、吸い上げた。きつく吸われると、それだけでゾロの息は上がりそうになる。
  ざらざらした舌よりも、滑らかなサンジの舌のほうがいいと、ゾロは思った。
  口付けを交わしていると、それだけで身体の芯が熱くなってくる。もしかしたらチョコレートの中に入っていたアルコールのせいかもしれない。日頃、酒を飲み慣れているゾロだったが、常に飲みつけているもの以外はあまり口を付けないようにしている。サンジの作る菓子にはアルコールを使ったものもあったが、こんなにもアルコールの味と香りがはっきりと感じられるものはあまりなかった。チョコレートの中のリキュールは、ゾロの身体の中に浸透し、火照ったような感覚をもたらしていた。
  唇が離れていくとゾロは、伏し目がちにサンジのネクタイの裾を見た。顔を見るのは恥ずかしかった。男の自分がこれしきのことで恥ずかしいと思うのも妙なことだったが、事実、恥ずかしいのだから仕方がない。だからゾロは、じっとサンジのネクタイの裾を見ていた。
「で、どうよ? 俺の作ったチョコはうまかっただろう?」
  尋ねかけるサンジの唇が、ゾロの耳元を掠めていく。
  テーブルに腰掛けたゾロよりも目線が上のサンジは、色っぽい。普段とは違うアングルでのサンジの表情に、ドキリとなる。顎のラインや唇、目元をちらちらと上目遣いに盗み見ながらゾロは、どこか困ったような表情で俯いている。
「勿体つけてんじゃねぇよ」
  そう言ってサンジは、ゾロの顎に指を這わせた。人差し指で顎をくい、と持ち上げると、親指で肉薄のゾロの唇をゆっくりとなぞる。
  無意識なのかゾロがわずかに口を開くと、すかさずサンジの舌が、ペロリとゾロの唇を舐めた。
「うまかっただろう?」
  尚もしつこくサンジが尋ねると、ゾロはこくんと首を縦に振った。
  ラウンジの薄暗い照明でも、俯きがちのゾロの顔が赤らんでいるのがわかる。
  サンジは口元に笑みを浮かべた。






To be continued
(H16.1.26)



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