プリンと花束 1

  誕生日の次の朝、ウソップが目を覚ますとハンモックの中に煙草のケースが転がっていた。
  髑髏マークの入った、サンジのお気に入りの煙草だ。持つと中にはまだ何本か煙草が残っているようだ。
  ハンモックの中でうーん、と軽くのびをして、ウソップは床におりた。他の連中はまだ眠っている。足音を忍ばせて、男部屋を後にした。
  顔を洗って身支度を整えると、キッチンへと向かう。
  甲板にあがると日差しは目が痛くなるほど眩しい。まだ朝も早い時間帯。いつもならウソップも眠っているはずの時間だが、今朝は何故だか目が覚めてしまった。空を見上げて、ふと思う。今日は一日、こんな天気なのだろうか、と。
  顔の前で手をかざして陽光を遮った。
  目をすがめてキッチンに飛び込むと、たまたまこちらを向いていたサンジとしっかり目が合う。
「あ……」
  二人して、同時に何か言いかけて止めてしまった。
  少しの躊躇いの後、サンジのほうから口を開いた。
「早えぇな、今朝は」



  気まずい思いをしているのは、ウソップ一人だけではない。
  多分、きっと。
  サンジのほうがどちらかというと、ウソップよりも気まずい思いをしているはずだ。
  どう返そうかと黙り込んでいると、サンジが小さく笑いかけてきた。
「他の連中が起きてくるまでまだ時間があるし、何か食べるか?」
「お……おうっ」
  返す言葉が、微かに震えている。
  サンジのほうはとウソップが見ると、ホッとしたような安心したような何とも曖昧な表情で、それでもポーカーフェイスを保とうと、何でもないふりを装っている。
「じゃあ、これでも食ってろ」
  冷蔵庫からサンジが出してきたのはプリンだった。ちょうどいいぐらいに冷えたプリンは見た目にも可愛らしく、柔らかそうだ。
「あー……ええと……」
  どう言おうかとウソップが躊躇っていると、サンジはにかっと歯を見せて笑った。
「とりあえず食え。それから、昨日の言い訳を聞いてやる」
  悪意のないサンジの笑みが、ウソップには空恐ろしかった。



  昨日、四月一日はウソップの誕生日だった。
  ゴーイング・メリー号のクルーあげての馬鹿騒ぎで、一晩中、食って、飲んでのお祭り騒ぎが繰り広げられた。
  主賓のウソップは皆の引っ張りだこで、もみくちゃにされ、深夜を過ぎる頃にはすっかり疲れ果てていた。
  約束を忘れていたわけではない。
  サンジとの約束は、ずっと朝からウソップが楽しみにしていたものだ。
  皆からのプレゼントももちろん、有り難く受け取った。海の上ではあったが折良く天候にも恵まれ、甲板で無事に誕生日を祝ってもらうことができた。
  さんざん騒いだウソップはその後、サンジと二人でこっそりと甲板を後にし、格納庫にしけ込んだ。サンジからの誕生日プレゼントは、二人でイチャイチャすることだった。先月、サンジの誕生日の少し前に晴れて恋人同士になった二人は、兼ねてからウソップの誕生日に格納庫での初エッチを計画していた。
  もちろん言い出したのは、サンジのほうからだ。
  二人で格納庫に入ったところまでは、はっきりと覚えている。
  それからキスをして、二人でじゃれ合った。互いの身体に腕を回し、顔中と言わず、至る所にキスをして。
  それから……
  ウソップが最後に覚えているのは、自分の上に馬乗りになったサンジが、幾度となくキスをしてきたことだ。
  舌を吸い上げるサンジは嬉しそうで、この上なく優しい蒼い眼差しでウソップを見下ろしていた。
「……──」
  何か、サンジが呟いたような気もする。
  しかウソップの記憶はそこまでで途切れている。



「ごっ……ごめんなさいっ! スミマセンでした、サンジ様!」
  プリンを食べ終わったウソップは、真っ直ぐにサンジの目を見て謝った。
「ほーぅ。……そうくるか」
  低く、唸るような声でサンジは呟く。テーブルの端にすとんと腰を下ろし、ウソップの顔を上から覗き込むサンジは無表情だ。シャツの胸ポケットから煙草を一本取り出すと、殊更ゆっくりと燻らせる。
  ウソップのほうは全身から脂汗をたらたらと流している。そんなにビクビクしなくてもいいのに、何をビビッているのだとサンジはさらに苛々を募らせた。
「で?」
  ぎょろりと、蒼く冷たい眼差しがウソップを睨み付ける。
「どうしてくれるんだ、夕べの落とし前」
  言外に、高くつくぞとの威嚇を込めてサンジ。
  怒っているのは火を見るよりも明らかだ。あの後、記憶にはないが、サンジはウソップを男部屋まで連れ帰ってくれたのだろうか? それとも……と考えて、いやいやとウソップは首を横に振る。サンジ以外の誰かが、何故、ウソップを男部屋まで運ばなければならないのだろうか。しかもご丁寧に、乱れたウソップの衣服を整えてハンモックに寝かせてくれるところまで、サンジ以外の誰がしてくれるというのだろうか。
  だらだらと脂汗にまみれながらウソップは、口の中にたまった唾をごくりと飲み込んだ。
「い……以後、気を付けます……です! だから……──」
  机に両手をつき、ウソップはとぎれとぎれに言った。頭を下げて、額を机にすりつける。サンジのことだから、一発どころではなく、十発や二十発は軽く蹴りが入るかもしれない。
  そんなに蹴られたら死んでしまうかもな、などと思いながらもウソップは身じろぎひとつしようとしない。
  ウソップもサンジも男だったが、昨夜の場合、ウソップがサンジに恥じをかかせたことになる。と、なると、ここはひとつ、潔く……男ウソップ、花を咲かせるべきだと腹を括ってじっと固まっていると、サンジがテーブルからおりる気配がした。
  ──ど……どどど、ど、どうしよう……やっぱ恐えぇっ!
  脂汗に混じって冷や汗までもが毛穴からどっと溢れ出す。心臓が早鐘を打っている。
  両の拳を握りしめ、ぎゅっと目を閉じてサンジの蹴りを待っていると、不意に背中から抱きしめられた。
「だから?」
  耳元に、ふーっ、と煙草の煙を吹きかけられた。ウソップは恐る恐る目を開けた。怒っているのか、それとも怒っていないかの判断がつかないほどに感情のこもらないサンジの声は、鳥肌が立つほど恐ろしい。
「だ……だからっ、その、チャンスをくださいっ! 今夜、もう一度……」
  ウソップがそう言うと、やわらかなキスが肩口にひとつ、落とされた。



To be continued
(H16.4.12)



US ROOM       1