共有時間2

  昼食の席でウソップは、ゾロのことが気になって仕方がなかった。
  一口食べてはゾロを見て、二口食べてはゾロを見て……食べるのもそこそこに、ウソップはゾロの様子を観察していた。
「しっかり食えよ」
  女性二人に給仕をしながらもサンジは、ウソップの落ち着きのない様子に気付いているようだった。ウソップの皿にだけ茸類を山盛りにした野菜炒めを、ドン、と差し出す。
「さあ、食え。強くなれねえぞ」
  ウソップが絶句している間にも、サンジはルフィのおかわりの世話に忙しい。
「どうかしたの、長鼻君?」
  あまりの落ち着きのなさに、ロビンが問いかける。
「え? あ…ああ、別に、何でもないよ」
  おざなりに言葉を返すと、ウソップは茸だけを別の皿に選り分けて、好きなものを口へと運んでいく。
「おいウソップ、茸も食え。残さずな」
  明後日の方向を向いているくせになんでわかってしまったのだろうかと訝しみつつ、それでもウソップは野菜炒めの山から茸を抜き出している。サンジの料理がおいしいのは当たり前だが、茸だけはどうにも食べる気にならないウソップだ。
  食事を終えても結局、ウソップはゾロのことが気にかかって他のことが手つかずになっていた。
  午後の日差しは強かったが、それでもウソップは甲板に居座った。影になったところは女性陣が陣取っている。船尾のほうではゾロがトレーニングをしているとなると、ウソップには日差しの照りつける場所しか残されていなかった。
  いつもならキッチン脇の工房でのんびりと作業を進めるのだが、今日はそんなわけにもいかない。なにしろ、キッチンに行くとサンジと二人きりになってしまうのだから。
  汗ばむどころか、汗がだらだらと伝い落ちるほどの天候の中、ウソップは前日の作業の続きを再開する。
  精密用の工具を手に、ウソップは懐中時計をじっと睨み付けた。



  作業の途中で、いつしかウソップは眠り込んでいた。
  汗だくになって甲板でジリジリと太陽に焼かれているところを、親切な誰かが影を作ってくれたらしい。シャツに棒をさしたものを樽にくくりつけた即席の簡易パラソルが、のんびりとはためいている。
  眠りから覚めると、涼しやかな影と時折通り過ぎていく潮風が心地よく、ウソップは大きく伸びをした。
  起きあがると、頭の側に置かれた小さなバスケットに、よく冷えたソーダ水とドーナツが入っていた。サンジからの差し入れだ。
「あ、起きた!」
  ルフィの声が聞こえた。そう思った時には既にチョッパーと連れだってルフィは、ウソップの側にやってきていた。
「なあなあ。そのドーナツ、くれ」
  物欲しそうな顔で、ルフィが言う。
  ダラダラと滝のように涎を垂らしながら、今にもバスケットごとペロリと食べてしまいそうな様子をしている。
  ルフィはいつから、このバスケットを見ていたのだろうか。そんな疑問がふと、ウソップの頭の中に沸き上がり、消えていく。
「あー、ええと…──食うか?」
  ウソップがポソリと口にした瞬間、ルフィは目にもとまらぬ早業でバスケットに手を伸ばし、中身を口の中に詰め込んでいた。あっと言う間の出来事だった。
「うおっ、すげえぇぇぇ」
  感嘆の眼差しで、チョッパーはルフィを見上げている。
  ウソップはというと、そんな二人の様子にも興味のないような眼差しで小さく溜息を吐くと、工具類の入った箱をちらりと覗いた。
  眠る前はあたりに散乱していたはずの工具類が、これも箱の中にきれいにまとめて入れられていた。
  サンジに、何と言えばいいのだろうか。
  いや、それよりも、サンジと顔を合わせることそのものが、酷く気まずいことのようにウソップには思われてならなかった。



  続く数日の間、ウソップはサンジを避け続けた。
  さりげなくルフィやチョッパーと一緒にふざけているウソップを見る限り、どこもかわったところはないように見えたし、仲間たちは気付きもしなかったが、ウソップは徹底的にサンジと二人きりになるのを避けた。
  サンジと言葉を交わすのは、仲間がいる時だけ。手伝いをする時には必ずチョッパーを間に挟み、夜の甲板で言葉を交わすこともしなくなった。
  避けられたサンジはサンジで、知らん顔をしている。
  サンジはと言うと、心の内ではウソップのことを気にしていた。だが、このところウソップが眉間に皺が寄ってしまうほど悩んでいるくせに、自分ひとりで解決したがっていることが何とはなしに見て取れたため、知らん顔を決め込んだのだ。
  それが逆に、ウソップに孤独感を与えた。
  いつもならさりげなくサンジに話していたこと、相談していたことがいきなり、自分一人の胸の内に溜め込まなければならなくなってしまった。いわゆる気持ちの捌け口というのが、なくなってしまったのだ。サンジに話したいことや伝えたいことが少しずつ胸の中に落ちてきて、飽和状態へと近付いていくと、ウソップは一人でふさぎこむようになってしまった。
  サンジに話したい。昨日のこと、朝起きてからのこと、食事のこと、作業中の懐中時計のこと……それらすべてをウソップは、胸の中にひとつひとつ溜め込んでいく。
  そのうち、自分は見捨てられたのだ、やはりサンジはゾロと付き合っているのだという自分勝手な思い込みが、ウソップの中では次第に大きく育ってくる。ウソップの中ではすでにサンジはゾロと恋人同士で、自分は捨てられた可哀想な悲劇の男になってしまっていた。
  と、同時にウソップは、いっそう頑なにサンジと口をきこうとしなくなっていった。
  まるで歯車がうまく噛み合わずに不協和音を奏でるように、ウソップは、孤独に陥っていく──



  翌日の昼過ぎに、船は小さな名前もわからないような島に到着した。
  ログが溜まるまでは一日半必要らしいと聞いた仲間たちは、それぞれの思う場所へと散っていった。
  船に残されたのは、ウソップとサンジの二人だけだった。
  ぎこちない空気が漂う中、サンジは黙々と雑用を片付けていく。
  ウソップもまた、黙って甲板で懐中時計の仕上げに取りかかる。もうあと少しで、懐中時計が完成する。そうしたら、この懐中時計はサンジにプレゼントしよう。もしかしたらもう、サンジには必要のないものかもしれないけれど。
  そんなことを思いながら、ウソップは小さなネジをくるりと締める。
「──何やってんだ?」
  不意にサンジが、ウソップの手元を覗き込んできた。
「えっ、わっ、あ……わわわわっ!」
  耳元でしたサンジの声に過剰反応しすぎたウソップの手の中から、懐中時計が勢いよく飛び出す。
「やばっ……!」
  慌てて時計を空中でキャッチしようと手を差し伸べた瞬間、ウソップはサンジの肩に軽くぶつかった。
「……ああっ!」
  カシャン、という響きを立てて、懐中時計が甲板に落ちた。
「あああ……せっかくここまで作ったのに……」
  押し殺したような声でウソップは呟くと、時計を拾い上げた。
「あ……悪かった。邪魔した…か?」
  ぎこちない表情のサンジに、ウソップはかぶりを振る。
「気にすんなよ。俺が、悪いんだ」
  そう返すとウソップは、懐中時計を手の中に大事そうに包み込み、男部屋へとおりていった。



To be continued
(2007.8.30)



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