LOVE IS 1

  内股の軟らかい肉を掴まれ、サンジはブルッと身震いをした。一瞬、別の男の手を思い出し、吐き気を感じたのだ。
「こっちを見ろ。ほら、もうこんなになってる」
  あの男と同じ言葉を、ゾロは口にした。
  サンジは両手で耳を塞ぐと、ぎゅっと目を閉じた。
「聞きたくない。アイツの言ったことは、思い出したくもないんだ……」
  言いながら、サンジの目尻に涙が滲んできた。
  ゾロは慌てて口を閉じ、サンジのほっそりとした色白の体をそっと抱き締めた。体の震えがおさまるまで、ゾロは辛抱強く待った。それから、脅かさないようにゆっくりと、サンジの手を耳から外させた。
「お前……もっと、強くなれ。シャンクスの言葉を忘れたのか? バラティエ公国は今、内部に沸いたウジ虫共に翻弄されている。跡継ぎのお前がそんなでどうする、あ?」
  耳元で、言い聞かせるようにゾロが囁いた。
  公国を発つ直前に、シャンクスが言っていた。バラティエの内部にはウジ虫が蔓延っているのだと。王の補佐官がウジ虫の親玉だろうとシャンクスは言っていた。そう言えばゼフ王の相談役でもある女官長のロビンも、同じようなことを言っていた。あの短い滞在期間でシャンクスがどこまでゼフ王と話ができたのかは定かではないが、ロビンが一枚噛んでいるのはゾロにもわかっていた。
  ゾロの言葉にサンジが、恐る恐る目を開けた。ガラス玉のような青い目が、涙で滲んでいる。
「ウジ虫共を一掃するために、お前は外へ出されたんだぞ」
  少なくともロビンは、補佐官一派の目が、公国の外へ向かうように仕向けていた。これまでゼフ王が手も足も出せずにいた状況を改善すべく、あの女はシャンクスと王との橋渡しをした。ウジ虫に取り込まれそうになっていたサンジを囮として外に出すことで、逆に王が自由に動くことができるようにしてやったのだ。
「あ……」
  困惑したような眼差しでサンジは、ゾロを見つめた。
「手筈はわかっているだろう?」
  優しく尋ねかけると、サンジは従順に頷いた。
「お前は、自分の役割をこなせばいい。後は……」
  と、ゾロは、サンジの頬に唇を落とした。
「他の連中に任せるしかねえ」
  嘘は、言えなかった。任せて、その先どうなるかなど、ゾロにもわからない。
  しかし状況がかわる可能性は大いにあった。
  シャンクスは独立国家フーシャの総統だ。わずかな仲間と共に反乱を起こし、現在の地位におさまった。内部の争乱はそこここで日常的に起きていたが、以前に比べるとずっと治安も生活水準もよくなっている。そういう、機知に長けた男がバラティエ公国に手を貸しているのだ。
  それに、ゾロとしてはあまり好ましく思ってはいないものの、バラティエの女官長ロビンも、なかなかの策謀家だ。あの女こそが、継ぎの王子であるサンジを囮にすることを考え出した張本人だ。自分が仕える主人の跡継ぎを囮にするなどという臣下など、聞いたこともない。しかもその間に、宮廷に蔓延る補佐官一派を始末するつもりでいるのだ、あの女は。今の公国にそれだけの計画を立て、実行することのできる人間がいるかというと、残念ながら彼女しかいないだろう。
「心配するな。すぐに帰れるさ」
  そう言ってゾロは、サンジの体への愛撫を再開した。
  腰の高ぶりを押し付けると、サンジのペニスからはすでにダラダラと先走りが溢れていた。
「挿れても大丈夫か?」
  ゾロが尋ねると、サンジは頷いた。



  バラティエ公国を後にして以来、二人をつけてくる者たちの影があった。
  連中は一定の距離をとって、執拗に二人の後をつけてくる。
  何もかもが、ロビンの予定どおりに動いていた。まるで彼女の手の上で踊らされているようで、ゾロはあまりいい気がしなかった。
「……どうだ、体の調子は」
  先を進むサンジに、ゾロは声をかけた。
「別に……。それより、この馬はあまりいい馬じゃないな」
  気に入らないという風に顔をしかめて、サンジは返す。
  公国を出立する時に、ゾロは馬を用意した。サンジは自分の馬に乗ると言い張ったのだが、ゾロは頑として許さなかった。そもそも、ロビンからしてサンジに私物はひとつとして公国から持ち出すなと言い聞かせている。馬を連れて行くなどと言ったら、とんでもないことになっていただろう。
  小さく舌打ちをすると、ゾロはちらりと前を進むサンジの華奢な背中を見つめた。
  宮廷でのサンジは、補佐官の監督の下、日々を過ごしていた。稀に見る有能な補佐官だという噂だったが、ゾロの見た補佐官は、噂とは違っていた。あの男は、公国を手に入れるため、継ぎの王子であるサンジに薬を盛っていたのだ。公国を出たことでサンジは、ここ数日は補佐官の薬は一切口にしていない。薬の毒気が抜けるまで何日かかるのかはわからなかったが、はっきりとわかっていることは、いまだにサンジは薬に体を蝕まれているということだ。
  薬のことを考えると、ゾロは腹の底から怒りが沸き上がってきた。
  サンジは、自分が薬を盛られていたことにすら気付いていなかった。それどころか、処方された薬を何の疑いも抱かずに、指示されたとおりに律儀に服用していたのだ。薬は、サンジの体を弱らせ、思考力を鈍らせていた。ゼフ王が宮廷での不穏な動きに注意を払っている時に、サンジは、薬の効力とやらで夜となく昼となく補佐官の前で尻を振っていたのだ。
  フーシャ国への旅の道中を護衛することになったゾロは、サンジの体の毒を抜くこともシャンクスから命じられていた。
  与えられた日程は、十日。十日後には、この旧街道は大きな運河に出る。そこからフーシャへ行くのではなく、仲間たちと合流して船で南へ下る。先に公国を発ったシャンクスたちとは合流せず、シャンクスの養子に入ったエースやルフィたちと合流する手筈になっていた。サンジとゾロが二人きりで旅をするよりも、同じ年頃の者が一緒に旅をしているほうが目立ちにくいだろうというのが、シャンクスの意見だった。
  二人は夕刻までかかって黙々と馬を歩かせ、時には駆けさせ人目を避けて旅を続けた。幸い、旧街道を使う人間は少なかった。新街道には旅籠や農家が点在しており、人通りも多く、歩きやすい道が続いていたが、旧街道はそうではなかった。何十年か前に疫病が流行った折に、ポツリポツリと建っていた旅籠や農家が壊滅してしまったのだ。それだけではない。旧街道は盗賊も多く、大の男でも一人歩きは危険だとされていた。
  何とかして追っ手をまくことはできないかと、そんな道をゾロはあえて選んだのだった。



  街道から少し外れると、小川が流れていた。
  薬で一時的に衰えているとはいえ、サンジの記憶はなかなかのものだった。
  地図で見ただけでしかない旧街道の要所を、サンジは知っていた。ロビンに教えてもらったことがあるのだと言っていた。
  小川には、狩猟用の小屋が建てられていた。
  小屋の中に埃が積もっているところを見ると、今の季節には誰もいないらしい。
  ゾロは小屋にある唯一の窓を少しだけ開け、表の空気を取り込んだ。
「メシは……」
  夕方になると薬の副作用が始まるサンジが、微かに震える声で尋ねてきた。
  ゾロは、サンジの様子を観察した。
  目が、少し熱っぽいようだった。手が震えているのはいつものことだから、きっと毒気はまだ抜けないのだろう。声も、どこか上擦ったような様子をしている。
  まだ宮廷にいる時に毒消しはないのかとロビンに尋ねたところ、バラティエ公国には今はないと返された。ゾロが宮廷付きの医師長の不在を知ったのは、公国を発つほんの少し前のことだ。どのような手を使ったのかはわからないが、補佐官はどうやら、医師長を亡き者にしてしまったらしい。
  ゾロは荷物の中から干し肉を出した。小屋の中には暖炉があったので、薪を焚きつけて小さな火を燃した。
  ゾロが食事の用意をしている間、サンジはゾロのすぐ側で膝を抱えてじっと座り込んでいた。手が、震えているのが見て取れる。また、薬が切れてきたのだなとゾロは思った。
「今のうちに食っておけ」
  軽く焙った干し肉と、白湯をサンジに手渡した。
  サンジは血走った目でギョロリとゾロを見上げると、手渡された食事に口をつけた。



  簡素な食事を終わらせる頃には、サンジの手の震えはさらに酷くなっていた。
  それでも、泣き言ひとつ口にせずにサンジはじっと堪えている。宮廷にいた頃にはすぐに薬に頼っていたサンジだったが、薬の正体を知らされた途端、固い意志でもって薬を遠ざけている。
「辛いか?」
  小屋の隅に置かれたベッドの具合を確かめながら、ゾロは声をかけた。
「……少し」
  唇を震わせながら、サンジは返す。
  この強情なところがゾロは好きだった。それでも、結局はゾロの手を借りなければならないということは二人ともよくわかっていた。
  サンジによると、薬を服用した直後と、薬が切れる時の症状は似ているらしい。麻薬と催淫剤を混合したような感じだと、サンジから聞いている。そしてどちらの時も、苦しさを紛らわせるために誰かに抱いてもらわなければならなかった。
「──来いよ。辛いんだろ」
  あの震え方からすると、少しどころではないはずだ。
  ゾロはベッドの上をポン、と叩いてサンジの顔を見た。
  サンジの呼吸は速くなっていた。



To be continued
(2007.9.2)



                                                


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