LOVE IS 4

  ゾロの口の中に一度出してしまうと、そこから先は翻弄されるばかりのサンジだった。
  痛いぐらいにペニスを吸い上げられ、舌先で尿道口をほじくり返された。
  ピクピクと腹筋を震えさせながら、サンジは声を洩らすまいと唇を噛み、手の甲で口を押さえる。
  ゾロの舌は容赦なくサンジを責め立て、高みへと追い上げていく。
「ぁ……痛っ……」
  大きく背をのけ反らせた瞬間、思わずサンジの口から声が洩れた。
「ん?」
  怪訝そうにゾロは動きを止めると、サンジの顔を覗き込んだ。
「──痛いか?」
  尋ねる声に、サンジは小さく笑った。
「背中が。小石が刺さって、痛いんだ」
  そう言ってサンジは、ゾロの首にしがみついていく。
  悪かったな、とか何とかゾロは口の中でボソボソと呟き、サンジの体を引き起こしてやった。
  サンジは、ゾロの膝の上に座らされた。かさついた手で背中の砂や小石を払ってもらい、いつになく優しい口づけをされた。舌が入り込んできて、サンジの歯の裏を丁寧に舐めていく。ざらざらとしたゾロの舌に強く舌を吸い上げられ、サンジの息は苦しくなった。
「んっ……」
  後退ろうとしてサンジは、咄嗟にゾロの胸板を手で押し返していた。
  手のひらに、わずかに盛り上がった肉の感触がして、サンジは目を開ける。暗がりの中では見えるはずもないが、手のひらで肉の盛り上がりをそっとなぞっていく。
「面白いか?」
  尋ねながら、ゾロの唇はサンジの鼻のてっぺんを掠めた。
「……大きな傷だな。こんな風に痕が残るなんて、思ってもいなかった」
  サンジは、この傷が女官長の手によって縫合され、少しずつ回復したのを知っている。そもそもの始まりは、公国の国境に近い森の中で倒れていたゾロを、サンジが見つけた日に遡る。あの日、気紛れに助けた見ず知らずの男にサンジは今、助けられ、フーシャへと向かっている。人の巡り合わせというものは不思議なものだとロビンは言っていた。まったくそのとおりだと、サンジも思った。
  それにしても、こんな風に痕が残っていることに、サンジは今の今まで気付かなかった。きっと、ゾロに抱かれる時は自分自身が切羽詰まっていて、それどころではなかったのだろう。
「──俺の命は、お前に助けられたようなモンだ」
  不意にゾロはそう言って、サンジの胸に唇を寄せる。
「俺はフーシャの剣士だが、お前のためならいつでも剣を振るうだろう」
  チュ、と音を立てて柔らかい肌を吸い上げられ、サンジは体をピクン、と弾ませた。
  ゾロは、微かに笑っていた。



  翌朝、まだ湿り気を帯びた衣服を身につけたサンジは、率先して出発の用意に取りかかった。
  薬が抜けてすっきりとした頭でいる時間のほうが多くなってきたことが実感でき、この日ばかりはサンジの癇癪もなりを潜めていた。
  朝食に、昨夜の残りの肉を食べてしまった。剥いだ毛皮は、昨日のうちに川の水で血を洗い流してあった。少しばかり湿っていたが、ゾロはそれをできるだけ小さく畳んで荷物の中にしまい込んだ。
  焚き火の跡に土をかけて埋めると、二人が野営をした痕跡はきれいに隠された。
  ゾロは、始終無言だった。快活な様子のサンジを見ても特に言葉をかけるでもなく、不機嫌そうにどこか遠くのほうを睨み付けている。
  川に沿って街道を進んだ。いつもと同じような朝だったが、サンジだけは昨日とうってかわったように元気だった。
「あんまりはしゃぐなよ」
  途中、何度かゾロが注意を促した。
  サンジはその言葉をあまり深く気にせず、右から左へと聞き流していた。
  昼は、廃墟の片隅で休憩を入れた。かつては畑だったと思われる場所では、人参や芋が野生化していた。二人で食べるには充分な量の人参と芋を掘り起こすと、廃墟の隅に残されていたかろうじて使えそう鍋に水を張り、ぐつぐつと煮込んで食べた。
  悪くはない味だった。機嫌よく二人で鍋の底までさらえてしまったものの、その直後にサンジは全て吐き戻してしまった。
  今食べたばかりのものを吐きながらサンジは、ゾロが仕方がないなと言いたそうな眼差しで見つめていることに気がついた。
「うぇぇ……」
  冷静に考えると、今回は胃液までは吐かなかった。それだけでもマシだったと思ったほうがいいのだろうか。
  廃墟を後にする時に、サンジは恨めしそうに空になった鍋を睨み付けたのだった。



  体力がなかなか戻らないこともまた、サンジを苛立たせていた。
  毒気が抜けてきて気分がすっきりしてくると、それだけで体が思い通りに動くようになったと思いこんでいたサンジは、すっかりあてが外れた気分だった。
  その日も結局、たいして旅の行程をこなすことはできなかった。当初の予定からすでに二日も遅れてしまっている。どこで、どうやってこの日数を取り戻せばいいのか、考えただけでも嫌になる。そして自分がこの足手まといの原因になっているのだと思うと、それだけでサンジの気分は深く滅入ったものになった。
  さらに夕暮れ時になってサンジは初めて、追っ手がかなり近くまで迫ってきていることに気がついた。
  ゾロ曰く、狩猟小屋で一晩を過ごしたあの夜から、追っ手は二人のすぐ後ろをつけてきていたらしい。
  夕暮れの闇の中でサンジは、馬のいななきと蹄の音を耳にした。
  追いつかれるのではないか、見つかったらどうなるのだろうかという恐怖感がサンジの気分をいっそう沈んだものにした。
  ゾロはしかし、追っ手のことなど気にも留めていないようなのんびりとした様子をしていた。
  心配ない──と、そう、ゾロは告げた。
  自分とそんなに歳のかわらないゾロに言われると、不思議な感じがした。
  継ぎの王子の自分は王の補佐官にいいようにあしらわれていたというのに、一緒に旅をしているこの男は幼い頃から剣を振り回していたという。シャンクスの秘蔵っ子の一人だと、ゼフ王も言っていた。
  比べれば比べるほど、二人の差は大きくなっていく。
  不甲斐ないのは、自分自身だ。継ぎの王子だというのに、サンジはこの旅のお荷物でしかない。
  片やゼフ王や女官長、シャンクスから絶大なる信頼を寄せられ、この旅において全てを一任された剣士、ゾロ。
  自分たちは、何と遠い存在なのだろうとサンジは思った。



  体に残った薬は、いつまで副作用をもたらすのだろうか。
  いい加減、この厄介な体にも慣れてきた。
  副作用を起こす頃合いを感覚で知ることもできるようになった。調子がいいうちに旅の距離を稼ぐことも覚えた。
  それでも、先は遠かった。
  一日、一日と旅程がずれていくことにサンジは怯えた。旅程が遅れれば、それだけ危険も多くなるということだ。ゾロの仲間達と合流する頃には、遅れた分の危険が積み上げられていることになる。
  今、体が思うように動かないことがサンジには辛かった。
  薬の副作用に苛まれるとは、ゾロに抱かれなければならなかった。それが嫌で、あまりにも自分が惨めに思えて、サンジは、常にギリギリまで自分を偽っていた。自分はお荷物ではないと証明したくて、多少の不調には目をつむり、ゾロと同じように道を進んだ。
  男の自分が同じ男に抱かれて、レディのように感じている。自分はいったいいつから、そんなに弱い男になってしまったのだろうか。
  ──強くならなければ。
  いつか、公国に戻る日のために、強くならなければ。
  向かい風から顔を背けるようにしてサンジは、後ろを振り返った。
  一瞬、公国の懐かしい森の裾が、はるか遠くに霞んで見えたような気がして、サンジの目の奥がじわりと熱くなった。
「おい、行くぞ?」
  先を行くゾロが声をかけている。
  サンジは前に向き直ると、馬を走らせゾロの馬隣りに並べた。
「まだ、遠いのか?」
  尋ねるサンジの声に、何故かゾロはニヤリと笑った。
「もう少しだ」



To be continued
(2007.9.12)



                                                


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