『TANGIBLE 2』



  気配は一つとしてなかった。
  バスルームに誰かが潜んでいたという気配もなければ、人が入ってきた気配もなかったはずだ。
  それなのに今、サンジは何者かに背後から羽交い締めにされていた。
  サンジの喉に回された腕が、ぎりぎりと締め付けてくる。これは……この感覚は間違いなく、現実のものだ。
  苦しさにすがめていた目をしっかりと見開くと、薄ぼんやりと鏡に人の姿が映って見えた。
  ──……俺?
  鏡の中に映るのは、自分と同じ姿をした、男。
  間違いない。金色の髪も、淡い水色の瞳も、それからこの、馴染みのある手も。何もかも間違いない。これは、この鏡に映る姿の男は、紛れもなく自分自身なのだから。
「は……はな……せ……」
  喉の奥から何とか声を絞り出すと、鏡の中の自分はにやりと口の端を引きつり上げた。
「よう。満足しているか?」
  無感動な眼差しはそう問いかけると、じっとサンジを見つめる。
  洗面台の縁を掴む自身の手が、汗でぬるぬるとして滑りそうになる。
「満足さ、もちろん」
  苦しい息の下、掠れた声でそう返した瞬間、耳たぶに痛いほど歯を突き立てられた。



「……ぁ……ひっ」
  短い喘ぎが洩れた。
  汗で滑る手に力をこめ、サンジは洗面台にしがみついている。
  鏡の中のもう一人の自分は、前戯もなしにサンジの後孔をいきり立ったもので貫いた。
  何時間も前のゾロとの情交は、サンジに痛みだけを残していた。今し方、背後から挿入された時にどこかしら裂けたのか、じんわりとした痛みがサンジの意識を明瞭に保ってくれている。
「お前は、本当に満足なのか?」
  また、もう一人の自分が問うた。
「ここをこんなにして、こんなにも淫らな唇で息をしているお前が満足しているようには見えねぇな」
  そう言うと背後に立つもう一人の自分は、ゆっくりと大きく、弧を描くように腰を動かし始めた。
  腹の中がぐちゃぐちゃに掻き回されるような嫌な感触に、サンジは軽い吐き気を覚えた。痛みと不快感だけがサンジの中を支配している中、不意にゾロのことが頭の隅を掠めていった──アイツなら、こんな抱き方はしない。アイツなら。絶対に……。
  中途半端に勃起しかかったペニスがもどかしい。
  自分と同じ顔の相手に勃つわけがなかったが、それでももう一人の自分は的確な愛撫を加えてくる。そのまま流されて、わけもわからないままにイかされることがなかっただけまだマシかもしれない。洗面台の縁に前のめりになって体重をかけ、サンジは、もう一人の自分の精液を身体の中に感じた。



  つー、と尻の孔から太腿を伝い落ちる感触に、サンジの背中が凍り付く。
  もう一人の自分は執拗に精液をサンジの中に注ぎ込んだ。最初は、奥のほうに。ついで入り口のあたりをペニスの先でぬるぬるとなぞり、亀頭だけを挿入して射精した。
  何度か中に出されているうちに、腹に収まり切らなくなった精液が結合部から溢れだしてきたらしい。それが、太腿を伝っていったあの感触だ。
  最後にサンジの奥にもういちど精液を叩き付けると、満足したのか、サンジと同じ顔をした男はようやく身体をはなしてくれた。それからしばらくは二人とも荒い息をしていた。
  もっとも、サンジのほうは腹の中にぶちまけられた精液が苦しくて、動くこともままならない状態だったのだが。
「よかっただろう?」
  男が、言った。
  サンジの顔、サンジの手、サンジの声。何もかもサンジとうり二つだというのに、何故、こんなにも嫌悪感を感じてしまうのだろうか。サンジは弱々しく首を横に振ると、鏡越しに男を睨み付けた。
「……よかっただと? はっ。満足するにはほど遠いんだよ、クソ野郎」
  言った瞬間、肩口をぐい、と引き寄せられた。よろよろと、思うように力の入らない足で踏ん張りながら、サンジは背後の男に体重を預けてしまう。不本意だったが、そうしなければ転んでしまいそうだったのだ。
「じゃあ、次はこっちだな」
  男はそう言うと、腕の中でサンジの身体をくるりと半回転させ、洗面台に腰掛けさせる。
「満足させてやるよ」
  にやりと、サンジとそっくりの顔の男が笑う。
  いやな笑みだ。
  サンジがつい、と明後日の方向へ顔を背けると、男は鼻先で微かに笑った。



  男の舌が、ゆっくりとサンジのものを舐めあげた。
  過去に経験したことのある女性のように滑らかな舌だ。それが、少し痛いぐらいにサンジの竿を吸い、口の端で扱こうとする。逃げようとするのだが、逃げられない。洗面台に腰掛けたサンジの尻からは注ぎ込まれた精液がだらだらと溢れだしている。足で相手の肩口を蹴ろうとしたところ、素早く肩に担ぎ上げられ、余計に尻の奥が男の視界に晒されるような格好にされてしまう。
「おっと。おとなしくしてろよ。満足させてほしいんだろう?」
  わかったような顔をして、男が言う。
  そのまま男は、指をサンジの後孔に潜り込ませた。中から逆流してくる精液が潤滑剤となり、指はするりと中に入り込んだ。
「すぐだからな」
  と、男が言う。
  サンジは弱々しく身体を後ろに引こうとした。不安定な体勢のせいで、要らぬところに力が入る。入り込んだ男の指をぎゅっと締め付け、その途端サンジは、内壁を大きく抉るようにして引っかかれた。
「は……ぅあ……!」
  身体がビクン、とひと跳ねする。
  男はさも嬉しそうに鼻を鳴らして、サンジのペニスを口で扱く。その合間に舌先で、亀頭の縁や割れ目の入り口を強弱をつけてつつき、サンジの口から卑猥な溜息を零れさせる。あいているほうの手はサンジの玉袋を揉みしだき、中に潜り込んだ指は、自由奔放に蠢いている。
  前立腺の裏側を痛いほどぐりぐりと圧迫されるとサンジの身体はビクビクとなり、ともすると洗面台からずり落ちそうになる。必死になって洗面台の縁にしがみついていると、後孔から男の精液が溢れだしてきた。
  「あ……あぁぁ……」






to be continued
(H16.5.25)



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