『TANGIBLE 7』



  船内に二人のサンジがいることが当たり前の日常になってきた。
  ゾロは、もうひとりのサンジを相手にもしなかった。その視界に入れていないのではないかと思うほど、ただひたすらに無視し続けている。ロビンはどちらのサンジにも同じように接していたが、こちらは、どちらかというと二人のサンジの区別ができているのかいないのかがわかっていないような様子だった。他のメンバーたちはどこか他人行儀な接し方をしていたが、ルフィだけはいつもののほほんとした様子で一方的に打ち解けている。
  そしてサンジ自身はというと、戸惑っていた。
  ある日、いきなり自分とそっくりな……いや、自分自身が現れたのだから、仕方がないだろう。
  その自分自身はどうやら、サンジのことをあまりよくは思っていないようだった。男に好かれて嬉しいとは思わなかったが、自分が嫌われているというのも何とはなしに気に食わない。それ以上に、自分のことを毛嫌いするもうひとりの自分にどう接したらいいのかが、サンジにはわからなかった。
「クソッ……」
  軽く舌打ちをすると、サンジは火のついていない煙草をくしゃりと握りしめる。途中まで力を入れてから、ふと気が変わったのか、折れ曲がってくしゃくしゃになった煙草を丁寧にのばしていく。そうしながらサンジは、自分の中のもやもやとした気分を落ち着かせようとしていた。



  珍しくゾロのほうから誘いをかけてきた。
  いつもなら、サンジのほうからどんなに執拗に誘いかけたとしても三度に一度ぐらいの割合でしか乗ってこないゾロが、自分からサンジを誘ったのだ。こんなことは初めてだ。
  夕飯の後片づけから翌日の仕込みまでを手早く済ませてしまうと、サンジはそそくさとシャワーを浴びる。格納庫で待っていると言われて行かないわけにはいかないだろうと胸の内でブツブツと言い訳を繰り返しながら、サンジは皆が寝静まるのを待った。
  格納庫に降りる前にサンジは一服した。
  このところサンジは欲求不満気味だった。あれ以来……もうひとりのサンジが姿を現してから、まともに指一本触れてこなくなったゾロには腹が立った。もうひとりの自分に対しては、よくわからない。どんなに酷いことをされたとしても結局は自分自身なのだと思うと、どうにも感情がついてこないのだ。
  セックスはぬきにしても、ゾロにはもっと相談に乗って欲しかった。安心していいのだと言って欲しかったし、触れても欲しかった。なのにあの脳まで筋肉男は、サンジに触れるどころか、声もかけなくなってしまった。
  もしかすると故意にサンジを避けているのではないかと思うぐらい、見事にゾロとはすれ違いの日々が続いていた。



  格納庫でサンジはゾロに抱かれる。
  着ていたシャツをはぎ取られた瞬間、プチプチとボタンが弾け飛んだ。
「こういうのがお望みなんだろう、ああ?」
  ゾロが言うのに、サンジはぎろりと一瞥を返した。ふてぶてしくも口の端にうっすらと笑みを浮かべ、サンジはじっとゾロを見つめている。
  自分が嫌われているのだということはわかっていた。サンジ自身の心の闇から生まれ出た時に、そのことは理解していた。自分は、憎まれ口を叩きながらも仲間から頼りにされ、また好かれてもいるサンジとは違うのだ、と。だからこそ、わざと嫌われるようにそう仕向けていた。それで押し通そうとしていたのだ。
「別に……」
  さらりと返すと、サンジはぐい、とゾロの首を引き寄せる。
  無理矢理唇を合わせると、ゾロの唇はサンジを拒むように固く引き結ばれた。舌先で唇をなぞってみても、ゾロは中への侵入を許してくれない。仕方ない。嫌われるように、自分から仕向けているのだから。
  サンジは自分からソロの前に触れた。ゾロは拒むような様子は見せなかったが、じっとサンジを見下ろしていた。甘い言葉も、優しい口づけも、何一つ得ることの出来ない自分にサンジは歯痒い思いを感じていた。自分でなければこんな抱き方はされないのだろうと思うと、被虐的な気分になってしまう。
  何でもいいから、この暗闇から助け出してほしい。
  誰でもいい。
  真っ暗なこの世界から、誰か、救ってくれ──



  身体の中に出入りするゾロのペニスは熱かった。火掻き棒のように熱くて、太いそれはサンジの肉を抉っるように挿入されては引きずり出されていく。
  迫り上がる胃が圧迫感を訴え、吐き気がした。
  獣のように四つん這いにされたまま、ゾロは何度も挿入を繰り返し、サンジの腹の中に射精した。快楽のないセックスに、サンジの目尻に涙が滲む。
  自ら望んだ抱かれ方だから、逃げ出すわけにはいかなかった。
  何も好きこのんで辛い抱かれ方をされたいというわけではないのだ。ただ、彼自身のプライドが、媚を売って優しく抱かれるようなことを許さなかったというだけだ。
  揺さぶられる身体が、痛みに悲鳴を上げている。どこもかしこも苦痛だらけで、何一つ気持ちいいことはない。
  おそらくゾロも、自分に対しては快楽を与えるつもりはないのだろう。わざとではないかと思いたくなるほどきつく摘み上げられる乳首が赤く勃起するのも、快感からくるものではない。アイツには、こんな風にはしないのにとサンジは噛み締めた歯の奥で低く呻いた。
  鼻の奥がつんとして、目の奥がじんじんと痺れたように熱くなってくる。
  血が出るほどきつく唇を噛み締めた瞬間、カタン、と音がした。
  紙のように白い顔色のサンジが、じっとこちらを凝視していた。
「てめぇら……」
  どこか遠くから聞こえてくるような感覚をサンジは感じていた。
  目の前にいる自分と同じ姿形をした、本物のサンジは怯えていた。何に怯える必要があるというのだろうか。この世に存在する生身のサンジが、何を怖れるというのだ。闇の奥から生まれてきた自分とは違う存在のくせに、何故?
  ズルリ、と尻の中でゾロのペニスが蠢いた。これで何度目の射精になるのだろうか。結合部から収めきれなくなった精液が溢れだし、ポタリ、ポタリと床に落ちていく。
「こっちに来い」
  低く、有無を言わさないゾロの声が耳元で聞こえた。
  意地の悪い男だ。
  誰に対しても意地の悪い男だ、このゾロという男は。
  サンジの目に、こちらへのろのろと近づいてくる足が映る。
  拒否することは、自分にはできない。自分に出来ることはただ、ゾロの言いなりになって抱かれること。気持ちよさからではなく、痛みからくる悲鳴を細々とあげ続けること。
  パサリと、目の前に自分のものではない衣服が落とされた。
「お前……いったい、何を考えてるんだ?」
  自分の声なのかどうかもわからなくなっていたが、誰かがそう呟いたのだけははっきりと聞こえた。
  耳の中で音が反響して、膨れあがっていくような感じがした。






to be continued
(H16.10.17)



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