大学に入り、同居を始めるにあたってのルールは、散らかさない、喧嘩をしない。
このふたつだけだった。
黄瀬も、ならば大丈夫だと太鼓判を押して、黒子テツヤとの生活を始めることにした。
マンションは、黄瀬が購入するつもりだった。せっかく黒子との新生活を始めるのだからと息巻いていたら、いつの間にかちゃっかり、火神も一緒に住むことになっていた。気付いたらマンションの購入費を火神と折半していたのだ。
二人きりの甘い生活だと期待していたのに、横槍を入れられたというか、鳶にあぶらげ状態で黒子を持って行かれそうになっている。
黒子のために家具も揃え、引越も終わったというのに、部屋を歩き回る疎ましい存在があちこちに見え隠れする。
こんなことになるだろうことは予測がついて当然だった。
黒子は、高校時代を共に過ごした火神とは恋人の関係にあった。それでも構わないから付き合ってくれと土下座をしたのが黄瀬ならば、それでも構わないから同棲してくれと土下座をしたのも黄瀬だ。自業自得だ。
それでも黒子は、中学三年間を共に過ごした黄瀬のことも好いていてくれる。
気が多いというわけではないだろう。
ただ、火神も黄瀬も、どちらも手放すことができなかったというだけだ。黄瀬はだから、それだけ二人がいい男ということだろうと思うことにしている。
そしてどちらも選ぶことのできない黒子のことを黄瀬は、好ましく思っている。
多情だと責めることは、黄瀬はもちろん、火神もしない。
黒子の気持ちがどちらか一人にに定まるまでは、このままでいいだろう、と。三人が三人とも、そう思っている。
とは言うものの、三人で同棲というのも妙な感じがする。
別に嫌なわけではない。黒子がいるのだから、これからは毎日が楽しくて仕方がないだろうと黄瀬は思っている。
ただ、これで火神がいなければもっと楽しいだろうと思うこともあるというだけで。
引越の荷解きが終わると、三人で引っ越し蕎麦を食べた。
早朝から引越の作業にかかりきりで、昼におにぎりを食べたきりだった。ありがたいとばかりに黄瀬は蕎麦に口をつける。
火神が腕をふるって用意してくれた蕎麦にはネギと甘い油揚げが乗っていた。
「ニシンはなかったんですか?」
不服そうに口元を尖らせて黒子が尋ねる。
「あ? 買いに行ってる暇なんてなかっただろ」
自分の荷物は少なかった火神だが、黒子と黄瀬の荷解きを手伝うため、ああでもない、こうでもないと奮闘してくれたのは誰でもない火神だ。彼がいなければ今頃まだ、黄瀬も黒子も荷解きの真っ最中だっただろう。
「だったら出前にすればよかったんスよ」
何気なく黄瀬が口を挟むと、鋭い眼差しでギロリと睨み付けられる。
「お前が言うか」
詰め込めるだけ詰め込んだ段ボールがいったいいくつあったと思っているのだと火神が低い声で尋ねるのに、黄瀬は空笑いで誤魔化した。
少しばかり荷物が多かったことは自覚している。
だが、それもこれも、愛しい黒子との生活にあたって必要なものばかりだったのだ……と言える雰囲気でもなく、黄瀬は口の中で呻きながら黙らざるを得ない。
同棲初日、いわば今夜は黒子との新婚初夜のようなものだからして、ここで心証を悪くすることはできないだろう。
黙々と箸を動かして蕎麦を食い終わると、黄瀬は食べ終えた器をシンクへと持っていく。 「あー……お前、片付けぐらいは担当しろよ」
背中にかかるのは、火神の声だ。
料理など黄瀬はしたことがない。黒子もだ。幸い火神は高校の頃から一人暮らしをしていて、多少は料理もできる。ありがたいことだ。
「へーい」
と、あまり気のなさそうな返事をした黄瀬は、他の二人の器も預かり、ざっと水ですすぐ。これぐらいなら黄瀬にもできる。食器の汚れをざっと洗い流して食器乾燥機に放り込んでおけば、後は自動で機械がしてくれる。便利だ。そうしておいて黄瀬は、さっさとリビングに戻っていく。
リビングには黒子がいた。
火神と二人で、ソファに並んで座ってバスケの試合中継を見ている。
二人で形を寄せ合って、なんだかいい雰囲気で……そう、まるで恋人同士のように甘い空気が、二人の間には漂っている。
「あーっ! ずるいですよ、黒子っち!」
そう言って黄瀬は、黒子を間に挟んで火神とは反対側にストン、と腰を下ろした。
「妬いてるんですか、黄瀬君」
ちらりと顔を見上げる黒子の口元が色っぽく見える。
「あ……うん。だって、火神っちと仲よくしてるように見えたから」
仲良くしても当然だということはわかっている。二人は高校時代から仲間に隠れて付き合っていた仲だ。そこへ割り込んでいくような形で、黄瀬が黒子と付き合いだしたのだ。
悪いことをしているという気にはならなかった。
黒子も、黄瀬のことを好いてくれていたからだ。
だからこうして三人ではあるけれど、同棲に踏み切ることができたのだ。
火神は体育大学へ、黄瀬と黒子は私立の大学の同じ学部へ入学し、少しは新生活にも慣れてきていた。だから同棲の話を持ち出したのだ。
それに……黄瀬は、自分で自由にできるお金なら少しは持っていた。
火神はどうだろう。今まで住んでいたマンションを売ったのだろうか? それとも、新しく買った? 何にせよ、お金の話は折半でマンションを購入したあの時一回限りだったから、黄瀬自身もあまり細かい話は知らないのだ。
トン、と黒子の肩に自分の肩を軽くぶつけていく。肩に頭をもたせかけると、それに気付いた火神がすぐにちょっかいを出してくる。指でつん、と黄瀬の頭をつつくのだ。
「触らないでくださいよ、火神っち。せっかくの髪型が崩れるっす」
朝から引越でバタバタしていたから、昼過ぎにはとっくに髪型なんて崩れていたが、それは内緒の話だ。
「なぁーにが髪型だ。んなもん、こうしてやる」
言うが早いか火神は、黄瀬の髪に手を突っ込み、わしゃわしゃと掻き乱す。
「わ、何するんですか、火神っち!」
火神の手から逃れようとすると、黄瀬は自然と黒子から身を離すことになる。さてはこれが狙いだったのかと、これ以上は髪を乱されないように片腕で頭を守りながら火神を睨み付ける。
黄瀬の目の端に映る黒子は、そんな二人を見て楽しそうにしていた。
適当な時間になったところで、黒子、黄瀬、火神の順にシャワーを使った。
風呂上がりの少し湿った髪の黒子は一段と艶めかしく見えて、黄瀬は心臓がドキドキするのを隠すことができなかった。
リビングのソファに座ってスポーツドリンクを飲んでいる黒子を見ていると、我慢ができなくなってくる。触りたくてたまらない。
風呂上がりなのは黄瀬も同じだ。二人とも同じシャンプーの香りがして、黄瀬はそのことにうっとりとした。
少しだけ……と呟いて、黄瀬は黒子の隣に腰を下ろす。火神はつい今しがた、バスルームへと消えていったところだ。
黒子に手を出すのなら、今のうちだ。
そう思ったら居てもたってもいられなくなって黄瀬は、黒子が手にしたスポーツドリンクをそっと取り上げた。
「喉、渇いてるんですか? 新しいのが冷蔵庫に……」
言いかけた黒子の頬に手をやると、掠めるように唇を合わせる。
チュ、と音を立ててキスをした。
唇を離すと、照れたように目元をほんのりと朱色に染めた黒子が黄瀬を見上げている。
「黒子っち……」
今夜、黒子は誰の部屋に行くのだろうか。
黄瀬の部屋に来てくれたら、嬉しい。だが、黒子はもしかしたら火神のところへ行くかもしれない。
どう言えば黒子を引き留めることができるだろうか。黄瀬の部屋に来てくれるように、うまく誘うことができるだろうか。
もう一度、黄瀬は黒子の唇を吸った。
恋人の唇は甘くて、柔らかくて、酔いそうだった。
「ん……っふ……」
鼻に抜けるような声が、黒子の口の端から洩れる。
そっと、確かめるように黒子の唇を舌先でつつくと、うっすらと唇が開いた。黄瀬はするりと舌を忍び込ませた。黒子の口腔内は熱くて、スポーツドリンクの甘い味が残っていた。
舌を大きく動かして、口の中を丁寧に舐めていく。歯の裏側をねぶり、舌を吸い上げる。黒子の唾液は甘くて美味しかった。
「黒子っち……いい?」
唇をずらして掠れる声で尋ねると、黒子は照れ臭そうに視線を逸らしながらも小さく頷いた。
「でも、火神君にも訊いてから……」
悪びれた様子もなく黒子が言いかけるのを、黄瀬はキスで押しとどめる。
くい、と肩を押すと黒子の体は呆気なくソファの上に押し倒される。
パジャマ代わりに黒子が着ているスエットを捲り上げると、白い腹が表れた。もう少し上にずらすと、乳首が。
「黒子っち……」
掠れた声で呟くと、黄瀬はゆっくりと黒子の白い肌に手を這わせる。腹をまさぐり、脇腹を辿って胸へと向かう。指先で微かに乳暈を引っ掻くと、黒子の体はピクリと震える。
「可愛い……黒子っち、可愛い」
うわごとのように呟きながら黄瀬は、今度は乳首を指で引っ掻いた。
「ん、あっ……!」
はあっ、と息を吐き出しながら身を捩ろうとする黒子が可愛くて、艶めかしくて。黄瀬はたまらず黒子の白い太股に、固くなりかけてきた股間を押し付けていた。
|