引越て初めての夜を、黒子はリビングで過ごした。
ぼんやりと風呂上がりの体の火照りを冷ましていたら、いつの間にか黄瀬にソファの上に押し倒されていたのだ。
気持ちいいと思った。
のしかかってくる重さも、肌の上を滑るてのひらも、唇も。
「黄瀬、く…ん……」
クチュッ、と湿った音がした。見ると、黄瀬が黒子の胸に舌を這わせていた。
赤い舌が艶めかしくひらめき、乳首をベロン、と舐め上げる。
「んっ、ぅ……」
革張りのソファは柔らかくて、黒子が身を捩るたびに微かな音を立てる。
それが、とてつもなく恥ずかしい。
高校在学中から成り行きで火神とだけでなく黄瀬とも付き合うようになった黒子だったが、黄瀬とのセックスはまだ、したことがなかった。これまでにも途中までいい雰囲気になったことは何度かあるのだが、毎回タイミングが悪く、途中で邪魔が入ってしまうのだ。
だからこれが、黄瀬とは初めてのセックスになる。
そう思うと黒子の体は無性に熱くなった。もしかしたら、興奮しているのかもしれない。
黄瀬の肩に腕を回して抱き寄せると、耳のあたりに吐息がかかる。風呂上がりだというのに黄瀬は、柑橘系のにおいをさせている。シャンプーともボディソープとも違うにおいに、黒子はうっとりと目を閉じる。
「今日は、ちゃんと最後までしてくださいね」
甘えるように耳元に囁きかけると、黄瀬もそれに応えるように股間を押し付けてくる。
「もちろんっスよ、黒子っち」
甘い、甘い黄瀬の声。
うっとりと黄瀬の愛撫に浸っていると、バスルームのドアが開閉する音が聞こえてくる。
「チッ。火神のやつ、もう上がったのか」
どこかしら忌々しそうに黄瀬が呟く。その呟きをキスで宥めておいてから黒子は、黄瀬の頭を抱きしめる。
「ここでいいです。火神君に見られてもいいから、ここで……」
黄瀬を煽ることになるのはわかっていた。また、二人の姿を見た火神が怒り狂うだろうことも、わかっている。
すべてわかった上での計算だ。
黄瀬が着ていたシルクのパジャマに手を這わすと、もたつく指でボタンを外していく。
「火神君がいると、集中できないですか?」
黒子のほうに羞恥心はあまりない。火神とは高校時代からの付き合いだ。恋人として、三年。キスだけでなくセックスも、回数はそう多くはないが、こなしている。だからだろうか、火神の前では今さらといった感じがしないでもない。隠すことだって、そう多くはないはずだ。黄瀬との付き合いにだって両手放しでというわけではなかったが、最後には渋々ながら了承してくれた。三人での同棲生活にすら頷いてくれた男だ。だから黄瀬とこうして抱き合っていても、文句は言わないだろう。
キッチンから冷蔵庫のドアが閉まる音が聞こえてきて、黒子は小さく笑った。もうすぐ火神がリビングへ来る。
自分と黄瀬が抱き合っている姿を見たら、どんな反応を示すだろうか。黒子はそれが知りたくもあった。
「集中できないことはないけど……なんだか落ち着かないっス」
少し困ったように黄瀬が返してくる。
黒子は目の前の男の鼻先にキスをした。
「じゃあ……せっかくの引越祝いだから、いっそ三人で……?」
探るように顔を覗き込むと、黄瀬はますます困ったような顔になる。
「黒子っちの全部が欲しいのに……」
駄々をこねる子どものように、黄瀬が唇を尖らせる。
「ボクは誰のものでもありません」
そう言うと黒子は、黄瀬の唇をきゅっ、とつまむ。ついでにそのまま自分のほうへと引き寄せて、素早く頬に唇を押し付ける。
「ほら。早くしないと火神君が戻ってく、る…──」
言いかけた黒子の胸に、黄瀬が素早く顔を伏せた。乳首に舌を絡めて、チュク、と吸い上げる。黒子が唇を噛んで体を捩ろうとすると、黄瀬の手が、宥めるように脇腹をなでさする。
「んっ……」
クチュッ、クチュッ、と音を立てて胸を吸われるのは恥ずかしい。火神とは違う唇の感触、舌遣いに、黒子の下肢にじん、と痺れたような快感が広がっていく。
「あぁ……っ」
もどかしい。だけどもっと吸って欲しい。黄瀬のほうへと胸を突き出して、黒子は身悶える。火神との荒々しさとはまた違う抱かれ方に、体が歓んでいるのが自分でもわかる。
「あっ……そこ……胸、気持ちいいです」
吸い上げる時に、唇がきゅっと乳首にまとわりついてくる、その感覚。芯が痺れたようにジン、となるのもいい。もたつくような快感が、ゆっくりと全身に広がっていくような感じがする。
「こう?」
乳首をくわえながら黄瀬が尋ねる。ビリビリと皮膚に振動が伝わってくると、それが呼び水となって新たな快感を引き寄せる。
「んんっ、そこっ……」
黒子は思わず黄瀬の髪に指を差し込んでいた。まだ少し湿り気の残る髪を、優しく乱してやる。
腰のあたりに集まった熱がもどかしくて、黒子はもじもじと膝頭をすり寄せた。気持ちよくて、だけどもどかしくてたまらない。黄瀬の手は、今は黒子の太股のあたりをさまよっている。いつの間にか下着ごと引きずり下ろされていたスエットパンツは、今は膝のあたりでもたついている。片足を引き抜くと、残りを黄瀬が素早く剥ぎ取った。
「上も、脱ぐ?」
黄瀬が優しく笑いかけてくる。黒子は頷いた。黄瀬がスエットの上をくい、と引きずり上げ、黒子はそれに合わせて手を挙げた。するりと上も黄瀬に取られて、あっという間に黒子は裸に剥かれてしまう。
「狡いです。黄瀬君も脱いでください」
自分だけが裸なのは、どこか頼りない感じがしてならない。拗ねたように黒子が言うと、黄瀬は上体を起こして見せつけるようにパジャマを脱ぎだす。
黒子が中途半端にボタンを外した上衣を床に脱ぎ捨てた黄瀬は、下着と一緒にパジャマパンツも脱ぎ去る。モデルをしているだけあって均整の取れた体つきをしている。手を伸ばして胸に触れると、そっと壊れ物を扱うみたいにして抱きしめられた。
優しくソファの上に横たえられた黒子は、覆い被さってくる黄瀬の背中に腕を回した。
「いいにおいがします」
黄瀬の唇に自分の唇で触れながら、黒子は囁く。
「そうっすか?」
よくわからないっすと返して黄瀬は、黒子の肩口や喉元に舌を這わせる。少し体をずらして胸のあたりまで舌で撫で下りると、黒子の体はビクビクと小さく震える。
「可愛いっスよ、黒子っち」
そのまま臍のあたりまで、黄瀬の唇がゆっくりと下りていく。それから、三角の繁みを指でやんわりと掻き分け、さっきから固くなっていた黒子の性器に辿り着く。
「黄瀬君……」
怖くはなかった。既に火神とは何度かセックスを重ねているし、何よりも黄瀬の手つきは優しい。力で征服しようとする火神とはまた異なる抱き方をされるのだと思うと、それだけで黒子の体はじんわりと熱を帯びてくる。
黄瀬の手は黒子の性器をそっと握りしめると、ゆるゆると扱き始めた。優しい手つきが少し物足りないが、気持ちいいことにかわりはない。黒子は目を閉じて、体の力を抜いた。
腹の底に集まっていく熱に浮かされるようにして黒子は、掠れた甘い声を上げる。火神には何度か聞かせているが、この声を黄瀬に聞かせるのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「嬉しいです、黄瀬君」
抱いてもらえるのが、嬉しくてたまらない。黒子が片足を立て膝にすると、黄瀬はその足をくい、と持ち上げてソファの背もたれに引っかける。
「こっちのほうが、邪魔にならないっスよ」
それに、よく見える──と、黄瀬は呟く。途端に黒子の中に羞恥心がこみ上げてくるが、黄瀬は素早く黒子の足の間に体を割り込ませた。黒子のもう一方の足は、黄瀬の肩にかけられた。
「あっ……黄瀬君……」
とてつもなく恥ずかしいが、火神に抱かれる時にこれに近い格好をさせられたことはある。だが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
口元に拳を当てると黒子は、その拳に歯を立てた。
しばらく黒子の下肢をじっと見つめていた黄瀬だったが、そのうちに何かしらごそごそとし始めた。いつの間に用意していたのか、ローションを取り出し、手のひらに零している。
「黄、瀬君……?」
「大丈夫っスよ、黒子っち。すぐに気持ちよくしてあげるっス」
言いながら黄瀬は、ローションの瓶を傾け、中のジェルを黒子の性器に垂らした。ひんやりとした冷たいものが、黒子の肌にトロリとまとわりついてくる。
「ひっ……」
身を竦めようとすると、大丈夫っすとまた、黄瀬が囁く。甘い声と眼差しに、黒子は頷き返す。
火神の強引さや性急さとは縁遠い黄瀬の抱き方が、大切にされているのだと思えて嬉しい。黒子はわずかに上体を起こして黄瀬の手元を眺めている。
零したジェルを性器や腹に塗り込められた。冷たくて、だけどヌルヌルとした感触がどこか気持ちよくて。尻を浮かせてその感触から逃げようとすると、黄瀬の指がすかさず玉袋を揉みしだく。
時折、黄瀬の指が尻のほうへと移ってくる。誘うように尻の狭間を擦り上げ、窄まりの縁を指でぐにぐにと揉み込んでくる。
「黄瀬君……」
グプッ、と恥ずかしい音がするのに合わせて黒子は、気付かないうちに自ら腰を揺らしていた。
黄瀬が、微かに笑ったように思えた。
「黄瀬君、指……中に、挿れてみてください」
きっと、火神とは異なる快感が得られるだろう。
黄瀬の手と、火神の手。どちらの手も大きいが、違う手をしている。黄瀬の手はなめらかで優しい動きをする。火神の手は、熱くて苦しくて、直接的な快感を押し付けてくる。
二人の男に愛されている自分は、なんと贅沢なのだろう。
小さく苦笑すると黒子は、黄瀬の肩にかけた足でくい、と男の体を引き寄せる。
「指……で、解して……」
黒子が口早に囁きかけると、黄瀬は顔を上げ、ゴクリと唾を唾を飲み込んだ。
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