朱1

  彼の声は穏やかで、静かだった。
  感情を押さえた声はしかしよく通り、耳に心地よい。噂に聞いていたよりも人と接することが苦手なようで、顕現してからここ何日かは縁側に一人ぽつねんとしている姿を見かけることがよくあった。
  一期一振は唇の端に淡い笑みを浮かべると、こっそりと縁側の片隅へと視線を向ける。
  大倶利伽羅はぼんやりと中庭を眺めていた。
  日が暮れて、空にはぽちゃりと丸くて白い月が浮かんでいた。星々はぽつりぽつりと月の回りに散りばめられており、小さいながらも光を放っている。
「一献いかがですかな」
  座敷を大股に横切ると一期一振は、まだ縁側に座る大倶利伽羅に声をかけた。
  顕現したばかりの刀というのは、なかなか人の形に慣れないようだ。仲間との交流に戸惑い、寝食すら理解できずにただその場に居るだけのことが多い。
  大倶利伽羅もそうだった。十日ほど前に人の形に顕現したものの、なかなか縁側から動くことができずにいる。
  見かねた五虎退から話を聞いた一期一振が、こうしてお節介をするのも一度や二度のことではない。
「献上品ではありませんが、なかなかの美酒ですぞ」
  親しげに声をかければ、大倶利伽羅は鬱陶しそうにちらりと顔を見上げてくる。
「……いらん」
  ボソリと呟くのを無視して一期一振は、大倶利伽羅の隣に腰を下ろした。
「食べて、寝て。人というのは厄介な生き物ですが、それができなければ顕現した意味がありません。今生の主殿に刃を捧げるために、まずは一献。それから何か腹に入れましょう」
  弟の乱がツマミを用意してくれているのですが、これがなかなか旨くて、と、一期一振は相好を崩す。
  大倶利伽羅は無表情のままではあったが、いつの間にか一期一振の言葉に耳を傾けていた。
「だし巻きはいかがですかな」
  乱が腕を振るっただし巻きと、薬研と厚の焼いたシシャモを肴に、二人は夜の庭を眺めている。もうすでに一升近く飲み干しており、一期一振はいい気分になっていた。
  一方の大倶利伽羅はと言うと、こちらは顔色ひとつかえることなく、一期一振につきあって酒を飲んでいる。
  薄暗い夜の景色に、白くほっそりとした三日月が映える。切れ長の細い雲が時々、月を隠した。星の光は月の光よりも弱く、小さかった。
  暗がりの中、手探りでお猪口を取ろうとすると互いの指先が触れ合う。慌てて一期一振が手を引こうとすると、大倶利伽羅の指に絡め取られてしまった。硬い指が、やんわりと一期一振の指を握りしめてくる。
「大倶利伽羅殿」
  咎めるように一期一振は声をかけた。
  大倶利伽羅はふん、と鼻先で微かに笑うとその手をくい、と引き寄せる。
「お前の手は、やさしいな」
  確かに、大倶利伽羅や他の刀剣男士に比べると、一期一振の手はやわらかかもしれない。刀蛸があるわけでもなく、肉厚な手をしているわけでもない。だが、だからと言って女のように力のない手ではない。
「苦労を知らないとおっしゃりたいのでしょうか?」
  ムッとなって一期一振は返した。
  大倶利伽羅はやんわりとした笑みを浮かべたまま、一期一振の手を自身の口元へと持っていく。
「そうか、苦労知らずなのか」
  そう言いながら大倶利伽羅は、一期一振の白い手に唇を押し当てた。肉の薄い唇が一期一振のてのひらを掠めたかと思うと、ついで生暖かいものがてのひらを這う。
「っ……」
  慌てて手を引こうとしたが、大倶利伽羅がしっかと一期一振の手を掴んでおり、なかなか離そうとしてくれない。
「あなたは顕現したばかりで……まだ、熱の逃し方を知らないのですね」
  空いているほうの手をさしのべると一期一振は、大倶利伽羅の頭を抱き寄せた。
  頭の中では警鐘がうるさく鳴っていた。目の前のこの男に触れてはいけないと、一期一振の理性が叫んでいる。
  しかし、欲しいと思ってしまったのだ。甲斐甲斐しく世話を焼くうちに、どうやら一期一振は大倶利伽羅に絆されてしまっていたらしい。
「熱の逃し方?」
  怪訝そうに尋ねる大倶利伽羅の息が、一期一振の首筋にかかる。それを気持ちいいと、一期一振は思ってしまった。
「そうです。身体の中に溜まった熱を、逃すやり方です」
  言いながら一期一振は大倶利伽羅に掴まれた手を取り返した。その手をするりと滑らせ、着ているものの上から大倶利伽羅の股間にそっと触れてみた。
「どうやって逃すんだ?」
  大倶利伽羅が尋ねる。一期一振は微かな笑みを浮かべると、股間に触れた手をじりじりと動かしてみせる。
「ここを……」
  そう言って、大倶利伽羅の唇に触れるぐらい近くに顔を寄せる。
「さすって、熱を追いやるのです」
  掠れた声でそう告げると、大倶利伽羅が息を飲むのが感じられた。
  驚いているのかもしれない。豊臣の刀は淫乱な刀だと、そう思われたかもしれない。それでも一期一振はもっともらしく、しかつめらしい顔をして告げた。
「顕現したばかりの大倶利伽羅殿のお世話を任された以上は、これもお教えしておくべきことですから」
  一期一振はゆっくりと布地の上から手を動かした。二度、三度と手を動かすと、大倶利伽羅の股間に熱が集まってくるのが感じられた。硬くなっていくその部分を強弱をつけて揉み込むと、むくむくと布の下の陰茎が立ち上がってくる。
「……っ」
  抱き寄せた大倶利伽羅が熱い息を吐き出し、唇が一期一振の首筋を掠めた。熱い吐息が心地よかった。
「人の姿とは、便利なようでいて不便なものですな」
  上擦った声で一期一振は呟き、大倶利伽羅の腰に巻かれた布を手繰り寄せた。その下、股のあたりでもたつく布をなんとか引きずり下ろすと、硬く勃起したものの先端が影の中でフルッと震えるのがちらりと見えた。
「手でする時もありますし、口ですることも……」
  言いながら一期一振は、口の中がからからに渇いていくのを感じている。
「いろんなやり方があるのです」
  一期一振はそっと顔を大倶利伽羅の股の間に近付けた。青臭いにおいを鼻いっぱいに吸い込んでから一期一振は先端に唇を押し付ける。チュ、と音を立てて鈴口を吸い上げ、滑らかな亀頭に舌を這わせた。ベロベロと舌全体で舐め上げていると、大倶利伽羅の先端の小さな孔から先走りの液が溢れてきた。
「ぅ……」
  大倶利伽羅の喉の奥で低い声がした。感じているのだと思うと、それだけで無性に嬉しくなる。
  一期一振はさらに陰茎全体を口に含むと、唇と舌を使って大倶利伽羅の竿を愛撫し出した。
  苦い味が一期一振の口の中に広がり、自身の唾液と混ざり合う。ジュッ、と音を立てて先端を吸い上げたり、竿の側面を唇でなぞったりしているうちに、一期一振の腰にも熱が溜まりだした。もぞ、と腰を揺らすと大倶利伽羅の手が背中をそろりと撫でてくる。
「あっ……」
  思わず、一期一振の口から甘く掠れた声が洩れる。
「なんだ、気持ちいいのか?」
  どこかしら面白がるように大倶利伽羅は呟いて、一期一振の背中から腰にかけてをなぞり始める。行きつ戻りつしながら背中を撫で、腰へと手がおりてきた。そこで終わりと思いきや、大倶利伽羅はとんでもないことを言い出した。
「お前のはどんな様子をしている? 見せてくれ」
  さらりと言うと大倶利伽羅は、器用な手つきで一期一振の着ているものを脱がし始める。
「えっ、あ……っ」
  衣擦れの音と共に、一期一振の肌が大倶利伽羅の眼前に晒された。暗がりの中とは言え、想定外の大倶利伽羅の動きに、一期一振は戸惑いを感じた。
  剥ぎ取られた着衣が縁側の床の上に散らばり、中途半端に脱がされた自分が酷くみっともなく思えて恥ずかしい。
「大倶利伽羅殿……」
  思いきって名前を呼んでみた。掠れた声が、欲情を露にしている。
「世話役として、顕現したばかりの俺にいろいろと教えてくれるのだろう?」
  暗がりの中で、黄金色の瞳がじっと一期一振を見つめている。まるで寧猛な獣に魅入られたかのようで、一期一振は胸の内に甘酸っぱい痛みを感じた。
  のろのろと手を動かすと一期一振は、まだ身につけたままの残りの服を脱ぎ去り、下着を取り去る。潔く素っ裸になった一期一振は、膝立ちになって大倶利伽羅のほうへとにじり寄っていく。
「他の刀剣男士ともこんなことをしていると思わないでください」
  そう言い置いて一期一振は、胡座をかいた大倶利伽羅と向かい合わせになるようにして膝の上にまたがった。
  大倶利伽羅の硬くなった陰茎が、一期一振の腹に擦れる。一期一振の陰茎もまた、形を変えようとしていた。
  大倶利伽羅は興味深そうに一期一振の竿に手をかけた。
「こうだったか?」
  首を軽く傾げながら大倶利伽羅は、ゆっくりと握り込んだ手を上下に動かした。竿に沿うように擦り上げ、先端の亀頭を指の腹でゆるゆるとなぞられ、一期一振はもどかしくも熱い息を吐き出す。
「んっ、ぁ……」
  じわ、と先走りが先端の小さな孔に滲むと、大倶利伽羅はその孔をほじくるように爪の先で何度も引っ掻いた。
  ヒク、と一期一振の後孔が収縮を繰り返し、ヒクつく。下腹に溜まった熱が込み上げてきては、先端から先走りの液を滴らせる。立て膝にした両の足で大倶利伽羅の体を挟み込み、一期一振は無意識のうちに腰を揺らしていた。
「……甘いな」
  不意に大倶利伽羅が耳元で囁いた。
  怪訝そうに一期一振が顔を上げると、先走りを絡めた指を大倶利伽羅が、美味しそうにねぶっていた。
「っ……やめてくだされ、大倶利伽羅殿!」
  汚いから、と一期一振が言いかけると、 大倶利伽羅は鼻でそれを笑い飛ばした。
「気にするな」
  そう短く言い放つと大倶利伽羅は、今度はその指を一期一振の尻へと持っていく。
  つぷ、と大倶利伽羅の指先が後孔に潜り込んでくるのが感じられ、一期一振は大きく背を反らしてか細い声をあげた。



(2016.8.27)


1         

BACK