布団の中で目を閉じているうちに、炊飯器からうまそうな米の炊きあがるにおいが漂ってきた。
その間に御手杵は近所のスーパーまで行ってきてくれたらしい。消毒薬やら包帯やら絆創膏などと一緒に、口当たりのよさそうなゼリーを買って帰ってきた。空っぽだった冷蔵庫の中身も、同田貫の買い物メモを見ながら買い揃えてきてくれたらしい。
「使って悪かったな」
声をかけると、御手杵は優しく「気にするな」と笑ってくれる。
優しくされるとほだされそうになる。縋り付いて、もっと弱みを見せたくなる。
だけど……と、昨日のことを思い出して同田貫はぶるっと全身を震わせた。自分は、何人もの男たちに犯された。友人として付き合いのある御手杵に、洗いざらい話してしまっていいものかどうか、躊躇ってしまう。
もしかしたら、自分が尻に男たちのものをくわえこんだことを知ったら御手杵は、離れていってしまうかもしれない。今までの居心地のいい場所がなくなってしまうかもしれないと思うと、正直に打ち明けるのは怖かった。
「お粥ぐらいなら食えるだろ?」
洗濯機を回して戻ってきた御手杵が、声をかけてくる。あれこれ考えながらも布団の中で半分うとうとしていた同田貫は、ふっと目を開けた。
「あ……メシ、用意してくれたのか」
のろのろと起き上がると、焦げたお粥のにおいがしている。
「ああ。少し焦げちまったけど、味は保証するから」
そう言って御手杵は、白粥の入った茶碗を枕元へと持ってくる。
「食べさせてやるよ。お前、一応病人だしな」
風邪っ引きだもんなと、笑いながら御手杵が言う。
本当は風邪などではないことは、御手杵も薄々気付いているはずだ。手首の傷跡といい、洗濯機に無造作に放り込んであった衣服といい、どう見ても尋常ではないことぐらいわかるだろう。それでも、御手杵のほうからは何も言い出さないところが彼らしい。こういったさり気ない優しさが、好ましい。
「いいって。それぐらい自分でできるから」
鬱陶しそうに同田貫が断っても、御手杵は蓮華に粥を掬い取り、口元へと運んでくる。
「ほら。あーん」
にこにこと笑みを浮かべて口を開けるのを待っていられるのが恥ずかしい。仕方ないと小さく溜息をつくと同田貫は、面倒くさそうに口を開けた。
「あーん」
また、御手杵が声をかけてくる。
「もっと口、開けろって」
言いながら御手杵は、同田貫の唇の先に蓮華の先を押し付けてくる。
「ん……」
腹を括ると同田貫は口を開けて、粥を食べさせてもらった。
わずかに焦げたにおいがしていたが、口の中に運ばれた粥は餡かけ粥だった。不器用なくせにこの男は、わざわざ餡かけにした粥を用意してくれたらしい。
「どうだ? うまいだろう?」
醤油と砂糖でほんのりと味をつけて、同田貫が食べやすいようにと気を遣ってくれているのが嬉しかった。その心遣いだけで、自分はまだ頑張れると同田貫は思う。
「そっちのゼリー食べ終えたら、傷の手当をしてやるよ」
口に運んでもらった粥を咀嚼していると、御手杵が不意に口を開いた。
「お前……手首だけじゃないだろ、その傷」
今の今までにこにこしていた御手杵の顔が、急に真面目な表情にかわる。
「あー……」
どう返そうかと考えながら同田貫は、ちらりと御手杵の顔色をうかがう。
どこから話したらいいだろう。そしてどこまで話せばいいのだろう。眉間に皺を寄せて同田貫は、考えた。
「だからこんな傷、唾つけときゃ……」
「洗濯機の中見たんだけど……お前、あれは喧嘩してできた汚れじゃないよな」
何があったか知ってるんだ、と、御手杵は低い声でボソボソと告げた。
傷の手当を御手杵にしてもらうのは、ある意味屈辱的でもあった。
手首から始めて、スエットを脱がされ、上半身を舐めるように凝視された。ひとつひとつの傷跡を点検しつつ、御手杵は薬を塗っていく。買い物に出た時点で既に同田貫の怪我のことを知っていた御手杵は、軟膏タイプの傷薬を買ってきていた。消毒液をかけられ、ついで軟膏を無骨な指で傷口に塗り込められると、どうしてだか同田貫の胸は泣きたいほどキリキリと痛んだ。
ガムテープとネクタイとベルトで縛られた跡は赤くなってところどころ皮膚が擦り切れていたし、殴られたところは紫色の痣になっていた。腹に走る赤い筋は、ベルトを鞭のように使われた跡だ。背中にも、腰のあたりにも赤い蚯蚓腫れがいくつかあった。コンクリートの床で擦った肘と肩にも軟膏を塗り込められた。それからスエットの下を剥ぎ取られ、足首、膝、太腿と同じように手当を受けた。
「なあ……もう、いい。これで充分だ。ありがとよ」
御手杵の手が太腿から少しずつ移動して足の付け根とあがってくることに気付いた同田貫は、何でもない風を装って素早く声をかける。
これ以上は駄目だ。御手杵は気付いているだろうが、これ以上は踏み込ませたくない。
同田貫は目の前の男をギロリと睨み付けた。
「駄目だ」
いつになく強い口調で、御手杵は返してきた。
「これだけじゃないだろ。まだ残ってる」
言いながら御手杵は、手を伸ばしてくる。
同田貫の痣の浮いた腹にそっと触れると、その手をするりと下へ這わす。トランクスのゴムの部分に指をひっかけると、御手杵は一気に下へとおろした。
「ここが、まだだ」
何があったか知っているからこそ、御手杵は同田貫のことを心配している。目に見える部分の傷の手当は一通りすんだが、まだ残されている場所があった。同田貫自身、シャワーで何度も洗い流した部分だ。
「い……いいって。そこは、自分でできるから」
咄嗟に後ずさりながら、同田貫はそう言った。
「できないだろ。お前、手足の傷だってほったらかしにしてただろ。俺が全部手当してやるから、見せてみろ」
そう言うが早いか御手杵は、同田貫の体を抑えつけ、素早くうつ伏せの姿勢にひっくり返した。
同田貫のトランクスがあっという間に剥ぎ取られ、尻を剥き出しにして腰を持ち上げられる。 いきなり動いたからだろうか、体のそこここが痛んだ。小さく呻いたが御手杵は許してくれなかった。
「悪いな。少し辛いだろうが、我慢しろ。お前のためなんだ」
優しい声で囁かれ、同田貫はいっそう惨めな気持ちになった。
友人の前で尻を剥き出しにして、見られているのだ。恥ずかしいやらみっともないやらで、泣きなくなる。
「馬鹿野郎! 手当なんかいらねぇって、言ってるだろ!」
暴れるだけの気力も体力もなかったが、罵倒の言葉はすらすらと出てきた。ひとしきり友人を罵り、悪しざまに言っている間に、軟膏をつけた御手杵の指がするりと同田貫の後孔に押し込まれてきた。中の状態を確かめるように恐る恐る指が動き、軟膏を塗りこめていく。
「ぁ……」
引き攣るような痛みがしているのは、男たちに無理やり体を開かされたからだろう。ただ排泄するだけの器官に何の準備もなく、彼らは性器を突き入れてきた。裂傷の痛みと、熱を持って腫れぼったくなっているのが、同田貫にも何とはなしに感じられていた。
「少しだけ、我慢してくれ」
御手杵の声が耳元でした。穏やかで、優しくて、同田貫を安心させる低い声だ。
「っ……ん……」
くにゅ、と同田貫の中で御手着の指が曲げられた。内壁に薬を塗り込める指の動きが優しくて、焦れったくて、思わず同田貫は小さく声を上げていた。
「や、め……」
カクン、と膝が崩れそうになると、そのたびに御手杵が腰を抱えなおしてくれる。
「どのあたりまで挿れられた?」
尋ねられ、同田貫は首を横に振っていた。
「わ……わかんねえよ、んなのっ!」
返しながらも同田貫は、昨日のことを思い出していた。何人の男に犯されたのか、実のところ同田貫は覚えていない。最初は五人程度だったと思うが、途中から人数が増えたことだけは確かだ。それからしばらくして、倉庫の外で自分を探す御手杵の声がしていたことも。
「このあたり? それとも、もっと奥?」
尋ねながら御手杵の長い指が、同田貫の中をぐちぐちと検分する。
薬を塗っているだけだ。これは単なる治療行為なのだと自分に言い聞かせながら同田貫は、唇を噛み締める。
「知るか!」
足を大きく開かされて、男に前から犯された。犯されながら別の男に腹をベルトで打たれた。最初は丸めたネクタイを口の中に入れられていたが、そのうちにネクタイは同田貫の腕を縛っていたように思う。四つん這いになって犯された時には、口の中にまた別の男のペニスを突っ込まれた。噛みついてやろうとすると、その度に背中から腰にかけてをベルトで打たれた。
髪を掴まれ、喉の奥にまで性器を突っ込まれた。後孔を犯しただけでなく、顔に白濁をかけられもした。背中にも、尻にも。最後にはおそらく全員が、こぞって同田貫の体に向けて射精したのだと思われる。
いつ、どの時点で同田貫が失禁したのかは覚えていないが、ベルトで打たれている時だったように思う。
「も、やめっ……」
不意に、かたかたと同田貫の体が震えだした。
思い出すだけで怖いのに、御手杵の指が触れている部分だけが熱くて、同田貫の意志に反して内壁はヒクヒクと蠢いている。
「や……め、ろ……やめて、くれ……」
ふるっと肩を大きく震わせた途端、同田貫の目からつー、と涙が一滴、零れ落ちた。
(2015.4.5)
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