初めてのお泊り3

  御手杵の指が、ゆっくりと同田貫の中から引き抜かれていく。
  クチュン、と湿った音を立てて指の第一関節が窄まりから出ていく瞬間、同田貫は反射的に声を上げていた。
  感じたわけではない。ただ、御手杵の指の節くれ立った部分が同田貫の中を擦った途端に、腰が砕けるかと思うような痺れるような何かが駆け抜けていっただけだ。
「わ……悪いっ、大丈夫か?」
  心配そうに御手杵は、同田貫の顔を覗き込んでくる。
  四つん這いの姿勢のまま同田貫はしばらくの間、カタカタと体を震わせていた。
  その様子を心配した御手杵が、同田貫の体に腕を回してくる。
「……辛かっただろうに」
  ぽそりとそう呟くと、御手杵は同田貫を抱きしめた。
  ぎゅっと抱きしめられると、シャツ越しに御手杵のにおいがした。ほんのりと汗のにおいに混じって、焦げた粥やら洗剤のにおいがしている。
「辛く、なんか……」
  自分は男だ。何人もの男に犯されたと言っても、実際には殴る蹴るの暴行を受けたのと変わりはない。女のように孕む心配もないし、こんなふうに優しくされたのではかえって困ってしまう。
「ごめんな、同田貫……助けてやれなくて」
  耳元で御手杵が謝罪の言葉を口にする。
  助けてやれないも何も、あの時、助けを求めなかったのは同田貫のほうだ。
  倉庫の向こう、ドア一枚、壁一枚隔てたところに御手杵がいることを知っていて尚、同田貫は助けを求めなかった。何よりもおっとりとした性格の御手杵には、こういった……低俗なこととは無縁でいてほしかったのだ。
「……馬鹿か、あんたは」
  掠れる声で同田貫は囁いた。
  声が掠れて今にも泣きだしそうになるのは、どうしてだろう。辛くはない。いつものようにただ喧嘩をして、負けてしまっただけだ。そう思い込もうとしているのに、御手杵の囁きがそれを邪魔する。喧嘩じゃないだろう、これはレイプだろうと、そんなふうに責められているような気がして、惨めな気持ちにいっそう拍車がかかる。
  もう、何も言わないでほしかった。
  確かに自分は男たちに犯された。しかしそれは、自分が弱かったからだ。強ければこんなことにはならなかったはずだ。
「も、言う……な……」
  そう言うと同田貫は、御手杵のシャツをぎゅっと掴んだ。
  手が白くなるまできつく握り締めると奥歯を食いしばり、そのあたたかな胸にコツン、と額を押し付けていく。
「何てこたぁない、ただの喧嘩だ。あれは……喧嘩なんだ」
  自分に言い聞かせるように、同田貫は何度も繰り返した。
  抱きしめてくる御手杵の腕の中は心地よくて、この上なく安心できた。
  しがみついて息を殺すと、御手杵のにおいを鼻いっぱいに吸い込む。
  時折、御手杵の吐息が耳元や首筋を掠めていくのが気持ちよかった。
「同田貫……」
  おずおずと御手杵が、名前を呼んだ。
  同田貫が顔を上げると、眼差しが絡み合う。いつもは穏やかな表情の男が、いつになく厳しい目つきで同田貫を見つめている。
「……御手杵」
  掠れる声で名前を呼びかえすと、大きな手が頬を包んでくる。
「正国、俺は……」
  御手杵が何か言いかけた。
  すかさず同田貫は御手杵の首の後ろに腕を回し、ぐい、と頭を引き寄せた。



  どちらからともなくキスをした。
  深く唇を合わせて、互いの口の中をまさぐった。
  舌先で口腔内を掻き混ぜると、少し前に食べたばかりの餡かけ粥とゼリーの味がほんのりと口の中で混ざり合うような感じがした。
「助けてくれなんて思わねえよ、俺は。だけど……」
  そこから先の言葉は、出てこなかった。
  御手杵が素早く同田貫の唇を塞ぎ、舌をきつく吸い上げてきたからだ。
  クチュ、と湿った音が唇の間でした。
「俺が……忘れさせてやることはできるのかな」
  唇を離すと、御手杵が尋ねた。自信のなさそうな言い方が、御手杵らしい。
「お前にできると思うか?」
  くい、と片方の眉を引き上げて同田貫が尋ねる。
  御手杵は躊躇いがちに同田貫の顎に指をあてると、そっと上向かせた。
「俺が触れることで、お前が忘れられると思うのなら……」
  御手杵の言葉は時々、同田貫には難しくてわからないことがあった。今もそうだ。御手杵自身の行動の結果を、同田貫に委ねようとしている。ずるい。
  ふーっ、と息を吐き出すと同田貫は、御手杵のシャツの裾を引っ張った。
「お前も、脱げよ。俺だけ素っ裸ってのも、居心地悪いんだよ」
  拗ねたように言葉を投げつけると、ぐいぐいと御手杵のシャツをたくし上げ、剥ぎ取ろうとする。
「脱げったら、脱げ」
  ふざけてみせると、御手杵の表情が少しだけ緩む。
  子どものようにふざけながら、御手杵の服を全部脱がせた。傷だらけの自分の汚い体と、程よく筋肉がついて引き締まった御手杵の傷一つない体を見比べると、同田貫の胸はキリキリと痛む。
  それでもそんなことはおくびにも出さず、同田貫は御手杵の身体に縋り付いていった。
「お前ほどでなくても、もう少し俺に上背があったらなぁ……」
  そうしたら、喧嘩に負けることもなかったかもしれない。
  腕力に物を言わせて暴れまくることもできたのに、そうしなかったのは倉庫の向こうに御手杵がいたからだ。友人である御手杵のことを考えると、巻き込むことはできなかった。
「守ってやるよ、俺が」
  裸の体をぴたりと寄せ合って、御手杵が囁いた。
  この男の真面目すぎるところは、悪いところのひとつでもある。こんなふうに真剣な声色で囁かれたりしたら、その言葉をうっかり信じてしまいそうになる。
「俺は、男だぞ」
  鼻で笑い飛ばして同田貫が言う。
「……わかってる」
  返す御手杵の声は、どこかしら張り詰めた硬い声だ。
  この声が好きだと同田貫は思った。こういう、少し緊張した時の御手杵の声は普段とはまた違った艶のある雰囲気を感じさせる。頼りがいのある男の声に、同田貫は内心、ドキドキする。
  ふと見ると、向かい合って座った二人の股の間で性器が硬く張りつめ、勃起していた。
「なんだよ、お前の……勃ってんじゃん」
  からかい交じりに同田貫は手を伸ばし、御手杵の性器をきゅっと握り締めた。
  自分のものならともかく、他人のものに触れるのは、昨日の一件を除けば初めてのことだ。
  恐る恐る手を動かすと、御手杵も同じように同田貫の性器に触れてくる。
「俺、こういうことすんの初めてだ……」
  さらりと御手杵は告げた。
  学校での御手杵は、よく女の子に声をかけられていた。以前、穏やかで優しいところが人気だと聞いたことがある。その御手杵が、自分の性器を握って、扱いている。
「嘘だろ。女とヤッとことねえのかよ」
  たまに、御手杵が女の子と肩を並べて帰っていくところを見ることもあった。そんな時、同田貫は一人きりで帰路についたものだ。
  嫉妬するわけではなかったが、ずっと寂しかった。御手杵が隣にいることが当たり前のような日常だったから、女の子と仲良くする御手杵を見ていると、腹立たしい感情が込み上げてくることもあった。
  だが、恋愛感情ではないと思っていた。
  単なる友人の延長で、少しばかり他の連中とよりも仲がいいだけだと思い込んでいた。
「ないな。お前が、初めてだ」
  少し恥ずかしそうに、御手杵はボソボソと告げた。
  正直なのはいいことだ。同田貫は御手杵の言葉に気を良くした。御手杵のものから手を離すと、身を屈めて御手杵の股間へと顔を寄せていく。
「じゃあ、もっとよくしてやるよ」
  そう言うが早いか同田貫は、御手杵の性器にパクリと食らいついていく。昨日、男たちに覚えこまされたばかりだから、ちゃんとできるはずだ。御手杵の先端を舌でべろりと舐めて、口の奥へと咥え込む。舌で竿の部分を舐めたり、前歯をあてがって軽く扱いてやったりすると、あっという間に御手杵のペニスは先端からトロトロと先走りを溢れさせる。
  ジュッ、と音を立てて先走りを吸い上げてやれば、御手杵が喉の奥で低く呻くのが聞こえた。
「お前も……」
  御手杵の手が伸びてきて、同田貫の背中を撫でながらゆっくりと尻のほうへとおりてくる。
「お前も、気持ちよくしてやるよ」
  御手杵の指が尻の狭間に辿り着いた、さっき薬を塗り込めたあたりを指先でそろそろとなぞってくる。
「ん……っ」
  襞の縁に御手杵の指がかかり、ぬくっ、と同田貫の中へと潜り込んでくる。
「ん、ふ……」
  口の中の御手杵が、硬さを増したのはどうしてだろう。
  竿を舐め回しながらちらりと御手杵の顔を見上げる。
  眉間に皺を寄せながらもどこか恍惚とした表情がエロティックで、同田貫は思わず口の中に溜まった唾をゴクリと飲み込んだ。
「お前……女とヤる時にそういう顔すんなよ」
  この表情を自分以外の誰かに見せたくないと、同田貫は思った。独占欲とでも言うのだろうか。自分だって滅多にみることのできない表情を、他の誰かに見せてやるのはまっぴらごめんだと思う。この顔は、自分だけが見ることのできるものだ。自分だけの、ものだ……。
「なんだよ、それ」
  少し困ったような顔の時に、子どもじみた表情になるところが可愛い。
「いい。気にすんな」
  そう言って同田貫は、再び御手杵の性器に集中する。
  あーん、と大きく口を開けて喉の奥のほうまで竿を飲み込むと、ゆっくりと頭を動かす。
「っ、く……」
  御手杵が低く呻いた。
  眉間に皺を寄せ、何かをこらえるようにきつく目を閉じて、同田貫の愛撫に身を任せている。
  こんなふうに信頼されているのだと思えることが、嬉しかった。自分の体の大事な部分を他人の口の中に収められてしまっているというのに、御手杵は嫌がりもせず、逆に同田貫の体のあちこちを大きな手でなぞってくる。
「気持ちいいな……」
  溜息をつくように、御手杵が囁く。
  同田貫はいっそう丁寧に、御手杵の性器を舐めた。カリの部分を丹念に舌先でチロチロとねぶり、血管の浮いた竿の側面に吸い付いていく。チュウチュウと音を立てながら竿の根本から先端までを吸い上げて、最後に先端をまた口に含む。
  先端から溢れる先走りが同田貫の口の中に溜まり、自身の唾液と混ざり合う。同田貫は、御手杵の先走りをおいしいと思った。
「なあ……正国。本当に、大丈夫なのか?」
  同田貫の体に触れながら、御手杵はふと思い出したかのようにポツリと尋ねてきた。同田貫の後孔では、御手杵の二本の指がゆるゆると蠢いている。
「だい……じょう、ぶ、だ……」
  くい、と内壁を押し広げられ、同田貫の声は上擦ったものになった。
  これだけ散々人の体を弄っておいて、今更よく言えたものだ。ここまでしておいて、やっぱりやめるなどと言い出したら、張り倒してやろう。そう思って同田貫は顔を上げた。
「いいから、来いよ」
  いったん御手杵から体を離すと、腕をくい、と引かれた。
  引き寄せられるままに正面から胡坐をかいた御手杵の足の間に腰を下ろすと、今の今まで同田貫が口の中で舐め回していた性器が尻の狭間に当たって何とも言えない気持ちになる。
「挿れろよ……」
  ぎゅっと御手杵の背中にしがみついて、耳元で囁く。ついでにかぷりと耳朶を甘噛みすると、御手杵のペニスが尻にぐい、と押し付けられる。
「……お前の体が辛いなら、俺は別に、挿れなくても──」
  言いかけた男の肩口にも噛みついて、同田貫は後ろ手に御手杵のものを手探りで掴んだ。
  同田貫は手の中のもののぬめりを指先で確かめながら、自身の後孔にあてがう。
「俺は……これが欲しい。今すぐに」
  思いがけず欲情した声が、同田貫の口から出た。





(2015.4.7)


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