着ていたものを脱ぎ捨てた獄寺が、ハルの上に覆い被さってきた。
なし崩しに流され、またごまかされてしまうのかと思うと悔しくて悔しくてたまらない。 自分を見つめてくる男の瞳に宿る傲慢な眼差しが、許せない。
唇が触れ合った瞬間に、獄寺の下唇にかぷりと噛みついた。獄寺にしてみれば、猫がじゃれついているのと大差なかったのだろう。宥めるようにハルの唇をチロチロと舐めてから、口の中に舌が潜り込んでくる。
「ん……っ」
ベッドに下ろされる直前まで、感じてなんかやるものかと決心していたのに、その決心は呆気なく崩壊した。
獄寺の裸の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
微かに汗のにおいがして、ハルは目眩を感じた。
この男は自分が会いたいと切望していた男だ。目の前にいて、手の届くところにいるというのに、何もしないでいられるはずがない。
「ぎゅってしてください、獄寺さん」
愛しい男の耳元に囁きかけると、大きな手がハルの足を割り開いた。
さっきキッチンでトロトロに溶かされた部分に、獄寺の硬くなったものが押し当てられる。
焦らすように腰を動かして、ハルの蜜壷を獄寺が突く。縁の回りを先端でぐりぐりとなぞったり、少しだけ先っぽを押し込んで、また抜き出したり。ぬぷっ、ぬぷっ、と音がして、満たされない腹の奥がたまらなくもどかしい。
「ぁ……中に……奥まで、突いてください……」
両足を獄寺の腰に絡め、ハルはねだった。
恥ずかしいとか、はしたないとか、そういった普段のハルが持っている理性的な部分は飛んでしまっていた。
獄寺の手がハルの手を掴み、ぎゅっと握りしめてくる。
唇が合わさる瞬間に獄寺が腰を大きく突き上げ、ハルは目の前の男の舌をきつく吸っていた。
目が覚めると、身体中がほんわかとした幸福感に満たされていた。
欲しかった言葉はまだもらえていないが、それ以上に充実した気分でいたため、自分のこだわりなどちっぽけなことのように思えてしまったのだ。
ベッドの上でコロリと寝返りを打つと、すぐ隣では恋人が寝そべり、煙草を燻らせていた。
「また寝タバコですか?」
唇を尖らせてハルが言うと、獄寺は眉間に小さな皺を寄せる。
「久しぶりにつくろいでんだから、ごちゃごちゃ言うなよ」
ムッとした表情までもがキュートに見えてくるから不思議なものだ。ハルはそれ以上は追及せず、わずかに鼻白むだけにとどめておいた。
何をするでもなく、ベッドの上でただだらだらと二人で過ごした。
二人とも裸で、気が向けばシーツを体に巻きつけて眠り、そうでなければ気紛れに言葉を交わしながら一日を終えた。
目が覚めると、またいつもの朝がやってきた。
通常運転だと言って獄寺は綱吉の元へと出かけていった。おそらく、任務期間中の報告や、それ以外のことを話し合うためだろう。
緩慢な動きでベッドから抜け出すとハルは、ため息をついた。このため息の意味は、複雑だ。
長い間不在だった恋人が帰ってきたことに対する安堵のため息でもあり、聞きたかった言葉がなかったことに対する不満のため息でもある。それに、通常運転に戻って日常の朝を始めなければならないことに対する憂鬱も少しは混じっていたかもしれない。
ともかく、と、ハルは髪をひとつに束ねてポニーテールにすると、すっきりとした淡いクリーム色のパンツスーツを身につけて家を出た。
行き先は、綱吉のところだ。
恋人にバレないように彼の上司にあたる綱吉と連絡を取り、こっそりと密会の場を設けるぐらいはハルにとってはそう難しいことではない。
渡されたままのボイスレコーダーの中身は聞いていないからわからなかったが、任務に関わることならハルが聞いてはいけないものだろうはずだ。さっさと返してしまって、そのついでに綱吉に今回のことに関する愚痴を聞いてもらえばいい。
それですべてが片づくはずだ。
綱吉のところへ行くと、ハルは応接室へと通された。
前もって綱吉が人払いをしてくれたのか、それとも別に任務を与えられたのか、獄寺の姿はどこにも見あたらない。
「大丈夫だよ。獄寺君は別室で報告書と格闘中だから」
ハルの思いを読んだように、綱吉が言う。
任務明けの獄寺は、たいてい報告書の作成に携わっている。どちらかというとこういった手合いのものは得意なはずだが、面倒くさくてやっている暇がないと獄寺がよくぼやいているのをハルは知っている。
「この間はごめんな、ハル」
くつろいだ様子で綱吉が告げた。獄寺と連絡がついたことを半日近く隠したのは、任務に関係するからだ。獄寺は何も教えてくれないが、綱吉からポツポツと聞いたところによると、こういうことはよくあることらしい。
「いいえ。ハルももういい歳をした大人ですから、いつまでも拗ねてなんかいられません」
まだ、胸の奥底にわだかまりが残っている。それさえ解消されれば、文句を言うことなどひとつとしてない。
「それじゃあ、あのボイスレコーダー、聞いたんだね」
よかった、と綱吉がホッとして笑顔を見せるのに、ハルは怪訝そうな顔をした。
もともとメッセージを聞く気はなかったし、結局のところメッセージを聞く暇もなかったのだ。
「……いいえ。獄寺さんやツナさんのお仕事に関わることなのに、第三者であるハルが聞くわけにはいきませんから」
しおらしくそう返すと、ハルはボイスレコーダーを取り出し、テーブルの上に置いた。
「これ、返しますね、ツナさん」
大事なものを、いつまでもハルが持っているわけにもいかないだろう。
ちらりと綱吉の顔を見ると、彼は少し困ったような表情でボイスレコーダーを見つめている。
「いや、これの中身、ハル宛のものだから……」
任務中に時折、親しい者に向けてメッセージを残す者がいる。そういった者のために、ボイスレコーダーを利用することがあるのだと綱吉は説明を始めた。
獄寺はいつも個人的なメッセージを残すことはなかったが、今回は任務期間中にハルの誕生日が重なっていたから、綱吉のほうからも強くボイスレコーダーの利用を勧めたのだ。もちろん、報告の折にメッセージを伝えることになるから、綱吉や雲雀など報告を受けている者もその内容を知ることになる。だがそれを知った上で、報告のついでに親しい者への伝言を利用する者もまた、少なくはなかった。
「ハル宛……ですか?」
そんなの聞いてませんと言いかけたハルを制して、綱吉がボイスレコーダーのスイッチを入れる。
あの時、なかなか押すことのできなかったスイッチが、いとも容易く入った。
雑音が聞こえてきて、その向こうに獄寺の声が被さってくる。
『──あー……悪いな、誕生日にそばにいてやれなくて。遅くなるけど、ぜってー帰るから待ってろよ』
あっと言う間のメッセージだった。時間にすれば、数十秒もあるかどうかのメッセージだ。
それでも、獄寺の声だった。ぶっきらぼうだが心のこもったメッセージだ。
悪いなと言ってくれた。絶対帰ると言ってくれた。ハルが欲しかったのは、この言葉たちだ。先にこんなふうに言ってもらえていれば、いつまでも落ち込んだり、獄寺に冷たく当たったりすることもなかったのに。
「獄寺さん──!」
咄嗟に口元に手を当てて、ハルは奥歯をぐっと噛みしめる。そうしていないと今にも泣き出してしまいそうだった。
欲しかった言葉が、こんなところにあっただなんて。獄寺がこんなふうにハルに対して、気持ちを伝えようとしてくれていただなんて、思いもしなかった。
「ハル、あんまり獄寺君を苛めるなよ。仕事に支障が出たら困るからさ」
やんわりと綱吉が注意をするのに、ハルはただただ頷くばかりだった。
おそらく獄寺は、面と向かっては言ってくれないかもしれない。いいや、それともハルがはっきりとねだれば、言ってくれただろうか。
今となってはどうでもいいことだが、このメッセージをあの時、何故聞いておかなかったのだろうかとハルは後悔した。聞いていれば、しつこく拗ねたりはしなかっただろう。いきなり帰ってきた獄寺のことをもっと労ってやっていただろう。
「ごめんなさい……」
ぽつりと呟くハルの肩に、綱吉の手が置かれる。
「帰ったら、獄寺君にたっぷり甘えるといいよ、ハル。明日から獄寺君、三日間の休暇に入るから」
たったの三日。
あれだけ長期に渡って獄寺さんはいなかったのにと冷静に返したハルに、綱吉は苦笑した。
それでも、綱吉との面会を終える頃にはハルの心はすっかり軽くなっていた。
応接室を後にしてマンションへと帰るハルの足取りは軽やかで、道行く人の目にはとても幸せそうに見えたのだった。
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