『and then 2』
(作:篠宮 めえ)
幼い頃からゼフの元で育ったサンジは、眠れない夜や不安な夜にはたいてい、誰かに抱いてもらった。どちらかというとコック仲間はサンジのペニスに執着をみせ、弄くったり口でしゃぶったりすることを好んだ。あれはもしかしたらお触りの延長線上にある行為だったかもしれないと、大人になってからのサンジは思う。
しかし、ゼフは違った。
ゼフは、サンジを布団の中に入れてくれた。あたたかな布団の中に招き入れてくれ、サンジが「今日はしないのか?」と尋ねるまでは手を出そうとしない夜のゼフは、優しかった。サンジの全身を唇で、指で、優しく愛してくれた。布団の中で肌を合わせる時だけが、この義足の養父に自分が必要とされているのだと思える瞬間だった。
その養父が、今、自分の目の前にいた。
東の海にある海上レストランを切り盛りしているはずのゼフが、何故、グランドラインにいるのだろうか。
サンジ自身も納得のいかないものを抱え込んだまま、じっと目の前の三人を見つめていた。
「香辛料の買い付けに来たんだ。文句があるか?」
ぎろり、とまたゼフの目がサンジを睨み付ける。
「香辛料だ? その間、店はどうなってんだよ、え?」
唾を飛ばしながらサンジが怒鳴り始めたのを見て、パティが背後から羽交い締めにしかかった。
「まあまあ、落ち着けよ」
言いながらもパティは、サンジの片足の内側に自分の足を差し込み、軽く力をかけてひっくり返そうとする。
「話は……場所をかえてしようや」
カルネが言った。
返事をする間もなく、サンジは鳩尾を殴られた。
意識が遠のいていくと同時に、身体が二つに折れる。
地面が、接近してくる……。
意識が戻ってくると、打ち寄せる波の音がやけに大きく耳に響いてきた。
「目が覚めたか」
心配そうな様子のゼフがサンジの顔を覗き込んでいる。
しばらくぼんやりとサンジは考えていた。自分はいつ、バラティエに戻ったのだろうか、と。ゼフの顔があって、その後ろには同じように不安げなパティとカルネの顔がある。三人が、じっと自分のほうを見つめている。
まるで、小さな子供の頃に戻ったような気分がする。
日頃は厳しいゼフも、サンジが体調を崩したり熱を出したりすると驚くほど優しくなる。熱を出した次の日の朝などは特に、枕元で少し落とし気味の声色で何か食べたいものはないか、と尋ねられるのが嬉しくて、病気の時はいつも朝が楽しみだったほどだ。
「なんで……」
言いかけて、鳩尾のあたりの痛みに気付いた。そうだ。自分はカルネに殴られたのだ。そう気付いた瞬間、サンジは飛び起きた。
「おい、このタコ! てめぇ、よくも……」
と、力いっぱい蹴り上げようとしたところでゼフに襟首を掴み上げられ、サンジの蹴りは虚しく宙を蹴った。慌てて前のめりになった体勢を立て直そうとしたが、それすらもできなかった。
「クソジジイ、放しやがれ!」
ぐい、と身体を捻って背後のゼフを睨み付けた途端、襟首を掴んでいた手が放れた。
自由になったサンジの身体が、バランスを崩して床につんのめる。
「おわっ……」
よろよろと二歩、三歩と身体を揺らめかせたところでゼフに足を払われた。
「なあ、チビナス。お前、何か心配事でもあるんじゃねぇのか?」
驚くほど優しい声で、ゼフは尋ねた。
ドキン、とサンジの胸が脈打つ。
何故わかってしまったのだろうかと、サンジは窺うようにちらりとゼフの顔を見た。厳つい顔がじっとサンジを見ている。サンジから喋り出すのを、待っているのだ。
「心配事なんてねえよ。俺は、てめぇにゃ用はない」
ぶっきらぼうにそう返すと、サンジはくるりと背を向けた。
ゼフに背を向けたサンジは、ドアの方へと歩いていく。
部屋の入り口は一カ所、パティとカルネが両側に立ち尽くすドアだけだ。あとは、海岸に面したところに大きな窓がひとつ。夕日の名残がオレンジ色の薄暗い陽光を、部屋の中へと投げかけている。
「じゃあな」
と、軽く手を挙げてサンジがドアに手をかけようとした瞬間、コツン、と音がした。義足をつけているほうのゼフの足音だ。
手を止めて、サンジは背後の気配を探った。無理に引きとめる気はないものの、ゼフは、サンジにもうしばらくこの場所にいて欲しがっている。当然だろう。出会ってから十九になるまでずっと、サンジはゼフと一緒に生活をしてきた。血の繋がりはなくとも、二人は確かに父と子であり、サンジにとっては心の支えでもあった。そのゼフが、すぐ近く、手の届く場所にいるのだ。
唇をぎりりと噛み締め、サンジは俯いた。
どうしよう、どうしよう、と頭の中でその言葉だけがぐるぐると回っている。
ドアノブに手を伸ばすと、はあ、と溜息を吐いた。肩で息をすると、いっそう自分が惨めに思えてくる。パティとカルネが何も言わないのも一因だ。あの二人が何かしら行動を起こしてくれればいいのにと思いながらも、ゼフがそうさせないように抑え込んでいるのだということにサンジは気付いていた。あの二人は、動かない。こういう時は特に、ゼフがいいと言うまでは忠実に動くはずだ。
「──…心配事ってわけじゃねぇんだけどよ」
ノブを握る自分の指をじっと見つめながら、サンジはぽつりと言った。
「教えて欲しいことならあるんだ」
まさかこの面々に訊くことになろうとは、サンジも思っていなかった。
だいたいこの三人は、バラティエにいるはずの人間だ。グランドラインのこんな片田舎にまで香辛料の買い付けにくるなど、
馬鹿げている。
すう、と息を吸って、サンジはくるりと振り返った。
ゼフも、パティもカルネも、何も言わない。ただ黙って、サンジの次の言葉を待っている。
「なぁ、セックスってなんだよ」
その言葉を口にした瞬間、サンジの胸の内にしこっていた何かが音もなく崩れ落ちた。
「教えろよ、ジジイ。知ってんだろ、ああ?」
挑みかかるようにして睨み付けると、ゼフは口の端だけで小さく笑っていた。
「なんだチビナス、まだわかってねぇのか、お前。そんなことも知らんようじゃ、やっぱりお前はまだまだチビナスだな」
そう言ってゼフは、足を一歩、前へと出した。コツン、と耳障りな音が床を打つ。
「こっちへ来な。教えてやらぁ」
最初にゼフは、サンジ一人に衣服を脱ぐようにと命じた。
感情のこもらない冷たい声に、サンジはブルッ、と身震いをした。
羞恥心を隠すため、手早く衣服を脱いだ。床にそのまま落とすのは躊躇われたので、部屋の隅にあった椅子の上にきちんと畳んで置いた。
両手を広げ、胸の内に何の思いも隠していないことを示した。
ゼフはベッドに腰掛けて、サンジをじっと凝視している。
「おい、チビナス。おめぇ、ちいっと舐めてみろ」
そう言うが早いか、ゼフは下衣の中から自らの男根を取り出した。まだ力無くぐったりとしているペニスは赤黒くて醜い。顔をしかめながらもしかし、サンジはゆっくりとゼフのペニスに顔を近づけた。
こもったような汗のにおいと、微かな尿のにおいがサンジの鼻をつく。
「もっと顔を寄せねぇか」
そう言うとゼフは、やにわにサンジの髪を鷲掴みにし、ぐい、と自らのペニスにサンジの顔を押しつけた。
頬になすりつけられたペニスの感触に、子供の頃の思い出が蘇ってくる。
そうだ。
あの時のサンジは、自分から強請っていた──
to be continued
(H17.1.29)
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