『and more 1』
(作:篠宮 めえ)



  ゾロの誕生日の夜はメリー号あげての大宴会だった。
  誰の誕生日の時にもお祭り騒ぎは必ずあったが、食べて、飲んで、騒いで。祝いの言葉を口々にし、時間を過ごした。いつもより賑やかな船上で、ゾロは始終上機嫌だった。コックがとっておきの酒を出してきたからだ。
  いつもは顔を合わせると喧嘩ばかりしているゾロとサンジだったが、ゾロが誕生日の今日ばかりは余計なことは口にしないことに決めているらしい。
  罵りあうこともなく、誕生日の夜が更けていった。



  気がつくと女性二人は部屋に引き上げ、男性陣は甲板のあちこちで大の字になって眠りこけていた。
  酒瓶をしっかと抱えこんだゾロがつまみを探してキッチンへふらりと入っていくと、汚れ物の片づけをするサンジがそこにはいた。
「……ツマミはあるか?」
  ゾロが声をかけると、サンジは剣呑そうな仕草でぎろりとゾロをひと睨みし、返した。
「少し、待ってろ」
  そう言われたゾロは、テーブルについてまた酒を飲み始める。手酌で飲む酒は、自分のペースで飲めるのが楽しい。誕生日の余韻に浸りながら一口、酒を口に含む。
  目の端ではサンジがキッチンで軽いツマミを見繕っている最中だ。今日は誕生日だから特別なんだとブツブツ言いながらも、サンジは忙しそうにキッチンでごそごそとやっている。
  開け放ったドアの向こうに誰かの足が見えている。あれは多分、ウソップの足だろう。姿は見えなかったがルフィの鼾はキッチンにいてもはっきりと聞き取ることが出来たし、チョッパーはというとキッチンの片隅で丸くなって眠っている。
  平和だった。
  海軍の影はどこにも見えなかったし、天候もこのところ好天候続きで質の良い追い風に恵まれている。
  ここまで恵まれた誕生日というのも珍しいかもしれない。
  ウソップの時は嵐のまっただ中を航海しなければならなかったし、ルフィの時には人っ子一人いない島で食糧になりそうなものを調達しなければならなかった。ナミの時には、海軍に追い回された挙げ句、一時的にとはいえ航路を外れて逆方向へと向かわなければならなかった。
  ゾロにしてみればは物足りない誕生日だったが、終わってみると、これはこれでよかったのかもしれないなどと思えてしまう。
  ぼんやりと手酌で酒を飲んでいると、サンジが小皿を目の前に差し出してきた。
「ほら、これでも食ってろ」
  出てきたツマミをつつきながらゾロは、酒を飲んでいる。
  しんと静まりかえったキッチンの中は妙に居心地が悪くて、二人ともがどこか気まずい空気を感じ取っていた。



「あ……」
  不意に、サンジが小さく声をあげた。
  皿洗いの手を止めて、今気付いたような顔をして、くるりとゾロのほうへ向き直る。
「悪りぃ、忘れてた」
  そう言われてもゾロは怪訝そうにサンジを見つめ返すばかりだ。何を言われているのか、ゾロには見当もつかない。何のことだろうかと尋ねようと口を開いたところに、サンジの言葉が重なった。
「ハッピーバースデー、クソマリモ」
  朝から仲間たちに散々言われた言葉だったが、サンジに言ってもらうのはこれが初めてだ。
  俯き加減に口の中でボソボソと礼を言うと、一息にぐい、と酒を煽り飲んだ。
  常日頃、顔を合わせると喧嘩ばかりしているサンジから祝いの言葉をもらうことになるだろうとは、思ってもいなかった。油断していた。まともに言葉を返すこともできず、ゾロはただ黙って酒を飲み続けた。
  こんなにも酒を飲んでいるのに、口の中がカラカラに乾いてくる。
  普段、意識などしたことのない相手を急に意識しだしたような感じがして、妙に気恥ずかしい。
  目の前にいるサンジが悪いのだ。
  ゾロはまた、ぐい、と酒を飲んだ。
  サンジはサンジで、やはりこちらも気まずい思いをしているのか、わざと大きな音を立てながら洗い物の残りを片づけ始めた。



  カタン、と音がした。
  ついで、ゾロの立ち上がる気配が。
  咄嗟にサンジは振り返り、しかし精一杯の虚勢を張りつつ尋ねかけた。
「なあ。確か、他の連中はとっくにお前にプレゼントを渡してたよな」
  本当は、ゾロが午前中に皆からプレゼントをもらったことなどわざわざ聞かずともサンジは知っていた。それでも、自分は皆のように気前よくプレゼントを渡すような人間ではないのだぞと見せかけるため、確かめるかのような問いを発したのだ。
「あ?」
  怪訝そうにゾロは眉をひそめる。
「……俺も、な」
  と、サンジは、勿体ぶって言葉を紡ぐ。低い声で。
「俺も、プレゼントを用意してはいたんだけどな」
  言いながらサンジはゆっくりとゾロのほうへと近寄っていく。
  コツ、コツ、という靴音が、二人の心臓の音に密かに重なって響いている。
「お前のお気に召すかどうかはわからねぇが……」
  躊躇うように、サンジは口を開く。
「──セックスのやり方をお前に教えてやろうかと思って、な」
  緊張しているのか、声が掠れていた。



「セックスだと?」
  顔をしかめてゾロが尋ね返す。
  サンジは口の端を歪めると苦笑いを浮かべた。
「あいにく、今は手持ちがねぇんだ」
  強がって返したものの、どこか不安そうな色が瞳の中にのぞいている。
  しばらく逡巡してからゾロは言った。
「じゃあ……教えてくれよ、お前のセックスとやらを」
  我ながら馬鹿なことを言っていると、ゾロは思った。何故、こんなふうに返してしまったのだろうか。顔を合わせると喧嘩ばかりの単なる仲間……それも男相手に、セックスなどして、どうしようというのだろう。
  誕生日の最後の締めがこれだとは、さすがに考えもしていなかった。
「新手の嫌がらせか?」
  ポソリと口にした呟きがサンジの耳にも届いたのか、間髪入れずに蹴りが飛んでくる。
「俺は本気だ。さあ、どうする、クソマリモ」
  ずい、とサンジがゾロのほうへと一歩近づいた。
「どうする、って言われてもな……」
  ゾロはじっとその場に立ち尽くしている。
  ゆっくりと、サンジは足を踏み出した。
  一度は口にしてしまったことだ。どうあってもゾロにこのプレゼントを受け取ってもらわないことには、気がすまない。
  きりりと口元を引き結ぶとサンジは、ぎろりとゾロを睨み付けた。






to be continued
(H16.12.2)



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