嫌い、嫌いも2

「十代目」
  低く呻くような獄寺の声がして、ついで胸の先にガリ、と鋭い痛みが走る。
「んっ」
  嫌、と首を横に振って体を捩らせると、クチュ、と湿った音がして、乳首を舐めあげられた。
「あ、んんっ!」
  不覚にも感じてしまった。気持ちがいいのだ。ぺちゃんとした平らな胸の先を丁寧に、少し痛いぐらいに舌で愛撫され、やんわりと吸い上げられる。それだけで体が痺れて動けなくなっていく。
「ふっ、あ……」
  逃げなければと思いながらも、体の力が抜けてしまって動くことができない。本当は嫌なのだ、無理矢理は。痛いし恐いし、気持ちも辛い。そう。体だけではなくて、心までも痛いから、嫌なのだ。
「やっ……嫌……獄寺君……」
  ポロリと涙が零れたと思った瞬間、ぐい、と片足に獄寺の膝が乗ってきて、足の動きを封じ込められてしまった。足の間に身を割り込ませた獄寺の身体が密着してくる。
「やめて……やめろって!」
  胸を突き出し大きく体を捩ろうとすると、獄寺が眉をひそめて綱吉を見下ろした。
「ダメです」
  低く、言い聞かせるように獄寺が言った。
  獄寺の言い分もわかるような気がするが、ここで流されてしまうと後がない。綱吉は恐怖を飲み込むかのように、口の中に溜まった唾をゴクリと飲み込んだ。



  二人が付き合いだしたのは半月ほど前のことだ。
  日頃からの獄寺の求愛に応えるようにして、綱吉が差し出された手を取った。
  それが始まりだった。
  昼となく、夜となく、好きだ好きだと告げられて、理性が飛んでしまっていたのかもしれない。
  気が付いたら流されて、キスだけでなくセックスまでするような深い仲になってしまっていた。
  こんなのは健全ではないと綱吉は思う。男同士で、こんなことをするなんて、と、いまだに自分でも信じられない気持ちでいっぱいだ。
  とは言え、獄寺のことが好きだ、愛しいと思う気持ちもまた事実で、何とも複雑な気持ちでもあるのだが。
  そう。厄介なことに自分は、獄寺に好意を持っている。
  ほんの些細な触れ合いにもドキドキして、首から真っ赤になってしまう自分がいる。
  彼のことを愛しいと思う。誰よりも大切にしたい、とも。
  だけどセックスは嫌だ。
  獄寺の強引すぎる触れ方に、愛情よりも恐怖を感じてしまう。
  自分が何か別のもの、別の存在に作り替えられてしまうような怖さがある。
  抱かれることへの抵抗と、抱きしめることへの憧れと。
  相矛盾する気持ちに、心はいつも拮抗している。
「嫌だ……」
  掠れた声でそう綱吉が呟いた。
  獄寺にはしかし、その呟きは聞こえない。



  腕を拘束され、片足も自由を奪われた。
  体を捩って逃げようとすると、獄寺の空いているほうの手が、綱吉の性器をわし掴んでくる。
  ぐっ、と力を込めて根本から竿を握りしめ、強い力で扱かれると、それだけで綱吉の体は反応しそうになる。
「……硬くなってきましたよ、十代目」
  耳元にかかる囁きに、綱吉は背筋をゾクリとさせた。
  嫌だ。気持ち悪い。そう思いながらも、心のどこかでそれを快感と捕らえている部分がある。自分の頭の中で、これは気持ちいいことなのだと誰かが宥めるように声をかけてくる。
  耳を傾けてはいけないと、綱吉は思った。
  このまま獄寺に押し切られて、いつものように流されてしまってはならないと、ぎり、と唇を噛み締める。
  自分にのしかかってくる男の顔を見上げると、眉間に皺を寄せて苦しそうな表情をしている。
  だけど、騙されてはならない。絆されてはならない。
  自分だって嫌なものは嫌なのだと、はっきりと言わなければ。
  そう思うのに、言葉がなかなか出てこない。
  唇を噛み締め、恨めしそうにじっと獄寺を睨み付けるだけが精一杯だ。
  なんて情けないのだろう、なんてみっともないのだろう、自分は。
「っ……」
  竿の裏側をくすぐるように指が這い上がっていくのを感じて、綱吉の腰がピク、と揺らいだ。片足を押さえられているのに、それでも反射的に腰が揺らごうとしているのだと思うと、自分がとてつもなく浅ましい人間になったような気がする。
  こんな風にして触れないで欲しい。気持ちよすぎて、どうすればいいのかわからなくなるから。
「ご…く、寺……君……」
  震える声で綱吉が名前を呼ぶと、獄寺の唇は綱吉の唇にそっと合わさった。
「ん、ぅ……」
  チュ、と音を立てて離れていく唇が憎らしい。離れて欲しくないのに、離れていくのはズルイと綱吉は思う。
  そのくせ、抱かれることに抵抗する自分は、もしかしたら獄寺を好きな気持ちが足りないのだろうか。
「や、だ……」
  それでも自分は、嫌だと言って拒み続けるのだろうと綱吉は思う。
  好き。だけど、全てをさらけ出すには恥ずかしい。だから、セックスはしたくない。
  気持ちいいことはわかっている。流されてセックスに持ち込まれるのも、最初は嫌がっているものの、最終的に体は悦んでいることに気付いている。
  だけど……。
  やっぱり嫌なのだ。
  足の間に触れてくる手も、後ろをまさぐる長い指も、熱い唇も……何もかも、嫌いになってしまうことができたらいいのにと綱吉は唇を噛み締める。
  それでも自分は、彼のことを好きでいるだろう。
  嫌いになんて、なれっこない。
「……ふ、んぅ……」
  囚われた体が大きく震えて、鎌首をもたげた性器の先がぬかるんでくる。
  獄寺の指は、すぐに綱吉の弱いところを見つけだしてしまう。どんなに隠しても、自分が彼のことを好いているということをさらけ出してしまうことになるのが悔しくてならない。
「やっ……!」
  何度目かの綱吉の抵抗にもめげることもなく、それどころか獄寺は一向に愛撫の手を休めようとしてくれない。
「でも、好きなんですよね、十代目」
  そう耳元で囁く声に、何かがゾクリと背筋を這い上がっていく。
「ぁあ……」
  自然と声が洩れた。



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(2011.8.16)



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