キスは、甘くはなかった。
そっと唇を合わせると、煙草のにおいがしていた。それから、獄寺であって獄寺ではない人のどこか懐かしい感じのするやさしいにおいが。
やはり目の前にいるこの獄寺は、自分が求める獄寺ではないのだと綱吉は思った。
自分の中の熱が、すーっと冷めていく。
十四歳の獄寺を迎えに行こう。綱吉は思った。
二十四歳の自分の元から取り戻して、そうして、十四歳の獄寺と二人で元の世界に戻るのだ。
綱吉は、獄寺から身を引いた。白くて華奢な肩口をそっと押し返すと、二十四歳の獄寺から体を離す。
「どうかされましたか?」
獄寺が尋ねるのに、綱吉は小さく笑いかけた。
「やっぱり、無理」
俺には無理だよと、綱吉は呟いた。
獄寺のことは好きだが、二十四歳の獄寺では自分の右腕になることはできない。十四歳の獄寺が、二十四歳の綱吉の右腕になることができないのと同じことだ。獄寺のことは好きだが、今、自分の目の前にいるのは自分の獄寺ではない。
「ごめんなさい、やっぱり無理です。オレの獄寺君は、あなたじゃないから」
躊躇いがちに綱吉が告げると、二十四歳の獄寺はホッとしたように口元に笑みを浮かべた。
二人して交代でシャワーを使った。
綱吉も獄寺も、スウェットの上下を着込んで部屋を後にする。
綱吉は十四歳の獄寺を、二十四歳の獄寺は同じく二十四歳の綱吉を取り戻すために。
部屋のドアをそっと閉めると、廊下の静けさが身に染みた。
「……獄寺君は、オレのどこが好きなんだろう」
ポツリと綱吉は呟いた。
常々、疑問に思っていた。獄寺のように頭もよく、実力のある男が何故、ダメツナと呼ばれる自分の右腕になりたがるのかが今ひとつよくわからない。それほどまでにボンゴレ十代目となる人物に魅力を感じているのだろうか、獄寺は。
「ぜんぶ好きだからお側にいるんです」
後ろをついて歩いていた二十四歳の獄寺が、不意に呟いた。
「え?」
立ち止まり、綱吉は背後の獄寺を振り返る。
「あなただから、好きなんですよ」
獄寺の言葉に綱吉は、怪訝そうに首を傾げた。
二十四歳の獄寺の言うことは、難しくて時々わからないことがある。綱吉だから好きという言葉の真の意味は、どこにあるのだろうか。
「そのまま素直に受け取っておいてください、十代目」
そう言うと獄寺は、ポン、と綱吉の肩を叩いた。
そんな仕草にも綱吉の心臓は、ドキドキと高鳴る。目の前の獄寺が自分の獄寺ではないのだとわかっていて尚、優しくされることを期待してしまいそうになる。
慌てて顔を背けると、廊下の向こうにぼんやりとした光が見えた。正面玄関へと続く階段のあたりだろうか。その向こうには、階段の踊り場を挟んだこちら側と同じような雰囲気がしている。薄暗い廊下の向こうに吸い込まれてしまいそうな感じがして、綱吉は知らず知らずのうちに首を竦めていた。
廊下に浮かぶ影がユラユラと揺らめいているように見える。
まるでお化けのようだと思った綱吉は、慌ててその考えを頭の中から消し去ろうとする。あれはお化けじゃない、ただの影だと口の中で呟いていると、獄寺に腕を引かれた。
「ヒッ……!」
声をあげた途端、シーッと諫められる。
「来てくださったのがあなたでよかった」
微かな笑みを浮かべて獄寺は、綱吉の耳元に囁きかけた。
「え? なに、どーゆー意味?」
尋ねかける綱吉にの唇に、掠めるようなキスを残して獄寺は身を離した。
目の前の部屋が、二十四歳の綱吉と十四歳の獄寺のいる部屋だ。
ドアに向き直ると綱吉は、ゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
十四歳の獄寺をうまく部屋から連れ出すことができるだろうか?
ドアノブに伸ばす手が、小さく震えている。
怖いのだ。十四歳の獄寺が、二十四歳の綱吉のほうが好きだと言ったら自分はどうしたらいいのだろうか。その時には、すごすごと尻尾を巻いて一人で元の時代に戻るしかないのだろうか。
──どうか、そんなみっともないことにはなりませんように。
ドアノブを握ると、ゆっくりと力を入れる。手が震えているからだろうか、なかなか力が入らない。両手でノブを握りしめ、さらに力をこめる。
二十四歳の獄寺は、なにも言わずに綱吉の後ろに控えている。それだけでも、綱吉は安心することができた。なにかあっても大丈夫だ、獄寺君がいるから。そう思いながら、ノブを回した。カチリと微かな音がして、ドアが開いた。
細い隙間をあけて中を覗き込む。
ベッドの上でもつれるようにして抱き合う二人の姿が見えた。
「あ……」
途端に綱吉の口の中が、カラカラに渇いていく。
「あ、ああぁ……!」
弱々しく悲鳴をあげた十四歳の獄寺は、首を左右に大きく振った。
白い裸体は汗ばんでおり、遠目にもしっとりと肌が濡れているのがわかった。
「──獄寺君!」
何故、自分は獄寺をこの部屋に置き去りにしてしまったのだろうか。
何故、二人で一緒にこの部屋を後にしなかったのだろうかと綱吉は後悔した。
「やっと来たね」
二十四歳の綱吉が、嬉しそうに目を細める。
「獄寺君を離せよ」
そう言うと綱吉は、ドアを大きく開いて部屋に踏み込んでいく。背後にいる二十四歳の獄寺は無言で綱吉に付き従ってくれた。
白い体を背後から抱きしめた二十四歳の綱吉は、嬉しそうに綱吉と二十四歳の獄寺とを交互に見比べている。
「やっぱり彼は獄寺君だよ。こんなにも快楽に弱いんだ」
二十四歳の綱吉の言葉も、十四歳の獄寺の耳には届いていないようだ。だらしなく口を半開きにしたまま、ダラダラと涎を零している。
「強情なところがまた可愛いんだ」
ぎゅっと抱き締めた白い体を二十四歳の綱吉が背後からやんわりと揺さぶると、それだけで獄寺は甘い悲鳴をあげる。
「ほら、可愛いだろう?」
クチ、と湿った音を立てて、綱吉の手が獄寺の性器を軽く握りしめた。竿の部分を何度か扱くと、それだけで透明な先走りが溢れ出てくる。艶めかしい獄寺の色香に、十四歳の綱吉はゴクリと唾を飲み込んだ。
目を、離すことができない。
十四歳の獄寺の、なんと色っぽいことか。
「今頃になって来たって、遅いんだよ」
二十四歳の綱吉は、チュ、と十四歳の獄寺のうなじに唇を押し当てた。
皮膚を唇でやんわりと挟み込み、吸い上げる。
「やっ……あぁ……」
背を反らして粗い息をつく獄寺のペニスから、またしても先走りが零れ落ちる。ヒクヒクと竿がひくついている。
「こんなになってるのに、まだ一度もイッてないなんて強情だろう?」
十四歳の綱吉の視線は、獄寺の裸体に釘付けになっている。こんな姿を見せつけられたら居たたまれない。
「お戯れはそのあたりになさいませんか、十代目」
不意に二十四歳の獄寺が、よく通る声で言い放った。
「今のあなたは、俺の知っている十代目とは似ても似つかない別人としか思えません」
二十四歳の獄寺は、躊躇うことなくベッドへと近付いていく。
「そんなことないよ。オレは、オレだよ、獄寺君」
悪びれた様子もなく、二十四歳の綱吉が告げた。
綱吉は、黙ってじっと二人の様子を見つめることしかできなかった。
二十四歳の獄寺は怒っていた。
彼の怒りは、二人から少し離れたところに立ち尽くしている綱吉にもはっきりと伝わってくる。
十四歳の獄寺は喧嘩っ早い。しかしそれはあくまでも綱吉以外の誰かに対してであって、ここまであからさまな怒りを綱吉にぶつけるようなことはしたことがない。
「こんな子どもに……」
眉間に皺を寄せた二十四歳の獄寺は、勢いよく二十四歳の綱吉の頬を叩いた。パシンと小気味よい音が部屋の中に響いた。
「わ……」
驚いた十四歳の綱吉は、ベッドのほうへと駆け寄った。
「獄寺君、あの……暴力は……」
言いかけた綱吉に、二十四歳の獄寺は凄んでみせた。
「大丈夫ですよ、十代目。これしきのことでどうにかなるような人ではありませんから」
そう言って獄寺は、二十四歳の綱吉にちらりと視線を馳せる。
仕方がないなと、二十四歳の綱吉は掠れた声で呟いた。ぐたりと力の抜けた十四歳の獄寺からのろのろと離れると、気怠そうな様子でバスルームへと消えていった。
「さあ、この部屋から出ましょう、十代目」
ベッドの上でぐったりとなった十四歳の獄寺の体を抱き上げ、二十四歳の獄寺は綱吉をちらりと見た。
「あ……うん」
躊躇いがちに綱吉は頷いた。
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