キス、そしてキス 2

  放課後を待って、二人で獄寺の家へと向かった。
  屋上では寒すぎるし、綱吉の部屋ではリボーンやランボたちが目障りだということで、獄寺の部屋に行くことになったのだ。
  学校から少し離れたところにある獄寺の部屋はこぢんまりとしてはいるものの、日頃からゲームや漫画を散らかしっぱなしにしている綱吉からすれば随分と大人っぽい部屋に見えた。
  シックな雰囲気の居間に通され、カウチに腰をおろした。
  なんどか来ているから知らないわけではないけれど、恋人の部屋にいるのだと思うと、それだけで綱吉はどうにも落ち着かない。
  もぞもぞと体を揺らして座り直していると、獄寺がキッチンから戻ってくる。
「インスタントでスンマセン、十代目」
  言いながら獄寺は、テーブルの上にカップを置く。湯気の上がるコーヒーカップの横に、綱吉は朝、獄寺から手渡されたチョコの箱をそっと置いた。
「宿題が終わったら、一緒に食べよっか」
  綱吉が言うと、獄寺は躊躇いがちに頷いた。昼間、屋上であったことを思い出したのだろうか、目の下のあたりがほんのりと色づいている。
  綱吉は気付かないフリをして笑った。
「さ、宿題やろっかな」



  鼻先に人参をぶら下げられた馬は、いったいどのくらいの頑張りを見せるのだろうか。
  いつものように、わからないところは獄寺に教えてもらいながらなんとか宿題を片付けた綱吉は、ちらりとチョコレートの箱に視線を向けた。
  宿題を終えた途端に二人とも、ぎこちなく不自然な空気に囚われてしまったかのようだ。
「あー……あのさ、獄寺君」
「はいっ、十代目!」
  テンパってるなと思いながらも、綱吉は真面目な顔を崩さない。
「残りのチョコ、食べてしまおうか」
  尋ねると、おずおずと獄寺は頷いてきた。
  チョコを一粒摘み上げると、獄寺の口元へと持っていく。
「食べて?」
  ドキドキしているのは、これからすることを理解しているからだ。ただ単に、獄寺にチョコを食べさせるだけではない。この部屋に綱吉を招いた獄寺自身、そのことをはっきりと理解しているはずだ。
  控え目に唇を開けると獄寺は、綱吉の手からチョコを食べる。
  綱吉の指の先に触れた唇は、しっとりとしていた。
  いつの間にかチョコではないものに夢中になっていた。
  甘い指先や唇のほうに意識は向かい、執拗にキスを交わし、相手の舌を吸い上げていた。
  唇を合わせると、チョコの甘い香りと、獄寺の煙草とコロンの微かなにおいが綱吉の鼻先をくすぐる。
  しがみいてくる手が、ぎゅう、と綱吉のシャツを握りしめてくるのを感じた途端、ドキドキして、わけもなく少しだけ胸の隅っこが痛んだ。
「獄寺君……」
  銀髪に指を絡ませると、驚くほどサラサラとしていた。一房指に摘んで、唇を寄せる。
「じゅ…代、目……」
  はあ、と息をつきながら、獄寺が上擦った声で呼んだ。
  獄寺の目の縁はうっすらと赤く色づき、艶めかしく綱吉を誘っている。ふっくらとした唇が赤々しく、下唇に残る唾液の雫を綱吉はペロリと舐め取ってやった。



  唇が離れていくのが寂しくて仕方がない。
  もっと深く唇を合わせて、舌と舌とを絡め合わせたい。肌と肌とを合わせて、触れあって、それから……。
  ふと顔を上げると、獄寺が今にも泣きそうな顔をして綱吉を見つめていた。
「今日、は……」
  ボソボソと口の中で獄寺が呟いている。いつもの自信満々な獄寺とは違い、消え入りそうな弱々しい声で尋ねてくるのがなんだか可愛らしく見えて、綱吉は小さく笑った。
「今日は、なに?」
  耳元に唇を寄せて尋ねると、一瞬にして獄寺の顔が真っ赤になる。
「あっ…あのっ、そのっ……」
  もじもじと遠慮がちにしている様子は滅多に見られないもので、綱吉は満足げに獄寺の頬に唇を寄せた。チュ、と音を立ててキスをすると、獄寺はますます赤い顔をしてうつむく。
「と…泊まっていきませんか、十代目。ゴム……買って、ある……から……」
  耳まで真っ赤にしてうつむいたまま、獄寺は目をぎゅっと瞑っている。それでも必死になって綱吉を引き止めようとするところが可愛くてたまらない。
「うん」
  頷いた瞬間に、弾かれたように獄寺が顔を上げる。驚きと喜びの入り交じった表情も、その後にやってくる花が綻ぶような笑みも、綱吉は気に入っている。
  周囲から始終ダメツナと言われてきた自分をここまで慕ってくれる獄寺の想いが、この笑みにすべて凝縮されているような感じがする。ああ、自分はこの顔が見たかったのだと、綱吉は獄寺の身体をぐい、と引き寄せ、抱きしめた。
「泊まっていくから、抱かせてくれる?」
  獄寺が断ることなどなかったが、それでも、綱吉にしてみればお窺いを立てることすら恥ずかしくてならない。男のプライドを総動員させ、綱吉が尋ねてくれるのが獄寺には嬉しくてならない。
  小さく頷くと獄寺は、綱吉のシャツをぎゅっと握りしめた。
「抱いて……ください、十代目」
  まるでどこかの三流映画のような台詞だなと思いながらも、それでも獄寺のことが愛しくてたまらない。
  と、同時に、獄寺が自分をこんなにも想ってくれているのだと、嬉しくもなる。
「……うん」
  綱吉は大きく頷くと、獄寺の身体を強い力でぎゅっと抱きしめた。



  獄寺のベッドはそう広くはなかった。
  年頃の男の子が二人で使うには少し苦しかったが、今さら場所をかえるなんてことは考えられなかった。
  互いに着ていたものを脱がし合うと、煌々と照りつける灯りの下で向き合う。
  胡座をかいて座ると、互いに相手の性器を扱きながらキスを交わした。チュク、と湿った音がしたのは、唇の間でか、それとも別のところからなのか、それすらもすでにわからないほどだ。
  勃ち上がった性器の先端から先走りが滲み出てくると、獄寺はなんども先走りを掬い取っては指の腹を舐め、綱吉の味を確かめた。
  獄寺の用意したコンドームを互いの性器にかぶせ合うのは、初めて抱き合った日からお決まりの手順となっている。儀式めいたその行為を、綱吉は気に入っていた。シリコンの薄い皮を指で伸ばして相手の性器に被せていく。ペニスの先にペタリとコンドームの底を合わせて、少しずつ竿を包み込むようにしてシリコンを下ろしていく。時々、顔を寄せて先端を舐めると、獄寺の太股の付け根や腹筋がヒクン、ヒクン、と痙攣する。
  パクリと口に含むと、シリコン越しの竿に舌を絡めて、吸い上げる。たっぷりと唾液で濡らしている間に、獄寺の体がベッドへと大きく傾いでいく。
「十、だ……ぁ……」
  息を乱して獄寺が綱吉を呼ぶ。差し伸べる手を優しく掴むと、ほっそりとした指先に唇で触れた。
「は、あ、っあ……」
  獄寺の身体がブルッと震えたかと思うと、泣き出しそうな濡れた翡翠のような瞳がじっと綱吉を見つめてくる。
「も、ダメっス……イキ、た……」
  舌っ足らずな獄寺の言葉に、綱吉は、自分も同じだと身を起こす。
「もうちょっと我慢して?」
  そう言うと綱吉は、潤滑剤を自分のてのひらにたっぷりと零した。体温でぬくもったところで獄寺の後孔へとなすりつける。指の腹で獄寺の尻の窄まりをこじあけるように、揉みしだきながら時折、指先を差し込んでみる。
「ん、あ……」
  躊躇いながらも獄寺は、自分から足を大きく左右に開いていく。綱吉にその箇所がよく見えるように、もっと触ってもらえるようにと。
  白い太股に唇で触れてから綱吉は、自分の性器にも潤滑剤をたっぷりと垂らした。



  獄寺の中は熱かった。シリコン越しにも、中がドロドロに溶けているのが感じられる。おまけに、食いちぎられそうな勢いで締めつけてくるのだ。
「っ……」
  緩慢な動きで腰を揺さぶると、獄寺の背がくっ、としなる。胸を突き出すようにして身を捩るその姿が艶めかしくて、綱吉はゴクリと唾を飲み込む。
「……エロいよ、獄寺君」
  窘めるように声をかけると、泣きそうな顔で睨みつけられた。
「だっ……十代、目…がっ……」
  眉間に皺を寄せて訴える獄寺の表情が可愛くて、もっと見たいと思う。綱吉はやや強引に腰を押し進めると、獄寺の膝の裏を腕に掬い上げた。
「あ、十代目……」
  獄寺の体の間に密着するかのように腰を押しつけると、グチュ、と湿った音がした。唾液と潤滑剤の入り交じった音だ。コンドームをつけているからか、いつもより挿入に時間がかかったような気がする。
「痛くない?」
  尋ねると、獄寺は恥ずかしそうに小さく頷いた。
  困らせたいわけではないのに、自分はこうやって獄寺を困らせてしまうのだ。いつも、いつも。眉間に皺を寄せた獄寺は目を逸らして、枕の端をぎゅう、と掴んだ。
「動くよ?」
  いちいち確認を取るのは恥ずかしかったが、なにか言わなければいけないような気がしてくる。獄寺が辛くないように、少しでも痛くないように、声をかけて労ることしか自分にはできない。恥ずかしいからいちいち口にしないでくださいと獄寺は言うが、それではいけないのだと綱吉は思う。
  本当に好きだからこそ、言葉にして尋ね、確かめるべきなのではないかと思っている。
「い……から……」
  押し殺したような啜り泣きをあげながら、獄寺が腕を伸ばしてきた。
  綱吉の首の後ろに腕を回し、ぐい、と体を引き寄せようとする。
「動いてくださ……」
  はあ、と溜息のような喘ぎ声を洩らして、獄寺は懇願した。
  そうして、バレンタインの夜は更けていく──



     2    
(2011.2.10)



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