キス、そしてキス 3

  なんども何度も獄寺の中を突き上げ、綱吉はイッた。
  シリコン越しに獄寺が綱吉のペニスを締めつけてくるのは、イッた後の反応だろうか。
  しばらくしてゆっくりと体を離していくと、二人の腹の間で獄寺のペニスがヒクついていた。コンドームの薄い皮膜の中で、白濁した精液がたぷたぷとなっている。
「……辛くなかった?」
  荒かった息が落ち着いてくると、綱吉は真っ先にそう尋ねた。
「……大丈夫っス、十代目」
  そう応える獄寺のこめかみに、綱吉は唇を落とす。
「そんなことないだろ。セックスした次の日って獄寺君、いっつも調子悪そうだし」
  控えたほうがいいのだろうかと、綱吉は思う。
  同じ男ではあるが、やはり受け手となる獄寺のほうがダメージは大きいはずだ。獄寺に尋ねれば痛くはない、辛くはないといつも返ってくるが、本当はそんなことはないのだろう。
  元々、男性が受け入れるべきところではない部分に無理を強いているのだから、なんともないはずがない。
「オレは、獄寺君がしんどそうにしてるところを見るのも好きじゃないな」
  セックスをして、次の日に辛い思いをしているだろう獄寺が不憫でならない。体を庇いながら。それでも綱吉のために甲斐甲斐しく動こうとする獄寺を見るにつけ、綱吉の中でモヤモヤとした葛藤のようなものが膨れあがっていく。
  ──こんなことをしていたら、いつか獄寺君はダメになってしまうんじゃないだろうか?
  そんなふうに思うこともしばしばあった。いや、それ以前に、自分のほうがダメになってしまうのではないだろうか。
  獄寺がいなければなにもできないダメ人間になってしまいそうな気がして……それから綱吉は、ふと思い出したように自嘲気味に口元に微かな笑みを浮かべる。そうだった、自分は元々、ダメ人間だったのだ、と。獄寺がいてもいなくても、自分はダメダメだったのだ。最近はそのことを忘れがちだったが、今だってそうだ。恋人がこんなふうにぐったりと疲れて青い顔をしているのを見ると、それだけで自分がどんなに甲斐性のない人間だったかを思い知らされるような気がしてならない。
  こんなふうに獄寺を困らせるようなことはしたくはないのに。
「ごめんね、獄寺君」
  呟いて、綱吉はぐったりとしている獄寺の身体をそっと抱きしめた。



  大丈夫だと言ったものの、やはり疲れていたのだろう。
  綱吉が濡れたタオルで獄寺の身体を拭いている間に、微かな寝息が聞こえてきた。
  まだパジャマを着せてもいないのにと思いながらも綱吉は、疲弊して眠り込んだ恋人の頬に指を這わす。
  まぶたの上にキスをした。
  チュ、と音を立ててから唇を話すと、くすぐったかったのか、獄寺は寝返りを打った。
「いつもご免ね、無理ばっかり聞いてもらって」
  小さく呟いて、綱吉はもう一度、今度は獄寺の唇をやんわりとついばんだ。
  それから、獄寺の身体を濡れタオルで綺麗に拭ってパジャマを着せてやる。寝ぼけたランボにパジャマを着せてやったり、着替えを手伝ってやったりしている綱吉だったが、自分よりも少しばかり身長のある獄寺にパジャマを着せるのは大仕事だった。なにしろ相手は眠っているのだから、簡単なわけがない。
  ようやく獄寺にパジャマを着せ終える頃には、綱吉は汗だくになっていた。
  冬のこの時期に、自分はいったいなにをしているのだろうかと思う。
  はあ、と溜息をついて綱吉は、今度こそ、とベッドに潜り込む。
  獄寺の隣は温かかった。
  自分の部屋で一人で眠る時よりも温かくて、ホコホコとしている。
  恋人と一緒に眠っているからだろうか?
  口元に笑みを浮かべると綱吉は、獄寺のほうへと身を寄せた。
  もぞもぞと体を動かすと、隣に眠る獄寺が無意識にだろうが綱吉のほうへと体を寄せてくる。
  二人でくっついて眠るのも悪くないと、そんなふうに思いながら綱吉は目を閉じる。
  ふわりと鼻先をくすぐっていく獄寺のシャンプーのにおいや、微かな煙草のにおいに誘われるようにして、綱吉は眠りに落ちていく。
  恋人と一緒に眠ることが、とても嬉しくてならない。
  もっと一緒にいたい、もっと一緒にくっついていたい、もっとキスしていたい。
  明日、目が覚めたらいちばんに獄寺にキスをしようと、夢うつつに綱吉はそんなことを思っていた。



  明け方のひんやりと空気を感じて、綱吉は目を覚ました。
  まだ暗い時間のことだ。
  枕元のデジタル時計を見ると、まだ五時にもなっていなかった。
「うう、寒……」
  呟いて綱吉は、獄寺にケットをかけ直してやる。それから自分も肩からケットを被り直し、もぞもぞとベッドの中に潜り込む。
  ベッドの中は温かかった。獄寺の体温と自分の体温とが入り混ざって、ホコホコとしている。
  こんなふうに隣に誰かが眠っていることが、とても幸せに感じられる。
  そっと手を伸ばすと、獄寺の指先に触れた。
「あ、手……」
  すらりと長い指はほっそりとしていて、ピアノを弾く人の手をしていると綱吉は思う。爪の形は楕円形をしていて、そこいらの女の子よりも綺麗な手をしている。この手が、綱吉は好きだった。セックスの時にしがみついてくる手が、愛しくてならない。
  指先を引き寄せると綱吉は、チュ、と唇を押しつける。
  この手は、気遣いの手だ。綱吉の肌に爪を立てないように、最初はそっと、遠慮がちに掴まってくる。それが、快楽の波に飲み込まれ、溺れる頃には綱吉の肩口に、背中に、あちこちに爪痕を残していく。だから愛しくてならない。こんなふうに自分のことを大切に想ってくれる獄寺の手が、綱吉は好きで好きでたまらない。
  と、同時に、自分も大切にしてやりたいと思わずにはいられない。
  獄寺は、大事な大事な、恋人だ。
  大切で、愛しくて、そして……。



  目覚めは、獄寺のキスで始まった。
  息苦しさに思わず綱吉が目を開けると、目の前に獄寺の整った顔があった。すらりと通る鼻筋、綱吉に比べると幾分か大人っぽいシャープな頬のライン。今は目を閉じているが、淡い緑色の瞳。
「んー……ん?」
  微かに綱吉が身じろいだ瞬間、獄寺がハッとして身を引いた。
「すっ……すすす、スンマセン、十代目!」
  目の前で土下座でも始めそうな勢いで獄寺が頭を下げるものだから、綱吉は慌てて目の前の恋人を抱きしめずにはいられなかった。
「なんで? オレたち、恋人同士なのに?」
  耳元でそっと囁きかけると、獄寺は首筋どころか耳たぶまでも真っ赤にして、綱吉の腕の中で固まってしまった。
  どうしてこういう時ばかり初な反応を示すのだろうかと、綱吉は口元に笑みを浮かべる。
「獄寺君、可愛い……」
  可愛すぎて、たまらない。腕の中の恋人をギュッと抱きしめると綱吉は、なんども銀髪やこめかみ、首筋にくちづけた。
「あの……十代目……」
  困ったようにそっと目を伏せる獄寺は、いつにも増して色っぽい。
  いつの間にか獄寺は、色気を醸し出すようになっていた。綱吉とつきあう前にはなかった獄寺の空気に、綱吉は微かな目眩を感じた。
「まさか、獄寺君のキスで目が覚めるなんて思ってもいなかった」
  耳の中に息を吹き込むようにして綱吉が告げると、獄寺はくすぐったそうに首を竦める。
「俺は……じゅ、十代目が、こんなにエッチだとは思ってもいませんでした」
  ぎゅっと目をつぶったまま獄寺は、綱吉の腕の中で体を硬くしている。
  そんなことはないと言いかけたものの綱吉は、結局そうは言わなかった。
「……エッチでごめん」
  言いながら綱吉は、獄寺の身体との間に出来た隙間を埋めてしまうかのように、いっそう力を込めて恋人を抱きしめる。
  本当は、いつもこうしていたいのだ。
  誰の目も気にしないで、獄寺とくっついていたい。仲良しでいたい。
「キスだけじゃ、足りないんだ」
  そう綱吉が呟くと、獄寺も小さく頷いた。
「俺も……俺も、そうです、十代目」
  恥ずかしいのかやはり目は伏せたままで、獄寺が返してくる。綱吉のパジャマにしがみついて、肩口に額をすり寄せてくる様子がたまらなく愛しい。
「じゃあ、キスして」
  甘えるように綱吉は、獄寺の耳たぶにかぷりとかぶりつく。
「んっ……」
  あ、と声をあげて獄寺は、綱吉の肩口にしがみついたまま体を小さく震わせた。
「ダメ?」
  綱吉が尋ねるのに、獄寺は「いいえ」と首を横に振る。まだ恥ずかしいのか、首のあたりがほんのりと朱色をしている。
  しばらくじっと抱き合ったままでいると、綱吉の腕の中で獄寺が身じろいだ。それから、掠れた獄寺の声が色っぽく綱吉の耳に届いた。
「──…ダメじゃないから、目を閉じててください、十代目」



END
(2011.9.26)
          3



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