純情な恋人 2

  お腹いっぱいに食べて、飲んで、二人で他愛のない話をした。楽しいけれど、まだ二人きりだという実感は薄い。
  時折、廊下を通り過ぎていく誰かの気配がするような気がして、そのたびに二人の会話が途切れがちになる。
  机の上に並べられた料理を食べ尽くし、空っぽになった食器類が下げられてしまうと、部屋の空気が少し変わった。
  なんとなく気まずいような感じがするのは、二人きりだということを改めて意識しだしたからだろうか。
「お、温泉……そうだ、温泉、入らなきゃ、獄寺君」
  沈黙に負けて綱吉が声をあげた。
  せっかくの露天風呂だ、堪能しなければ。帰ってから山本たちに訊かれた時に、ちゃんと話せるようにしておかないと、また要らないことを詮索されてしまう。悪気はないのだろうが、時々山本は天然で、綱吉が困ってしまうようなことをあっけらかんと口にすることがある。そもそも今回のことだって、発端は山本だったのだ。親友だからこそ黙っていてほしかったことなのに、あちこちで嬉しそうに言って回られたりしては、逃げることも隠れることもできないではないか。
「十代目、どうぞ行ってきてください。俺は今は温泉はちょっと……」
  アルコールが入ってほんのりと赤くなった頬を指で撫でながら、獄寺が言う。
  そう言えば獄寺は、昔から温泉が苦手だった。皆で温泉に行くとはあっと言う間に赤い顔をして茹だってしまっていた。ほんのりとピンク色に色づいた首筋や目元が妙に艶めかしくて、嬉しいような目のやり場に困るような、複雑な思いを幾度となくさせられたものだった。
「さっとお湯にかかるだけにしようよ。後で部屋の露天風呂にゆっくり浸かればいいからさ。景色だけでも楽しみに、ね?」
  そう言って綱吉が押し切ると、獄寺は躊躇いながらも頷いてくる。
「じゃあ、少しだけっスよ、十代目」



  短時間ではあったが二人で露天風呂を楽しんで、部屋に戻ってきた。
  障子を開けると、部屋の中央にあった机が片づけられ、かわりに布団が敷かれていた。
  行儀良くふたつ並んだ布団にドギマギして綱吉は軽く目を伏せる。
「……っ」
  隣で獄寺が息を飲む気配がした。
「な……なんか、生々しいってか……」
「そーっスね。こんなふうにぴったりくっつけて布団を敷かれると、照れるというか……」
  獄寺の言葉に、綱吉はハッとした。
  まだ、自分はちゃんとプロポーズの言葉を告げていない。こんな大切なことを口にしないで、どうしようと思っていたのだろう、自分は。
「あ……あのさ、獄寺君。いつまでも先延ばしにしておくのも男らしくないと思うから、ちょっとだけ聞いて欲しいんだけど……」
  手を握りしめたり開いたりしながら綱吉は、ドギマギする気持ちを落ち着かせようとする。
「オレたち、つき合って十年になるから……その……そろそろ、ケジメをつけたほうがいいと思うんだ」
  綱吉の言葉を獄寺は、神妙な顔つきで聞いている。
「ケジメ、って言っても、オレたちは男だから……けっ、結婚したりとかは、日本じゃできないけど、一緒に暮らすことはできるし……ええと、だから……その……」
  ボソボソと綱吉は、決まり悪そうに呟いた。
  獄寺を前にして、もっと堂々としなければと思うのだが、気持ちが高ぶってしまって、ちゃんと喋ることすらできない。
  言わなければと思えば思うほど、言葉が頭から抜け出ていくような感じがして、綱吉は困ったように眉間に皺を寄せた。
「……オレ、獄寺君のこと、大切にするから」
  だから、と言いかけたところで獄寺が勢いよく飛びついてきた。
「十代目!」
  がしっ、と抱きつかれて、足がもつれて畳の上でよろけた。二歩、三歩とよろよろしたかと思うと、そのまま仰向けに布団の上に倒れ込んでいく。
「うわっ!」
  声をあげるのと、後頭部をしたたかに打ちつけるのとはほぼ同時だったように思う。
  布団の上に仰向けになった綱吉と、腹の上に跨るようにしてのしかかってくる獄寺と。
  これまでにも何度か、いい雰囲気になりかけたことがある。そのたびに獄寺はやんわりと綱吉を拒んだ。気持ちは綱吉のものだが、今はまだ体まで許すことはできないと、頑なに獄寺は言ったものだ。
「ねえ、獄寺君」
  綱吉は、獄寺の髪をくしゃりと撫でつけた。
「オレとずっと、一緒にいてくれる? 右腕としての獄寺君は時々休業にして、オレだけの恋人になってくれる時間も、作ってくれる?」
  本当は、二十四時間ずっと恋人として一緒にいたいのだけれど、欲張りすぎてはいけないことを、綱吉は知っている。
「……はい」
  頷いて獄寺は、ゆっくりと身を起こした。綱吉のすぐ脇、畳の上に正座をすると三つ指をついて、流れるような動作で頭を下げる。額が畳につきそうだ。
「ふ……ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
  真剣な声で、獄寺が告げる。
  声が震えているように思うのは、気のせいではないだろう。
  後ろに手をついて綱吉は、上体を起こした。獄寺と同じように正座をする。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
  そう言って頭を下げた途端に、二人の頭頂部がコツン、と当たった。
  それまでの緊張した空気が、一瞬にして和やかなものに変化した。



  改めて布団の上に移動した二人は、互いに相手の着ていたものを脱がしあった。
  中学生の頃は浴衣に四苦八苦していた獄寺だったが、いつの間にか手際よく着ることも、脱ぐこともできるようになっていた。今も、もたつくことなく綱吉が着ている浴衣を脱がしにかかっている。
「慣れてるね」
  からかうように言うと、ギロリと軽く睨みつけられた。
「違います。十代目が教えてくれたんですよ、浴衣の着方」
  そう言えばそうだっただろうか?
  夏祭りの日になると綱吉の母が、獄寺の浴衣を用意してくれたものだ。着慣れない浴衣にもたもたしていた獄寺を見かねて綱吉が手伝ったのが始まりだったように思う。
  以来、獄寺が一人で浴衣を着ることができるようになるまでは、綱吉が毎年、着付けをしてやっていた。どうせランボにも浴衣を着せないとならないからと言い訳がましく口にしていたものの、本心では着付けにかこつけて獄寺と密着できることが嬉しくてたまらなかったのだ。
「獄寺君は、筋がいいから……」
  なにをやらせてもたいていは要領よくできる獄寺が、あの頃は羨ましくもあった。
  それなのに獄寺は、奢ることなく綱吉のそばにピタリと寄り添ってくれた。獄寺の励ましのおかげで様々な困難を越えることができた。もちろん、仲間たちのおかげでもあるのだが、綱吉一人では決して成し遂げることのできなかったようなこともたくさんある。
「……ふつつか者はオレのほうかもしれないよ、獄寺君」
  呟くと、獄寺は微かに笑い返してきた。
「十代目はそのままでいてください。俺は、十代目がどんなにすごいお人なのか、よく解っています」
  獄寺は綱吉の体に腕を回すと、肩口に唇を押しつけてくる。チュ、チュ、と音を立てて肌を這い回る唇が、くすぐったい。
「今夜、十代目のものになりますから……十代目も俺のものになってください」
  獄寺の吐息は甘く、綱吉の肌をじんわりとあたたかくする。
「俺が望んでいるものは、それだけなんです」
  綱吉は、獄寺の体を抱き返した。
「オレは……一生、獄寺君のものだよ」
  耳元で囁いて、ついで耳たぶにやんわりと噛みついてやる。反射的に首を竦める獄寺の体が、微かに震える。
「っ、あ……」
  甘い声が獄寺の口からあがり、綱吉は満足そうに喉を鳴らした。
  色の白い獄寺の肌の上をてのひらで何度もなぞり、そっと撫でていく。指先に乳首がひっかかると、弱い力でくにくにと先端を押したりこね回したりする。
  そのうちに獄寺の体から緊張が解けていく。
「挿れてもいい?」
  尋ねると、獄寺は恥ずかしそうにしながらも頷いた。
  これまで触れたことのなかった後孔へ指を伸ばし、触れてみる。固く窄まった部分を指の腹でなぞると、獄寺は居心地悪そうにもぞもぞと体を動かす。
「ジェル、使う?」
  そう言って綱吉は、獄寺から体を離した。鞄の中に前もって入れておいた潤滑剤のチューブを取り出し、獄寺のそばへと戻ってくる。
  ほんのわずかな時間のことなのに、獄寺は頭から布団を被って、顔を隠している。
「獄寺君……やっぱり、やめとく? オレは別に。急がなくてもいいと思ってるし……」
  本当はそんなことはない。綱吉のほうの気持ちはもう何年も前から切羽詰まっているのだから。
「いえ、あの……大丈夫っス。途中で中断したから恥ずかしさがこみ上げてきただけです、たぶん」
  恥ずかしいのは綱吉も同じだが、やはり受け手となる獄寺のほうが恥ずかしさは大きいのだろうか。
「じゃあ……続けても大丈夫?」
  ぺらりと布団を捲り上げ、綱吉は尋ねかける。
「……はい」
  もぞ、と布団の中で、素っ裸の獄寺が体を動かした。



(2013.9.23)
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