抱きしめてくる腕の力強さに、獄寺はブルッと体を震わせた。
いつの間にこの人は、こんなにも逞しく育っていたのだろう。
スーツ越しの筋肉質な腕を感じて、知らず知らずのうちに獄寺の鼓動が早くなる。
そっとジャケットの襟元を掴むと、はあ、と息を吐き出した。
まるで十代の子どもに戻ってしまったかのようだ。心臓がドキドキとして、顔が熱い。いったい自分は、どうしてしまったのだろうか。
「……十代目」
掠れ声で囁きかけると、自分を抱きしめる腕に少しだけ力がこもった。
「今日は……泊まるって言ってくれないの?」
尋ねる綱吉の声は、どこかしら不安そうだ。
「あの……」
口ごもると獄寺は、うつむいた。
急に恥ずかしさが込み上げてきて、まともに綱吉の顔を見ることができない。
言葉にするのを躊躇っていると、綱吉の唇が獄寺のこめかみに触れた。触れられたところがカッと熱くなり、体中の血が沸き立つような感じがする。
「帰したくないな、今日は」
耳元で囁かれ、獄寺の理性は呆気なく飛んでしまった。
しがみついた手に力を込めて、綱吉に縋りついていく。
「泊まって…行きます……」
掠れた声が獄寺の口から出た。この後のことを期待しているのだと言わんばかりの上擦った声に、獄寺は眉をひそめる。どうして自分は、こんなに浅ましい体をしているのだろう。いつもいつも、綱吉に抱いてもらいたがるのだろうか。
「よかった。そう言ってくれると思ってたよ」
ホッとしたように呟いた綱吉は、獄寺の銀髪に何度もキスを落とした──
獄寺の誕生日を二人だけで祝おうと綱吉に言われたのは、当日の夕方ことだ。
急だったが、その日は仕事の後の予定はなにも入れていなかったので、獄寺は二つ返事で頷いた。
綱吉の予約したレストランで少し豪華な食事をして、近くのホテルに移動した。そこそこ名の知られたホテルの部屋は、こちらも既に予約してあったようで、綱吉がフロントに声をかけるとすぐさまキーが手渡される。
いったいいつ頃から綱吉は、今日のために準備をしてくれていたのだろうかと獄寺は思う。
まさか誕生日を祝ってもらえるだなんて、思ってもいなかった。
仲間たちと一緒に祝ってもらうようなものならともかく、こんなふうに個人的に祝ってもらうだなんて、予想もしていなかったのだ、本当に。
「こっちだよ、獄寺君」
声をかけられ、獄寺は綱吉の後をついて歩く。
ロビーの奥へと続いている無人の廊下を通り抜け、エレベーターに乗る。
小さな小さな密室の空間で、綱吉は獄寺を背後から抱きしめた。
「じゅ…十代目……っっ」
言いかけた言葉を、獄寺は素早く飲み込んだ。
綱吉の手が、素早く背広の中へと忍び込んでくる。薄いシャツ越しに胸をまさぐられ、獄寺の息が乱れそうになった。
「誕生日にかこつけて抱いてしまおうと思っているんだけど、軽蔑する?」
抱かれたことなら、今までにも何度かある。
数年前に二人は、恋人同士になった。獄寺の気持ちをごく自然に感じ取った綱吉が、行動に出たのだ。先に「好きだ」と言わせてしまったという負い目が獄寺にはある。だから、綱吉の言葉には逆らうことが出来ない。自分のほうから好きになってしまったのに、自分のほうから行動を起こすことができなかったのだ、獄寺は。
「そんなこと……」
言いながら獄寺は、胸を這い回る綱吉の手にどうしても気持ちが向いてしまう。
シャツ越しに触れる指先の熱さや、胸の先を擦る爪の痛さに、息が上がりそうになる。
カタ、とエレベータが小さく揺れ、獄寺が顔を上げると目的の階に到着した。
するりと綱吉の手が、獄寺の身体から離れていく。
「おいで」
そう言って綱吉は、獄寺の手を握りしめた。
部屋に入ると、ベッドが目に入ってきた。
清潔なシーツがピンと張られた、ダブルのベッドだ。
たまに、どうしようもなく相手のことが欲しくなってラブホテルに足を運ぶことがあったが、あんないかにもな雰囲気ではない。部屋の奥は全面嵌め殺しの窓だ。部屋の照明は控え目になっており、ここから眼下の夜景を楽しむことができるようになっている。
「……綺麗ですね」
窓辺に近づくと、獄寺は呟いた。
遠く真下に見える建物や車の照明が、小さく煌めいている。まるで夢の中にいるようだと、獄寺は思う。
はあ、と溜息をついた獄寺の肩を、綱吉がそっと抱いてきた。
「獄寺君の誕生日だから、ちゃんとしたお祝いがしたかったんだ」
そう言うと綱吉は、獄寺の耳たぶをペロリと舐める。
「んっ……」
咄嗟に獄寺は体を固くする。窓ガラスに映る自分の姿が、綱吉を誘うように揺らめく。
「あ……んんっ!」
ピチャ、と湿った音がして、耳の中を綱吉の舌が蹂躙する。耳たぶを甘噛みされると、それだけで獄寺の脊髄を痺れるような快感が走り抜けていく。
「喉、渇かない?」
尋ねられ、獄寺は無言で首を横に振った。
飲み物よりも、今は綱吉が欲しかった。
「じゃ、バスルームに行こう」
幼い子のように手を引かれ、獄寺はバスルームーと連れられた。
煌々とした照明が目に眩しくて、獄寺は目をすがめた。こちらも壁の一方がガラス張りになっており、風呂に浸かりながら夜景を楽しむことができるようになっている。
「すごいですね」
こういうところへは、何度か来たことがある。もちろん、綱吉に連れられてだから、数えるほどのことでしかないが。
じっと窓の向こうを眺めていると、綱吉が背後から獄寺の身体を抱きしめてきた。
「この前のホテルのほうが、眺めはよかった」
拗ねたように綱吉が呟く。
「せっかく獄寺君の誕生日だから、張り込んだのにな……」
さも気に入らないというふうに、綱吉が獄寺の首筋にやんわりと噛みついてくる。
「ん、あぅ……」
ゾクリと背筋が震えた。
腕の中でもぞもぞと体を動かすと、獄寺は綱吉のほうへと向き直った。
「今日は……泊まるって言ってくれないの?」
綱吉の腕に抱きしめられ、尋ねられた。
獄寺が頷くだけで、今の綱吉はなんだってしてくれるだろう。
「泊まって…行きます……」
獄寺が告げると、綱吉は淡い笑みを浮かべて告げる。
「よかった。そう言ってくれると思ってたよ」
それから、獄寺の銀髪を指で絡め取り、何度もくちづける。優しく、丁寧なくちづけに獄寺は目元を朱色に染める。
もう何度も体を繋げた仲だというのに、獄寺はいまだに綱吉とのセックスが恥ずかしくてならない。慣れない自分に戸惑いや焦りを感じることがある。いつまでもこんなふうだと、いつか綱吉に飽きられてしまうのではないだろうかと不安になることがあった。
「──…シャワーだけでいい?」
不意に尋ねられ、ぼんやりとしていた獄寺は、頷くだけで精一杯だった。なにを尋ねられたのだろうかと思いながら首を縦に振ると、綱吉の手が、獄寺のスーツのボタンを外していく。
服を脱がされそうになり、慌てて獄寺は身を捩った。
「あのっ、自分で脱げますから……」
言いかけたところで、顎をくい、と指で持ち上げられる。
綱吉の唇が獄寺の唇に合わさったかと思うと、素早く舌で下唇をまさぐられる。
「ん、っ……」
うっすらと唇を開くと、綱吉の舌先がヌルリと口の中へ潜り込んでくる。
「ん……ふ、ぅ……」
舌が絡みつき、唾液ごときつく吸い上げられる。それだけで獄寺の身体はカッと熱を帯びた。綱吉の頭を両手で捕まえ、獄寺はキスに酔いしれる。舌を絡め返し、粗い息の合間に唾液を啜り、歯の裏をねぶった。
綱吉の手によってスーツが脱がされ、ネクタイがシュルリと音を立てて外された。シャツのボタンを一つひとつ、綱吉の指が外していく。
「ぁ……」
自分も、とばかりに獄寺は、綱吉のスーツに手をかけた。キスをしながら相手の服を互いに脱がし合うのは、ドキドキする。チュ、と湿った音が唇越しに感じられ、それがまた獄寺の羞恥心を煽り立てていく。
縺れ合って脱がし合っているうちに、獄寺の肩がバスルームの壁にトン、と押しつけられた。
「……ぁ」
小さく声を上げて綱吉から顔を離すと獄寺は、はあ、と息をつく。
「ここで、する?」
悪戯めいた笑みを浮かべて綱吉が尋ねてくる。
獄寺は慌てて首を横に振った。
「部屋で……ベッドで、したいです」
こんなところでするのは、恥ずかしいと獄寺が正直に気持ちを告げる。
この歳になって恥ずかしいもなにもないだろうと自分でも思わないでもないのだが、どうもいつもと違う雰囲気に飲まれてしまっているようだ。
「じゃあ、オレは部屋で待ってるから、獄寺君が先にシャワーを使って」
問答無用でそう告げると、綱吉はさっとバスルームを出ていく。
床に脱ぎ落とした二人の衣服を拾い上げると腕にかけ、綱吉はさっと部屋へ戻って行った。
少し物足りないような気がしないでもなかったが、これでいいのだと獄寺は思う。
こんなホテルのバスルームでことを始めたりしたら、いつ部屋に戻してもらえることかわからない。
今夜の所はあまり高望みをしてもらわないようにしなければ。
そして自分も、あまり多くを望んではいけないと獄寺は思う。
綱吉のいないバスルームで、身につけた残りの衣服を脱ぎ去り、獄寺はさっとシャワーを使った。
熱めの湯を頭からかぶり、シャンプーを使う。それからボディソープでざっと体を洗うと、体に残った泡を流し落としてバスルームを後にした。
バスタオル一枚を腰に巻いて部屋に戻ると、上半身は裸のままの綱吉がビールを飲んでいた。
「お先でした、十代目」
「早かったね」
そう言って綱吉は、獄寺の濡れた髪に指を絡めてくる。
「後で乾かしてあげるから、待ってて」
嬉しそうな笑みを浮かべると綱吉は、獄寺の頬にくちづけた。チュ、と派手な音を立てて唇が離れていく。
「待ってます」
絶対だよと念押しをして、今度は交代で綱吉がバスルームーと向かう。
大股にバスルームへと向かう綱吉の後ろ姿を見て、獄寺は口元を緩めた。
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